「なくなっている記憶がある」「スマホに写真が残っているのに…」4トントラックに轢かれ重傷を負った声優・古谷静佳が語る、事故後に感じた“異変”の正体〉から続く

 アニメ『日常』の東雲なの役などで知られる声優の古谷静佳さん(37)は2015年、27歳の誕生日を目前に、深夜の交差点で4トントラックに巻き込まれる大きな交通事故に遭った。退院後は自分の人生を見つめ直し一度は声優からの引退を発表した古谷さんだったが、2020年に再び声優として復帰する。

【画像】4トントラックに轢かれ頭蓋骨骨折の重傷を…交通事故に遭った日の古谷静佳さん(当時26歳)

 業界でも異例という復帰をなぜ果たしたのか。そしてコロナ前とコロナ後での声優業界の大きな違いとは。現在の心境を語ってくれた。(全3回の3回目/最初から読む)


古谷静佳さん ©佐藤亘/文藝春秋

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神社でおみくじが大吉「神のお告げ?」となり声優復帰を決めた

――交通事故後に自分を見つめ直し、いったんは声優から引退した古谷さんですが、なぜ再び声優の世界に戻ることになったんですか。

古谷静佳さん(以下、古谷) コロナ禍のときに脱毛サロンの仕事をクビになっちゃったんですよ。コロナ解雇と言いますか「解散!」ってなって、全社員がクビになっちゃって(苦笑)。もう、途方に暮れました。

 クビになって数か月後に、一番最初に所属していた事務所から「古谷さんにこういうお仕事の話が来ているんですけど、繋ぎますか?」と連絡があったんです。それ以前にも仕事の話はあったんですが、コロナ禍の前は復帰する気が1ミリもなかったので、お断りしていたんです。

 ただその時は、復帰するべきなのかもと直感で感じて。それで神社でおみくじを引いたら大吉だったんです。しかも「この運命に従いなさい」という感じのことが書いてあったので「神のお告げ?」となって(笑)。それで声優復帰を決めました。それに今の自分だったら、うまく声優業界で生きられるかもしれないとも思ったんです。

――なぜ、そういう思いに変わったんでしょうか。

古谷 若い時って「何でもやります」なんですよね。どんなにやりたくないことでもやって、でもうまく立ち回れなくて、それでしんどかったんです。ただ年齢的にも今ならある程度は自分の意見を言えるし、嫌なことがあっても、自分でうまく断ったり、立ち回れたりできるかもしれないと思って、じゃあもう一回やってみようかなって。

2020年に声優復帰「検索をかけると今でも『死亡』と出てくる」

――古谷さんは2020年、声優に復帰します。ファンの方はどんな反応だったのでしょうか。

古谷 凄かったです。引退する時もフリーだったので、公式に引退を発表したわけではなかったので、周りからしたら突如姿を消した声優になっていて。なんだったら死んだと思ってる人もいっぱいいるんですよ。

――えっ、そうなんですか。

古谷 古谷静佳と検索をかけると「死亡」と今でも出てくるんです(笑)。ほかにも事故、死亡、呪いと物騒なキーワードばかり出てきて。「おもろい」って思いながら、見てますけど(笑)。

 そんな私が生きて、声優として戻ってきた。私がいない間に『日常』で私のことを知って「でも、この声優さん、もういないんだ」と思った人も結構いらっしゃって。そういう方に復帰を喜んでもらったりしました。復帰してファンの方たちが喜んでくれたことが一番嬉しかったですね。

復帰後たくさんのDMやコメント…関係者の反応は?

