「ニッチな分野で1番を目指せ!」現役医師が「これからの医の世界」を歩む娘に伝えたい【生き残る方法】
AIの登場により、「病院の診察室にいる白衣のお医者さん」のイメージは、いまからの10年で大きく変わる。
その激変の時代に医師になるとはどういうことか。
医師であり、医療未来学者でもある著者が、これから医師になろうとする娘、そして医学部を目指す若い人たちへ向けて語る、医師の仕事のリアルとキャリア、そして「未来の医師の姿」とは。『医療未来学者の父が 医師になる娘へ語る これからの医の世界』より気になる章をピックアップしてご紹介します。
資格を取得して活躍の場を広げる――博士号、公衆衛生学修士、MBA
医師の仕事は、必ずしも白衣を着て病院で診療するだけとは限りません。20代〜30代で医師としての土台を築くために培った知識と経験は、あなたが想像する以上に多様な分野で活かすことができます。
医学博士号を取得しているなど専門性が高い医師は、医療ビジネスに取り組んでいる企業で需要があります。
また、医学領域では、他にもさまざまな資格があります。たとえば公衆衛生学修士(MPH/Master of Public Health)。MPHは、人々の健康増進や疾病予防への貢献を目的とした国際的に認知された資格です。
目の前の患者さん一人ひとりを診る臨床医学とは異なり、MPH保持者などの公衆衛生学とは、地域や国、ひいては世界全体の健康問題をマクロな視点で捉える学問です。「この地域でなぜこの病気が流行っているのか」「どうすれば社会全体で病気を予防できるのか」といったことを、統計学や社会学的なアプローチで解き明かしていきます。
もしあなたが将来、厚労省などの行政機関で医療政策に関わりたいとか、WHO(世界保健機関)のような国際機関で世界中の人々を助けたいと考えるなら、公衆衛生を知るほうが、より直接的に役立つでしょう。医療機関や国際機関の他にも、行政機関、企業など、幅広い分野で活躍できるチャンスもあります。
医療ビジネスの世界で働いている医師には、MBA(経営学修士)を取得している人もいます。僕自身も、40代でMBAを取得しました。仕事をしながらイギリスの大学院の授業を遠隔的に受けていたから、なんと8年もかかってしまったけれど。夏休み、イギリスで集中授業を密かに受けていた僕と家族で合流したこと、もしかしたら覚えていますか?
経営学を学ぼうと思ったのは、ビジネスの世界で仕事をする上で、医学の知識だけでは越えられない壁があることを痛感したからです。新しい医療技術をどうやってビジネスとして成立させ、世の中に届ければいいのか。そのことを考えるためには、経営の視点が不可欠なのです。
MBAという資格は、特に海外の企業と仕事をするときに、絶大な信頼を与えてくれます。MBAは、マネジメント能力や経営的視点を備えていることの証になるため、採用条件としても高く評価されやすい傾向がある。さらに、その上級学位であるDBA(経営学博士)を持っている友人の医師に話を聞くと、MBAとは比較にならないほど、企業から仕事の依頼が殺到するようです。この例も、学術的知識と実践的な経営能力を兼ね備えた人材が、いかに社会に求められているかを示しているでしょう。
これらの資格を取るのは、いったいどれくらい大変なのか気になるところだと思います。医学博士(Ph.D.)は、コツコツ勉強すれば受かる医師(M.D.)国家試験よりはずっと大変です。なぜなら、単に知識を覚えるだけでなく、世界でまだ誰も発見していない「新しい何か」を見つけ出し、それを論理的に証明しなくてはならないからです。それがどんなに小さいこと、すぐには役に立たないことであっても、何かしらの「something new」が必要なのです。これは、誰もが必ず達成できるというものではありません。それだけに、もし海外の医師たちと対等に渡り合いたいと考えるなら、「M.D./Ph.D.」というダブルの肩書は強い武器になります。
MBAは、難易度としては医師国家試験に近いかもしれない。勉強すべきことを着実に学んでいけば、ほとんど取得できます。ただし、これもまた、膨大な時間を自分に投資する必要があります。
こんな話をすると、「そんなにいろいろ勉強するのは大変だ」と思うかもしれません。でも、自分の人生を振り返ってみると、40代半ばくらいまでは、もっと資格の取得に時間を使ってもよかったな、と思います。おそらく僕は、医師としてのキャリアを、病院の中だけで完結させるのはもったいない、何か特定の分野だけで終わらせるのはもったいない、という気持ちが強いのでしょう。
知らない世界を知れば知るほど、医師としての知識と経験を活かせる仕事の選択肢が広がっていく。時間がいくらあっても足りないくらい、やりたいことが増えていく。この10年ぐらいは特に、そういう感覚が強まっていると実感しています。あなたはまだ20代になったばかり。これから長い人生が待っています。その最初の何年間かを、新しいことを学ぶために使ったとしても、決して遠回りにはなりません。むしろ、医師人生において多様なキャリアを選択できる土台を築けるでしょう。
未来の医師の価値はレアな専門性で決まる
