〈夏休み明けの不登校〉「学校には行けるなら行ったほうがいい」“登校か欠席か”の前に親が最優先すべきこと
料理研究家のリュウジ氏が、不登校やひきこもりを経験した自身の半生を語った8月22日の朝日新聞デジタルのインタビューが注目を集めている。
記事公開後、リュウジ氏は自身のXを更新。インタビューでは「ひきこもりや中卒からの成功例」のような意図はなかったとして、「僕はあくまで運が良かっただけ」「学校には行けるなら行ったほうがいいに決まってます」と補足した。
不登校をめぐっては「それでも学校には行ったほうがいい」「休ませたほうがいい」など、大人の間でもさまざまな意見が飛び交う。
夏休みが終わるこの時期に最優先すべきことは何だろうか。子どもから「学校に行きたくない」と言われたとき、大人はどう受け止めればいいのかを考える。
夏休み終盤、大人が注意を払うべきこと
もうすぐ夏休みが終わり、2学期が始まる。久しぶりに友人に会えることを楽しみにしている子どもがいる一方、「学校に行きたくない」「夏休みが終わってほしくない」と強い不安を抱える子どももいる。
長期休業明けは、子どもの心の変化にとりわけ注意が必要な時期でもある。文部科学省も、夏休みなどの長期休業が終わる時期には、児童生徒の自殺が増える傾向があるとして、学校や家庭に見守りを呼びかけている。
では、子どもが夏休みの終わりに「学校に行きたくない」と訴えたとき、保護者や学校はどう対応すればいいのだろうか。
まず大切なのは、登校させることを最初のゴールにしないことだ。
文科省も不登校への支援について、「学校に登校する」という結果のみを目標にするのではなく、子ども自身が進路を主体的に捉え、社会的に自立することを目指す必要があるとしている。
また、不登校はどの児童生徒にも起こり得るものであり、それだけで「問題行動」と受け取られないよう配慮する必要があると明記している。
もちろん、文科省は学校教育の意義や役割そのものを否定しているわけではない。不登校が続くことで学習の遅れや進路上の不利益が生じる可能性にも注意が必要だとしている。重要なのは、「学校に行かなくてもいい」と放置することでも、「とにかく登校させる」ことでもなく、その子の状態を見ながら必要な支援につなげることだ。
「明日は行けるよね」
「休んだらもっと行けなくなるよ」
「みんな頑張っているんだから」
大人に悪気がなくても、こうした言葉が、すでに追い詰められている子どもにとって新たな負担になることはあり得る。
「学校に行きたくない」と言われたら、まず学校に行く・行かないの結論を出そうとするのではなく、
「何かつらいことがある?」
「今は話したくなければ、話さなくてもいいよ」
「話したくなったら聞くよ」
と、安心して話せる余地を残すことが重要だ。
子ども自身も、なぜ学校に行きたくないのかをうまく言葉にできるとは限らない。「なんとなく嫌」「わからない」という答えしか返ってこないこともある。その段階で理由を問い詰めれば、子どもは「説明できなければ休めない」と感じてしまう可能性もある。
「学校に行くか、休むか」の二択にしない
学校側にも求められることがある。
教室に毎日通うことだけを唯一の選択肢にせず、保健室や校内教育支援センター、教育支援センター、ICTを活用した学習、場合によってはフリースクールなど、その子に応じた複数の選択肢を用意することだ。文科省も、本人や保護者の意思を尊重しながら、多様な学びの場につなげることを求めている。
「1時間だけなら行ける」
「教室には入れないけれど、先生とは会える」
「今日は学校には行けない」
そうした状態も含め、ゼロか100かで考えないことが、子どもとのつながりを保つことにつながる。
夏休み明けに目を向けるべきなのは、「学校を休んだ」という事実だけではない。苦しさを抱えながら、それを誰にも言えず、「学校へ行かなければならない」「逃げてはいけない」と子どもが思い詰めてしまうことにも注意が必要だ。
2学期を目前に「行きたくない」と口にした子どもがいたなら、その言葉を単なる「登校する・しない」の問題として処理する前に、まず「言ってくれてよかった」と受け止める。学校に戻すことを急ぐより、休んでも、立ち止まっても、大人との関係までは切れないと思える環境をつくる。
夏休みの終わりに、家庭と学校に求められているのは、「学校に行く」以外の選択肢や、安心して助けを求められる場所をなくさないことなのかもしれない。
※もし「消えてしまいたい」「死にたい」と感じるほどつらいときや、身近な人の様子が心配なときは、一人で抱え込まず、相談窓口を利用してください。
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取材・文/集英社オンライン編集部
