《平和のための努力が、全部無になるかもしれない》米制裁下のICC所長・赤根智子氏が背負う「戦後の歴史の積み重ね」と、日本政府の“守ってくれない”姿勢
米政府による、国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長への制裁指定。日本人初のICC所長は、この事態をどう受け止めているのか。
前編に続き、赤根さんの著書『戦争犯罪と戦う』(文春新書)を担当し、現在も本人とやりとりを続ける編集者の鳥嶋七実さんに聞いた。【前後編の後編。前編から読む】
制裁はICC自体の存続に関わる
鳥嶋さんのもとには、報道より前に赤根さんから連絡が届いていたという。
「実は制裁発表の前日に、赤根さんからメールが来たんです。『明日ニュースに出ると思います』と」
発表後にもやりとりを続けているが、赤根さんの様子はどうなのだろうか。
「オランダ政府やヨーロッパをはじめとした各国がどうするのか見極めたり、いろんな国に協力を取り付けるための話をしたりとか、単純にすごくお忙しいというのはあると思います」
アメリカの「暴君」ぶりに日本では驚きの声が上がる一方、赤根さんは自身への制裁をかなり前から覚悟していたという。
「制裁対象が順々に拡大していく中で、『一番恐れているのは裁判所自体が制裁対象になることだ』と早くからおっしゃっていました。『所長である私自身への制裁が一番シンボリックな意味を持つ。私自身か、裁判所全体か、いずれ来るのではないか』と」
制裁を受ければ、個人の資産や取引にも支障が出る。だが本人の懸念は、自分の生活には向いていないようだ。
「もちろんご自身の財産周りも厄介なはずです。でもそれより、所長の名前に制裁をかけるのは、裁判所全体に『ギブアップしろ』と言っているに等しい。加盟国の脱退が続けば存続自体が難しくなる──それを一番懸念されています」
実際、ルビオ米国務長官は制裁発表に先立ち、加盟国に脱退を呼びかける声明まで出した。ことしのお盆に鳥嶋さんと会った際、赤根氏は「見通しはかなり暗い」と、悲観的な言葉も漏らしたという。
背負うのは「戦後の長い積み重ね」
それでも赤根氏が折れないのはなぜか。鳥嶋さんは、赤根さんは戦後の世界の歴史そのものを背負っていると語る。
「ICCというのは、世界大戦の反省に基づいて、非常に長い年月をかけて、国際協調の下で成立した裁判所だということです。その平和のための試みが、努力が、ぜんぶ無になる可能性を考えると折れるわけにはいかない、ということだと思います」
ICCが設立されたのは2002年のこと。個人の戦争犯罪を裁く史上初の常設裁判所だ。ICCという組織が失われれば、その影響は計り知れない。
「もう二度と、そういう組織を国際的に作ろうという機運は遠ざかってしまう。本当にそうなったときの世界はどうなるのか、と。目の前の制裁そのものより、歴史的な目で見ての危機を感じていらっしゃるんだと思います。だから、それを守らなければ、という強い使命感なんです」
だからこそ赤根氏は、圧力の前でも淡々と職務を続けてきた。
「アメリカとしては、とっくに音を上げて降参するという見通しだったんだろう、とおっしゃっていました。この危機は赤根さんだからこそ、今まで乗り切れているところがあるんじゃないかな、と思います。
自分たちはただ司法の仕事を忠実に果たしているだけ。まるでこちらが政治的に動いているかのように見せる挑発には乗らない、という姿勢です」
冷淡な高市政権
一方、日本政府の腰は引けているように見えているようだ。この夏の一時帰国では、これまで帰国のたびに政府関係者と会い、公式の写真に納まる場面もあった赤根氏に、政府の側が「あえてコンタクトしない」という対応を取ったという。
「仮に会えばアメリカの目にどう映るか、を非常に意識してのことだろうと。日米同盟がある以上、表立って強いことを言いにくいのは赤根さんも重々承知していて、大使レベルなど水面下で動いてくれていることも分かっている。
ただ、石破政権のときのほうがサポートがあったのではないか。今の高市政権下での『守ってくれなさ』には、思うところが大変あると思います」
制裁発表を受けて、外務省が出した談話でも、高市首相のコメントでも「大変残念だ」という表現だった。この文言を、渦中の本人はどう受け取ったのだろうか。
赤根氏の任期は来年3月まで。その後の展望はどのようなものなのだろうか。
「『しばらくは仕事のことを忘れて温泉に行きたいわ』と。休暇で帰国しても、結局は裁判所を守るために誰かと会って動いていますから、本音だと思います。
一方で、日本にICCの広報拠点を作れないか、という構想も口にされていますね。その頃にICCがどうなっているか分かりませんが……」
果たして、アメリカの圧力に屈さず、ICCは命脈をつなぐことができるのか。その重責は、いま赤根さんの肩に乗っている。日本政府の対応は、果たしてその努力に報いるものになっているだろうか。
(後編了。前編から読む)
