せっかく海外なのに…家事以外の時間は、外にも出ず「動画やネットを眺めていました」

写真拡大

 駐在妻――夫の海外赴任に同行する妻のこと。駐妻とも呼ばれる。一見、華やかそうな響きがあるが、実はさまざまな問題を抱えるケースは少なくない。実母も駐妻、自身も駐妻を経験した、臨床心理士で公認心理師士の前川由未子さんは、そういった「まわりに理解されづらい駐妻問題」専門のメンタルカウンセラーだ。前川さんが相談を受けた事例から、駐在生活にまつわるさまざまなトラブルや実態を紹介する。

 ***

【写真を見る】「美貌の駐妻」だった母の自死…貴重な思い出フォト/豪華!タイ駐妻時代の前川さんファミリー写真

 都内の企業で人事としてバリバリ働いていた中川英美里さん(34歳・仮名、以下同)。金融業界の第一線で働く夫の啓介さん(35歳)とは、友人の紹介で知り合い、4年の交際を経て31歳でゴールインした。

せっかく海外なのに…家事以外の時間は、外にも出ず「動画やネットを眺めていました」

 まだ子どもがいなかったこともあり、英美里さんはフルタイム勤務を継続。共働きで金銭的なゆとりもあったので、仕事もプライベートも充実した日々を送っていたという。

 そんな二人に転機が訪れたのは、啓介さんが33歳のとき。3年の予定で、オランダへの海外赴任の打診があった。「できれば英美里も一緒に来てほしい」、それが啓介さんの希望だった。

 ただし、一緒にオランダに行くには、英美里さんは今の仕事を辞めなければならなかった。当時の彼女の勤務先には、他の多くの日本企業と同様、「配偶者同行休業(帯同休業)」の制度が整っていなかったからだ。

「そろそろ子どもも……と考えていた時期でもあったので、正直すごく迷いました。でも、やっとの思いで積み上げてきたキャリアを捨てるのも、やっぱりもったいなくて……。帰国してから、また同じように働ける場所があるのかも不安でしたし……。それで、まずは夫に単身で赴任してもらい、少し様子をみようということになったんです」(英美里さん、以下同)

 ところが、そんなある日、英美里さんは夫の会社から思いがけない呼び出しを受ける。

「会社の方によると、要は『現地の仕事はめちゃくちゃハードだから、奥さんのケアが絶対に必要』というお話でした。夫が向こうで100%の力を出し切れるように、身の回りのサポートをする『お世話係』として、一緒にオランダへ行ってほしい……というわけです。

 しかも、『奥さんが行けないなら、駐在させるのは難しい』とまで言われてしまった。それって、私が行かなければ夫のキャリアを潰してしまうということですよね……半ば脅されているような、なんとも言えないプレッシャーを感じました」

 結局、英美里さんは自分のキャリアよりも夫の将来を優先し、泣く泣く会社を辞めて同行することを決めた。

「お世話係」という役割への戸惑い

 そして始まったオランダでの新生活。最初の1〜2か月は、見るものすべてが新鮮なヨーロッパ暮らしへの好奇心もあって、観光地へ足を運んだり、生活用品をそろえたりと慌ただしくも楽しく過ぎていった。

「でも、現地の言葉はさっぱりわからないし、英語もそれほど得意ではなくて。日本人が少ないエリアだったせいか、お店で不親切な対応をされたことがあって。勝手に差別かも、と思い込んで外出を控えるようになっていきました」

 また、オランダ特有の医療システムである“ホームドクター制”も地味に精神的なプレッシャーになったという。

「一家に一人、かかりつけ医を登録する仕組みなのですが、体調を崩したら、まずはその先生を通さないといけません。そこから専門医を紹介してもらうので、診察までかなりの日数がかかることも。1〜2か月待つこともザラ。日本のようにすぐ適切な治療を受けられるわけではないので、主婦である私が夫の健康も完璧に守らなきゃと、常に神経を尖らせていました」

 気づけば、1日のほとんどを家の中で過ごす日々。家事の時間以外は動画を見たりネットをしたりして時間をつぶすのみ。

「最初のうちこそ、人生で初の、仕事をしなくていい自由な時間を満喫していたんです。でもすぐにそんな生活にも飽きてしまって。ふとした瞬間に、『私は一体、こんなところで何をしているんだろう……』という虚しさが、ムクムクと湧き上がってきたんです」

