どうやって「歯をやめた」のか…?じつは、「あまりに長い紆余曲折」の果てに獲得したヒゲクジラのヒゲ

写真拡大 (全4枚)

新生代は、今から約6600万年前に始まって、現在まで続く、顕生代の区分です。古生代や中生代と比べると、圧倒的に短い期間ですが、地層に残るさまざまな「情報」は、新しい時代ほど詳しく、多く、残っています。つまり、「密度の濃い情報」という視点でいえば、新生代はとても「豊富な時代」です。

マンモスやサーベルタイガーなど、多くの哺乳類が登場した時代ですが、もちろん、この時代に登場した動物群のすべてが、子孫を残せたわけではありません。ある期間だけ栄え、そしてグループ丸ごと姿を消したものもいます。

そこで、好評のシリーズ『生命の大進化40億年史』の「新生代編」より、この時代の特徴的な生物種をご紹介していきましょう。今回は、現生のクジラに連なる2つのグループのうち、ヒゲクジラ類の仲間をご紹介します。

ヒゲクジラ類は、歯にかわって、そのヒゲ(いわゆるクジラの髭)が特徴ですが、このヒゲの獲得には、ずいぶんと紆余曲折があったようです。

*本記事は、ブルーバックス『カラー図説 生命の大進化40億年史 新生代編 哺乳類の時代ーー多様化、氷河の時代、そして人類の誕生』より、内容を再構成・再編集してお届けします。

歯はあるのに「ヒゲのない」ヒゲクジラ類

知られている限り最も古いヒゲクジラ類の化石は、ペルーに分布する始新世最末期の地層から発見されている。

ベルギー王立自然科学研究所のオリビエ・ランバートたちが2017年に報告したそのヒゲクジラ類の名前を「ミスタコドン(Mystacodon)」という。1メートル近い頭骨の化石が知られており、その頭骨から推測される全長は、3.75〜4メートルだ。のちのヒゲクジラ類と比べると、「慎つつましいサイズ」と言ってもよいかもしれない。

ヒゲクジラ類の頭骨は、真上から見ると二等辺三角形に近い形状で、そして高さがあまりない。ミスタコドンは「最古の存在」でありながらも、すでにこの形状の頭骨をしている。

しかしヒゲクジラ類でありながらも、ミスタコドンの口には、「ヒゲ」はなく、しっかりとした「歯」が並んでいた。ランバートたちによる口腔の分析結果によると、ミスタコドンは「吸引摂食」もしていた可能性があるという。海底を移動する

獲物に近づいて、海水ごと吸い込んで食べていたというのだ。

ミスタコドンの“一歩先”に位置付けられているヒゲクジラ類が、「エティオケタス(Aetiocetus)」だ。

和名「アショロカズハヒゲクジラ」の由来

エティオケタスもまた、「歯のあるヒゲクジラ類」である。エティオケタスの名前(属名)をもつ種は複数報告されており、日本でも北海道に分布する漸新世の地

層から「エティオケタス・ポリデンタトゥス(Aetiocetus polydentatus)」が報告されている。

その全長は、3.8メートルと推定されており、ミスタコドンとほぼ同じ大きさだ。なお、エティオケタス・ポリデンタトゥスは、「アショロカズハヒゲクジラ」の和名でも知られている。化石産地である「足寄町」と「歯の数が多いこと」にちなんだ名前だ。

エティオケタスというヒゲクジラ類は、まさしくヒゲクジラ類の進化の途上にあり、アメリカから化石が発見されている「エティオケタス・ウェルトニ(Aetiocetusweltoni)」は、「歯のあるヒゲクジラ類」ではあるものの、ミスタコドンやエティオケタス・ポリデンタトゥスとは異なり、ヒゲもあったとみられている。つまり、エティオケタス・ウェルトニは、「歯もヒゲもあるヒゲクジラ類」なのだ。

「歯があってヒゲがない」「歯もヒゲもない」…ヒゲクジラ類の試行錯誤

そんなエティオケタスの“一歩先”は、アメリカに分布する漸新世初頭の地層から化石が発見された「マイアバラエナ(Maiabalaena)」である。全長4.6メートルと見積もられているこのヒゲクジラ類には、ヒゲクジラ類の試行錯誤を垣間見みることができる。

なにしろ、マイアバラエナには、歯もヒゲもない。すなわち、マイアバラエナは、「歯もヒゲもないヒゲクジラ類」である。

マイアバラエナを2018年に報告したジョージ・メイソン大学(アメリカ)のカルロス・マウリシオ・ペレドたちは、マイアバラエナは獲物をまるごと吸い込んで食べていたとみている。

こうした最初期のヒゲクジラ類の中で、「歯のないヒゲのあるヒゲクジラ類」……つまり、一般に「ヒゲクジラ類」という言葉から想像できるヒゲクジラ類の一つが、アメリカに分布する漸新世半ばの地層から化石が発見されている「エオミスティケタス(Eomysticetus)」である。部分化石ばかりが知られているために正確な大きさは不明なものの、約1.5メートルの頭骨から推測されるその全長は、7メートルに達したという。

エオミスティケタスは、ヒゲを用い、現生のヒゲクジラ類と同じようにプランクトンを主食としていたようだ。

もっとも、その頭骨にはヒゲクジラ類としてみると原始的な特徴がいくつかある。例えば、現生のヒゲクジラ類の下顎は、外側に大きく湾曲している。そのため、口を大きく膨らませることが可能である。いっきに大量の水を口に含み、こし取り、大量のプランクトンを得ることができるのだ。

エオミスティケタスの下顎には、この湾曲構造がない。すなわち、口に含むことができる水量は限られていた。また、鼻の孔あなの位置も、現生種と比較するとエオミスティケタスのそれは口先に近い。これは、バシロサウルスなどのムカシクジラ類と共通する。

いずれにしろ、ヒゲクジラ類は、「歯のあるヒゲのないヒゲクジラ類」から始まり、「歯もヒゲもないヒゲクジラ類」を経て、「歯のないヒゲのあるヒゲクジラ類」ーーつまり、“現代的なヒゲクジラ類”に到達した。漸新世にプランクトン食に特化したクジラ類が登場するに至り、クジラ類は海洋生態系において、その地位を確立させつつあった。

始新世に始まり、漸新世にヒゲクジラ類の登場という一大ハイライトを迎えたクジラ類の歴史だが、クジラ類のもう一つのグループである「ハクジラ類」に関しても、その最古の種は漸新世に登場し、そして、中新世には「頂点捕食者《トッププレデター》級」ともいえる大型種が出現するに至っている。

続いて、ハクジラ類の進展を見てみよう。

カラー図説 生命の大進化40億年史 シリーズ

全3巻で40億年の生命史が全部読める、好評シリーズの新生代編。哺乳類の多様化と進化を中心に、さまざまな種を取り上げながら、豊富な化石写真と復元画とともに解説していきます。

巨大サメさえ、獲物でしかない…!マッコウクジラの祖先が、じつは「海の生物を震え上がらせる肉食クジラ」だった衝撃の事実