「面白いコンテンツがほしい」W杯を無断放送した金正恩の”欲求不満”
北朝鮮が2026年サッカー・ワールドカップ北中米大会の放映権を取得しないまま試合映像を放送し、権利侵害を指摘された後に中止したことが明らかになった。北朝鮮は15日から18日にかけ、朝鮮中央テレビで試合のダイジェスト映像を放送したが、19日以降は取りやめたという。
今回の件を「放映権料を払えなかった貧しい国の苦肉の策」と受け止めるのは正確ではない。北朝鮮は2002年日韓大会までワールドカップを無断放送していたが、その後はアジア太平洋放送連合(ABU)やFIFAを通じた正規の映像提供を受けるようになった。さらに2014年ブラジル大会から2022年カタール大会までは、韓国の放送局が人道的配慮から北朝鮮向け放映権をFIFAへ返還し、FIFAが北朝鮮へ無償提供する仕組みが続いていた。
つまり、北朝鮮は放映権制度を知らなかったわけではない。
ところが2023年の女子ワールドカップでは、正規の権利を取得しないまま試合を放送したとされる。これを受けてFIFAは警告を発し、2026年大会では従来の特例的な取り扱いを見直したと伝えられている。それでも今回、北朝鮮は再び無断放送に踏み切った。意図的な権利侵害だったとみるほかない。
それでも興味深いのは、北朝鮮がリスクを承知で放送した理由である。そこには、国民の娯楽への欲求を無視できなくなった金正恩政権の事情が透けて見える。
かつての北朝鮮映画やドラマは、革命史や抗日闘争、英雄的人物を描く教条的な作品が大半だった。しかし近年は、家族や職場の人間関係など日常生活を織り込んだ、比較的現実味のある作品も増えている。もちろん結末は党や指導者を称賛する内容に収束するが、それでも「見てもらえる作品」を意識した演出への変化は明らかだ。
その背景には、韓国ドラマなど海外コンテンツの浸透がある。北朝鮮当局は韓流の視聴を重罪として厳しく摘発し、場合によっては極刑まで科す一方、自国の映像作品だけでは住民の関心を引き留められないという現実にも直面している。
(参考記事:「正恩が毎夜あんなモノばかり…」言ってしまった叔父の悲惨な末路)
言い換えれば、韓流が北朝鮮社会に浸透した理由は、密輸ルートの存在だけではない。「面白いコンテンツ」を体制が十分に供給できなかったことも大きい。人は禁じられているから見るのではなく、「見たい」と思うから危険を冒してでも見るのである。
ワールドカップは政治色が比較的薄く、世界中が熱狂する娯楽コンテンツだ。放送しなければ住民の不満を招き、放送すれば国際的な権利侵害となる。金正恩政権はその板挟みの中で、後者を選択したことになる。
もちろん、知的財産権を軽視する姿勢が正当化される余地はない。しかし今回の出来事は、それ以上に北朝鮮社会の変化を物語っている。軍事力や監視体制をどれほど強化しても、人々の「面白いものを見たい」という欲求まで消し去ることはできない。
皮肉なことに、韓流を最大の思想的脅威と位置づける金正恩政権自身が、その対抗策として娯楽性を高めた映像作品を制作し、さらには国際ルールを破ってまでワールドカップ映像を放送した。その姿は、「娯楽」を軽視してきた体制が、いまや娯楽に振り回され始めている現実を象徴しているのではないだろうか。