「何者でもない自分」に削られる自尊心

 さらに、慣れない異国で朝から晩まで必死に働く啓介さんに対して、「自分は家事しかしていない」という罪悪感にも苛まれていった。

「夫の会社は、帯同する家族が現地で働くことを認めていませんでした。だから生活費はすべて夫の給料から。それがものすごく窮屈だったんです。自分でお金を稼いでいないから、ちょっと欲しいものがあっても言い出しにくい。なんだか自分が無力で、卑屈な気持ちになることが増えていきました」

 日本にいた頃の英美里さんは、組織の中で頼りにされ、やりがいを持って働いていた。ところが、海外に来た途端、求められるのは夫を支える『内助の功』ばかり。昨日までバリバリ働いていた女性が、いきなりハウスキーパーのような役割を唯一の仕事として押し付けられてしまう……。これは、彼女のアイデンティティを根底から揺るがす、とてもショックな出来事だった。

 さらに、対等にリスペクトし合っていた夫婦関係にも変化が生まれる。経済的な自立を失い、家の中の役割に縛られることで、二人の間のパワーバランスも崩れていったのだ。

「洋服やコスメ、美容室と……自分のためにお金を使うことにも後ろめたさを感じて、夫に支配されているような感覚に陥りました。だんだん、『私って、一体何なんだろう』『なんのために生きてるんだろう』と落ち込むことが増えていきました」

 英美里さんが陥った「自分という人間が見えなくなる感覚」は、実は多くの駐在妻が抱えがちな悩みの一つだ。

 仕事を通して社会とつながっているという実感がある人ほど、そのつながりを失ったときのダメージは大きくなりがち。名前ではなく、「奥さん」としか扱われない毎日は、想像以上に自尊心を削っていくものなのだ。

 こうしたケースで大切なことは、まず「私は私として生きる」と決めること。今の若い世代は、「女性の活躍」が当然の時代に育っている。それなのに、駐在先でいきなり「昭和的な内助の功」を求められる。結果、自分を見失って心を病んでしまうケースは珍しくないという。

「私」を取り戻すために……

 そんな駐妻たちに前川さんがアドバイスしているのは、「駐在生活は自分のキャリアを見つめ直す時間と捉えてもらうこと」だそうだ。

「資格の勉強をしたり、現地で語学を学んだり、ボランティア活動をしてみたり……。就労ビザが許すなら、思い切って現地で働くことに挑戦してもいいと思います。

 また、企業側にも問題があります。現在、一部の大手企業でしか導入されていない「帯同休職制度(パートナーの転勤に同行する間、会社を辞めずに休職できる制度)」や現地でも働き続けられる仕組みを社会全体に広めていく必要があります」(前川さん、以下同)

 本当は仕事を続けたかったのに、やむを得ず退職を選んだ結果、帰国後に再就職の壁にぶつかる女性は少なくない。高い能力やキャリアを持ちながらも、一度ブランクができると正社員に戻れず、パートや専業主婦にならざるを得ないケースも多い。

「こうした『キャリアの断絶』は、彼女たち個人にとってはもちろん、社会にとっても大きな損失といえるのではないでしょうか」

 その後、件の英美里さんは前川さんの言葉を胸に一念発起。「このままじゃもったいない! 現地の生活になじもう」と、オランダ語の語学学校へ入学した。学校ではさまざまな国から来た友人ができ、今ではレストランや病院でも困らない程度に、日常会話をこなせるようになったという。

「夫の付属品」ではなく「一人の自立した女性」として。帰国まであと一年。英美里さんは今、そこでしかできない経験を、自分の足でしっかりと積み上げている――。

※本記事で紹介した事例は、実際にあった出来事を基に、個別事案が特定されないようプライバシーに配慮し、登場人物や具体的な状況に一部変更を加えて再構成したものです

関連記事【正社員を諦め夫の中国赴任へ同行した35歳「駐在妻」、孤独なワンオペ育児の末にメンタル崩壊 夫の「衝撃のひと言」がトドメに】では、半年間で終わってしまった異国での生活と妻の苦しみを描いている。

前川由未子さん
金城学院大学国際情報学部 専任講師。臨床心理士、公認心理師。産業組織領域を専門に、これまで5000人以上の支援に携わる。2025年、海外居住者のメンタルヘルスケアを提供する(株)Taznaを設立。

取材・文/荒木睦美

デイリー新潮編集部