韓国国会で環境労働委員会の国政監査に出席したNewJeansのメンバー、ハニ(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

「私と目が合った後、(他のグループの)マネジャーが後ろから来るメンバーへ『見えないふり、無視して』と言ったんです。私がどうしてこんな目にあわなければいけないのかと理解できなかった」「国政監査に出席しなければ知らないうちに忘れられてしまうと思った。これからも誰かが経験するかもしれないことなので」

声はわずかに震えていた。

10月15日、5人組のガールズグループ「NewJeans」のメンバー、ハニ(20)が韓国国会の国政監査に参考人として出席し、自身が経験したイジメについてこう発言した。ハニはこの6月に東京ドームで開かれたNewJeansのファンミーティングで松田聖子の「青い珊瑚礁」を歌い、大旋風を巻き起こしたメンバーだ。

多くの陳情に対して国会も動いた

出席したのは、国会の環境労働委員会。そもそも俳優などのアーティストは「個人事業者」とされ、勤労基準法で定められる通常の「勤労者」には含まれない。同委員会委員長は、「多くの陳情も寄せられ、法では守られない特殊形態の勤労者の労働実態を知るために参席を要請した」とハニを参考人に選定した背景を説明している。

NewJeansは2022年7月にデビューするや、従来のK-POPとは異なる音楽性や世界観で瞬く間にスターダムを駆け上がった。プロデュースした所属事務所、ADORの代表でもあったミン・ヒジン氏は、K-POP界の新しい境地を開いたとして大きく脚光を浴びた。ところが4月、ミン前代表が独立を図ったとして親会社HYBEが内部監査を執行。両者の主張はくい違ったまま、対立は現在も進行形だ。

ハニがイジメについて吐露したのは9月11日、NewJeans メンバーらとともに行ったYouTubeでの緊急ライブ配信だった。8月末に代表職を解任されたミン前代表を代表職に復帰させてほしいとHYBEヘ訴えることを目的に行われたもので、ハニはこの席でイジメにあったことを告白した。

この発言をめぐり、韓国の雇用労働省や国会議員の事務所には、NewJeansのファンから「事実関係を調査してほしい」という陳情が殺到。同省傘下の調査機関が調査に着手し、現在、事実関係についての調査が進められているという。

所属事務所の代表と”対立”

国政監査には、ADORのキム・ジュヨン新代表も証人として出席した。ハニがイジメにあったという訴えに、「もどかしい心情で立証できるだけの資料を探していますが、残念ながら確保できていない状況です。とれる措置はすべてとりました。最善を尽くした」と証言。

これに対しハニは、「守りたいなら闘わなければなりません。でも、闘う意志もなく、何らかの措置をとる意志もないのに最善を尽くしたとはいえないのではないでしょうか」と反駁した。また、今回の「無視事件」に加えて、会社のトップクラスからも挨拶しても無視されたという話もしていた。

ところで、ハニはベトナム系オーストラリア人で韓国語は現在も勉強中だ。議員の質問の中の「葛藤」という単語がわからず、「すいません、葛藤という意味がわかりません」とはにかむ様子も見られた。

韓国国会の国政監査がエンターテインメント事務所の対立の中で起きたことを監査するのも、直接芸能人が出席するのも初めてのことだった。“前代未聞”といわれるこの事態。そもそもなぜアーティストがこんなカオスの中に置かれるはめになったのか。ここまでに至る経緯をざっくり整理してみたい。

事の本質は、HYBEとADORのミン・ヒジン前代表の対立にある。「BTS」が所属することで知られるHYBEは国内外に11社のレーベルを擁し、5月には資産5兆ウォン(約5500億円)超を保有する大企業集団にも選定された巨大エンターテインメント企業だ。ADORはその傘下のレーベルの1社である。


今や大企業となったHYBE(写真:編集部撮影)

スマホのメッセージを暴露しあう泥仕合に

発端は4月に遡る。

4月22日、HYBEはADOR の内部監査に入った。このニュースが流れると、業界のみならず韓国社会は騒然となった。HYBEは内部監査に入った理由を、ADOR がHYBEからの独立をはかり、その過程で機密の内部情報も流出させたためとし、ミン代表(当時)の辞任も要求した。

ミン氏は「少女時代」などをプロデュースしたSMエンターテインメントで、「ビジュアルディレクティング」として活躍した後、2019年、HYBEにブランド総括(CBO)として迎え入れられた。自身のアーティストを育てたいとの意向を受け入れて、2021年、HYBEが160億ウォン(約18億円)を出資して設立されたのがレーベルのADORだ。株主構成は、HYBE80%、ミン前代表が約18%となっている。

ミン氏は、HYBEによる内部監査について、同社傘下の他レーベル「BELIFT  LAB」から3月にデビューした5人組のガールズグループ「ILLIT (アイリット)」が「NewJeansをコピーしている」とHYBE へ問題を提起したことに対する報復だと反駁。この後は双方ともにスマホのメッセージを暴露的に公開するなどのっけから泥沼の体となった。

HYBEは内部監査執行から3日後には、「ミン代表が主導して経営権を奪おうとしていた計画が明らかになった」という中間報告を発表し、管轄の龍山警察署にミン前代表を「背任容疑」で告発した。

一方のミン氏は記者会見を開き、2時間に及ぶ会見で、「(経営権を)奪おうとしたことも、それを企図したことも、実行したこともない」「実績を出している系列会社の社長である私を潰そうとするHYBEが背任だ」などとHYBE を激しく批判した。

そして、ミン氏は、HYBEが進めていた臨時株主総会での自身の代表解任の動きに対して、HYBEを相手に議決権行使禁止の仮処分申請をソウル地裁に提出する攻防に出た。

ソウル地裁は総会が開かれる前日の5月30日、この仮処分を認めた。ただし、「ミン・ヒジン代表がADORを独立的に支配できる方法を模索したことは明らかだと判断できる」と独立を図ったことは事実だと認めている。しかし、これが、「模索の段階を超えて具体的な実行行為までに及んだと見るには難しい。また、ADORの背任行為とすることは難しい」として仮処分を認容し、ミン氏の代表解任には待ったをかけた。

その後、HYBEはADORの理事の中でミン氏に最も近い2人を交代させ、8月27日、ADORの理事会はミン氏を代表職から解任し、新代表を選出した。NewJeans メンバーがYouTubeでの緊急ライブ配信を行ったのはこの後だ。

個人事業者は勤労基準違反にはならない?

ミン氏はそのライブ配信から2日後の9月13日、ソウル地裁に対し「解任はHYBEと結んだ株主契約に違反するものであり、裁判所の議決権行使禁止仮処分決定へ反する」とし、「ADORの臨時株主総会招集およびADOR社内理事再選人のための仮処分」を申請している。10月11日には審問が行われ、25日までに追加審問が行われた後、早期に結果を出すとしている。

ミン氏は中央日報紙との単独インタビューで「傘下の子会社が親会社トップの神経を逆なでたことへの公開処刑にあった」(9 月26日付)と語り、ある講演では、「私には罪がないので勝たなければいけない」と発言している。勝った場合、それは、どのような勝ち方になるのだろうか。

韓国ではテレビ各局が自社のYouTubeチャンネルで生中継をするなど、ハニの国政監査出席の話題性は十分だった。が、「HYBEが故意にイジメをしたことが証明されれば勤労基準法違反として何らかの処分をうけることになりますが、(韓国の)法曹界では雇用労働省が個人事業者を勤労者として認めるには無理があるとしていて、陳情を却下せざるを得ないのではないかと見立てています」(韓国全国紙記者)という。

(菅野 朋子 : ノンフィクションライター)