医師の世界も、他の分野と同じように、ただ広く浅く知識があるだけの人は使いものになりません。だからこそ、専門領域を究めることが大事なのです。その後に目指すべきは、「狭くてもいいから、その分野で第一人者になれる領域を見つけること」です。
たとえば趣味の世界では「上位1%」に入ればとても豊かに楽しめます。囲碁のような対戦型の競技なら、競技人口の1%に入れば大きな大会で活躍できるでしょう。僕自身も囲碁ではだいたい1%に入っていますが、もう一つの趣味であるテニスでは10%にも入っていません。でも趣味だからこそ、どれでも1%と欲張る必要はない。肩ひじを張る必要ありませんから、それで十分満足できるのです。
しかし職業では違います。医師として「1%に入る」だけでは足りません。そこでは「どんなにニッチでも、自分が第一人者と呼ばれる」レベルまで突き詰めてこそ、本当の価値が生まれます。
わかりやすいたとえ話をすると、グルメの世界では、世界中に詳しい人がいます。でもたとえば「アフリカの発酵食なら誰にも負けない」という人がいたら、その人はその分野の第一人者になれるでしょう。
医師の世界も同じです。自分が「勝てる範囲」を広げ、かつ「勝てるサイズ」まで狭める。それが、医師としての価値を高めるための秘訣なのです。僕の場合、まず放射線科医として選んだ専門領域は、診断と治療の二つの大きな柱のうち診断のほうでした。さらに、診断の中でも、CTやMRIといった一般的な画像診断ではなく、核医学という放射性物質を使った診断や数学的な解析を行う、さらにニッチな領域を研究しました。これは、まさに「極めてマイナー」な選択だったと言えるでしょう。
放射線科は、AIとの親和性が非常に高いのです。放射線画像診断の分野で、AIの能力はすでに人間の医師をはるかに凌駕しつつあります。「人間とコンピューターと、どちらが正確か?」と比較されたら、勝負する気さえ起きない。100枚の画像から、肺がんを過不足なく見つけてくださいと言われたら、そんなのAIに勝てっこありません。
放射線科医は現在不足していると言われたりしていますが、それもせいぜいあと五年から10年の話でしょう。間もなくAIが主流になり、放射線科医の役割は大きく変わっていくはずです。
では、放射線科医の仕事はなくなるのか? と聞かれたら、放射線治療に限っていえばこれからますます重要になると見ています。ただし、放射線治療は、単独で行われることは少なく、抗がん剤治療や手術と組み合わせて行われる。そのため、放射線科医として独立するより、腫瘍内科医が放射線治療の計画も立てるようになるなど、他の診療科との融合が進んでいくと、僕は予測しています。
AIが進化しても、ニッチな領域で深く専門性を極めた人間だけが持つ「知恵」と「経験」は、容易に代替されることはありません。むしろ、AIはその人の専門性をさらに高めるサポート役となり、より質の高い医療を提供するための「最強の相棒」になってくれるでしょう。
専門領域の選択はこのように、技術の進歩や社会の変化を冷静に分析し、自分がどの分野に価値を提供し続けられるか、考える必要があります。
そこも踏まえて、もし僕が20代に戻り、もう一度専門を選ぶとしたら、精神科に行くと思う。なぜなら、精神科は課題が圧倒的に多いから。わかっていないことだらけで、精神疾患の分類も細かくなり、病気自体も多様化して、患者さんも増えています。人が身体の病気で簡単には死ななくなると、心で悩み始めます。その意味でも、精神疾患はますます今後クローズアップされるでしょう。AIへの代替もなかなか難しい。人にちょっと寄り添って優しい言葉をかけてくれるチャットボットは出てきているし、がん患者と共に歩むロボットもあります。しかし、精神科医が患者さんの心へ入り込んでいく世界は、もっと深く果てしなく広い。それだけ、人間らしさが問われる領域です。
僕自身も最近、大学の同級生の精神科医にお願いして、知人を診てもらいました。驚いたのはその時間のかけ方です。後で聞いたら、僕の知人だから特別扱いしてくれた訳じゃなく(当たり前ですね)、初診の患者さんにはだいたい2時間ぐらいかけているという。都心にある有名な病院の多忙な先生です。それでも、こちらが恐縮してしまうほど丁寧に時間をかけて、患者さんの全体を理解しようと努めているのです。
それくらい時間をかけて治療しても、成果が見えづらいのが精神科です。耳鼻科で治療してもらって「鼻がスッキリした」とか、眼科で白内障を治療して「目がよく見えるようになった」といった、はっきりとした結果が見えないため、結局、治ったのかどうなのかがわかりにくい。つまり、精神科は終わりがあってないようなものです。しかも、収益性が難しい。診療報酬がさほど高くなく、(日を分けて)自由診療併用もできるけれど、終わりがない治療に延々とお金を費やせる患者さんはそう多くはありません。そういう意味でも、人気があるかないかで言えば「マイナー」でしょう。
有名大学の附属病院のように、多くの人が集まる「メジャー」な場所で学ぶことは、もちろん有意義な経験になります。しかし、その中であえて「マイナー」な領域を選び、誰にも負けない「専門性」を磨いていく。たとえそれがどんなにニッチな分野に見えても、そこで「一番」を目指す。その努力の先に、あなた自身の「医師としての価値」が見出せるはずです。
