熱い戦いがまた始まる(WBCの公式サイトより)

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 3月6日に2026ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)1次ラウンドが開幕する。野球世界一を争う大舞台とあって、球界を代表する実力者も時には不振にあえぎ、苦闘を強いられる。長いスランプの末、ここ一番で快打を放ち、チームに栄冠をもたらした男たちを振り返ってみよう。【久保田龍雄/ライター】

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世界を相手に戦うことのプレッシャー

「苦しいところから始まって、苦しさからつらさになって、つらさが今度は(心の)痛みになって……」という“どん底”の状態を味わったのが、2009年の第2回大会に出場したマリナーズ・イチローである。

 直前の強化試合6試合で11打席連続無安打を含む23打数3安打の打率.130と調子が上がらないイチローは、大会に入っても、1次ラウンドは14打数4安打、2次ラウンドから準決勝の米国戦までの5試合も24打数4安打と、“世界の安打製造機”らしからぬ打撃不振が続いた。

熱い戦いがまた始まる(WBCの公式サイトより)

 だが、決勝の韓国戦では、チームの命運がかかった最重要局面で、天才打者の本領を発揮する。

 この日、1回の中前安打をきっかけに9回までに5打数3安打とようやくエンジンがかかったイチローは、3対3で迎えた延長10回2死二、三塁、林昌勇から4球連続ファウルで粘ったあとの8球目、外角寄りシンカーを中前に弾き返し、見事、決勝2点タイムリーを放った。

「ここで打ったら、日本では今(視聴率が)ものすごいことになると思って、自分で実況しながら打席に入っていって、そうなると、いつもは結果が出ないんですけど。いやあ、ちょっと、ひとつ壁を乗り越えられた気がしますね。谷しかなかったですけど、最後は山に登れて良かったです」

 最後の最後でチームの勝利と2大会連続Vに貢献できたことにほっとした様子のイチローだったが、マリナーズ復帰後、WBCでの極度の疲労から体調を崩し、4月に自身初の故障者リスト入りする事態に。胃に出血性の潰瘍ができていたという。

 日の丸を背負って世界を相手に戦うことのプレッシャーが並大抵のものでないことを、身をもって示した。

最後はお前で勝つんだ

 前出のイチローのV打を見て、「僕も将来WBCで活躍する」と夢見たのが、当時の小学3年生・村上宗隆だった。

 2023年の第5回大会、前年、日本人選手のシーズン最多本塁打記録を塗り替え(56本)、史上最年少の22歳で三冠王に輝いた“村神様”は、初出場のWBCでも「(侍ジャパンの)4番を打ちたい」と宣言した。

 だが、大会前の強化試合では6試合で21打数3安打と精彩を欠いた。1次ラウンドでも、4試合で14打数2安打、4戦目のオーストラリア戦では無死満塁のチャンスに空振り三振となかなか調子が上がらない。ツイッター(現・X)で“村人様”と揶揄され、準々決勝のイタリア戦では5番に下げられた。

 そのイタリア戦で二塁打2本を放ち、復調を予感させたが、準決勝のメキシコ戦では、2回無死一塁で空振り三振に倒れるなど、3打席連続三振、7回の4打席目も三邪飛とまったくタイミングが合わない。

 そして、1点を追う9回裏、無死一、二塁のチャンスで村上に5度目の打順が回ってきた。ネクストサークルに城石憲之コーチが歩み寄り、「最後はお前で勝つんだ」という栗山英樹監督のメッセージを伝えた。

 「たぶん、本人の中ではチームに迷惑をかけているという感じしかないんじゃないかなというね。あんな打者ではないので。本当に世界がびっくりするような打者であるという、それを僕がこのWBCで証明したい」の思いからだった。

 その信頼に村上も土壇場で応える。カウント1-1からガエゴスの真ん中高め151キロを迷うことなくフルスイングすると、打球はセンターの遥か頭上を越え、フェンスを直撃、劇的な逆転サヨナラ二塁打となった。

 ヘルメットを放り投げ、右手でガッツポーズを見せた村上は「もう何度も三振して、何度も悔しい思いをして、その中でチームメートが助けてくれて、最後打席が回ってきたので、僕が決めましたけど、チーム一丸となった勝ちだと思っている。期待に応えられて良かった」と最高の笑顔を見せた。

 この一打で吹っ切れた村上は、決勝の米国戦でも2回に大会通算30打席目の1号となる同点ソロを放ち、3大会ぶり3度目の世界一に貢献した。

「いい場面で行くぞ」

 不振続きでスタメン落ちも、代打のひと振りで、でっかい仕事をやってのけたのが、2006年の第1回大会に出場した中日時代の福留孝介である。

 2月末の合宿中に右肩を痛めた影響で打撃フォームを崩した福留は、2次ラウンドまでの6試合で19打数2安打と3番打者の役目を果たせず、準決勝の韓国戦では屈辱のベンチスタート…。だが、王貞治監督は「いい場面で行くぞ」と約束してくれた。

 そして、0対0の7回、先頭の松中信彦が右越え二塁打でチャンスをつくり、多村仁が三振に倒れた直後、次打者・今江敏晃のところで王監督が「代打・福留」を告げた。

「最高の場面で使ってもらえた」と意気揚々と打席に立った福留は、カウント1-1から金炳賢の直球を鋭く捉える。一直線に飛んだ打球は、本塁打が出にくいことで知られるペトコパークの右翼席に入る貴重な先制2ランとなった。

「僕の野球人生で、これ以上のホームランはないですよ」という快打で勝利のヒーローとなった福留は、決勝のキューバ戦でも9回のダメ押しの代打2点タイムリーを放ち、世界一に貢献した。

 2023年のWBCに際しては、テレビ中継の解説者として現地入りし、不調に苦しむ村上に「どれだけ大会期間通して打っても、ここ一番のところで打たないと、ああだこうだと言われる。どこで打つかだけだから、絶対良いところで打てるから」と自身の経験を伝えている。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新著作は『死闘!激突!東都大学野球』(ビジネス社)。

デイリー新潮編集部