――以前、仕事を一緒にされた声優や制作の方の反応はどうでしたか。

古谷 私が結構、人間関係をバサバサ切っていっちゃうタイプなので、引退前にSNSを閉じたことで連絡を取りたくても連絡を取れなかった人もいっぱいいたみたいなんです。復帰してからSNSを始めるとDMだったり、コメントだったりで「元気にしてた?」みたいな連絡をいっぱいもらいました。

 あと退院した時に私のこと待っててくれなかったというか、代わりの声優さんを探して埋め込んだ人たちが、復帰が話題になると寄ってきたり(苦笑)。「本当にすみませんでした」みたいに謝ってこられましたけれど。

――古谷さんは一度声優から引退し復帰されていますが、同じように復帰する方ってそもそもいらっしゃるものなんですか。

古谷 あまりいないです。声優は花開いたとしても生活できず、一般社会で生きていくことを決めたっていう人が多いんです。本当に簡単な世界じゃないので、夢半ばで挫折している人が、基本的には多い。嫌になっちゃって辞める人も多いですし。

「アルコールも強くなかったし…」苦手だった飲み会での売り込み

――嫌なことって具体的にどんなものですか。

古谷 これは声優だけじゃなくて一般社会も同じだと思うんですが、特にコロナ前って飲み会が多くて。声優も、飲み会に参加して自分で仕事を取りに行かなきゃいけなかったんです。呼ばれたら行かなきゃいけないし、悲しいかな飲みに行かないと仕事もらえない。

 私はアルコールも強くなかったですし、飲み会で相手を持ち上げて、飲んで、歌わされてという感じが本当に苦手でした。そうした環境に病んでしまう子もいました。もう女性の場合はいっぱいあるので。声優って声優の仕事が嫌になって辞める人っていないんですよ。もう、その営業ですよね。自分の売り込みが嫌でみんな辞めていっちゃう。

今のモットーは「自分にワガママに生きる」

――古谷さんの心境として復帰から変わった点はありますか。

古谷 年齢もあるのかもしれないんですけど、今は「無理しない」というのを自分の中にすごく置いています。20代の時はお仕事をもらえることがありがたくて、がむしゃらに頑張ってたんですけど、楽しかったと言うよりしんどかったっていう感じだったんですよ。仕事を消化していかなきゃいけないような感じで常に追われていました。

 今は楽しいものに飛びついていく、じゃないですけれどやりたいことをやる感じです。逆にあまり興味を引かれない仕事はお断りしています。

 今のモットーは「自分にワガママに生きる」なんです。人に合わせたりするわけじゃなくて、自分の生きたいように、やりたいことをやって生きていきたいと思っています。

――現在は声優ですけども、今後についてはどう考えていらっしゃるんですか。

古谷 今、40代手前になってフェーズをちょっと変える時期に差し掛かってるなとは考えています。やっぱり40代となると結婚、出産やキャリアの分岐に入ってくるので。自分の中でこれからどうやって生きていくか、仕事にしてもどうしていくのか考えないといけないなと思っています。

――それは声優にこだわらず、今後を自由に考えているということですか。

古谷 そうですね、視野を広く。今もなんですけど「私、声優です」という活動をしていないんです。YouTubeをやったり、アパレルとコラボしたり。自分のことを声優だと思って動いていない感じがします。

「事故に遭ったことで今の自分がある」

――今後やりたいことはありますか。

古谷 今年は猫のいる宿にめっちゃ行くという目標があります(笑)。猫が旅館の敷地内にいて、遊べる宿は日本国内にいっぱいあるんですよ。月一でちょっと回りたいなって思ったりしています。去年は自分の中で無の1年だったというか、何もしないで終わっちゃったなと思っているので、今年はプライベートで自分を刺激するじゃないですけど、感動したりとか、感情を動かす年にしたいなと考えています。

――最後に古谷さんは交通事故を、自分の人生の中でどういう位置づけに捉えていますか。

古谷 これは割となんでもそうなんですけれど、自分なりに波瀾万丈じゃないですけど、いろんな波があって生きてきて。その渦中にいる時は大変なんですけど、そこを過ぎてみると「これがなかったら、私はこういう考え方はできなかったな」「こういうふうに生活はできなかったな」という、今の私を作ってくれた経験になっている。事故に遭ってよかったとは思わないですけれど、事故に遭ったことで今の自分があるのかなとは思っています。

(徳重 龍徳)