中国ビジネスは「引く」べきか「出る」べきか――現地日系企業が吐露した「驚くべきホンネ」

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笑顔の李強、笑顔のない石破茂

朝日新聞(10月11日付)は、見出しにこう書いた。

<小声で「ニーハオ」、表情硬め 石破首相、緊張感漂う日中首脳会談>

10月10日、ラオスの首都ビエンチャンで、ASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会議の合い間に、石破茂新首相と中国の李強首相の初めての首脳会談が開かれた。ところが、両首相が両国の国旗をバックに握手を交わした時、笑顔を見せたのは李首相だけだった。

日本外務省が発表した「会談の概要」でも、石破首相が李首相に多くの要求を突きつけたことが分かる。

<石破総理から、日本産水産物の輸入回復を早期に実現するよう求めた>

<石破総理から、日本産牛肉の輸出再開、精米の輸出拡大に係る協議の再開を改めて求める>

<石破総理から、ブイを含む東シナ海情勢、8月の中国軍機による領空侵犯事案や9月の空母による我が国領海に近接した海域の航行といった中国軍の活動の活発化につき、深刻な懸念を改めて伝え、領空侵犯について十分な説明を行うよう求めた>

<石破総理から、蘇州や深圳で日本人学校の児童等が死傷した事件により、中国の在留邦人の不安は急速に高まっている旨指摘しつつ、一刻も早い事実解明と説明、日本人の安心・安全の確保を強く求めた>

<石破総理から、悪質で反日的なSNSの投稿等の取締りを含め、中国側の迅速な対応の重要性を提起した>

<石破総理から、中国における邦人拘束事案について我が方の立場に基づき改めて申し入れ、拘束されている邦人の早期釈放を求めた>

<石破総理から、南シナ海、香港、新疆ウイグル自治区等の状況に対する深刻な懸念を表明するとともに、台湾については、最近の軍事情勢を含む動向を注視している旨伝えつつ、台湾海峡の平和と安定が我が国を含む国際社会にとって極めて重要である旨改めて強調した>

今回の日中首脳会談は、日本にとってどんな位置づけだったのか。日本政府関係者に聞くと、こう答えた。

「日中首脳会談は、同時通訳で約35分。2日間の短い日程で8つの首脳会談・立ち話(韓国・中国・インド・フィリピン・ラオス・ベトナム・タイ・オーストラリア)をこなした中の2番目だった。

総理就任から9日目の日中首脳会談は、2006年10月に安倍晋三総理が、就任12日後に訪中した時の記録を塗り替えて、歴代総理の中で最短だ。それは、いろんな偶然が重なった結果ではあるが、互いに相手国を重視している証左でもある。

それでも今回、27日に総選挙を控えていることもあって、石破総理は厳しい決意を持って臨んだ。特に、先月18日に広東省深圳(しんせん)で、日本人学校に通う10歳の日本人男児が刺殺された事件の後、約10万人が暮らす中国の日本人社会では、不満と不安が高まっている。約3万社が進出している日系企業も同様だ。そうした声を反映させる日中首脳会談となった」

この政府関係者によれば、深圳の事件の再発を防ぐため、日本政府として、緊急措置を取っているという。

「中国には、ALSOK(綜合警備保障)が進出している。そうした会社に協力を仰ぎ、外務省の予備費から4300万円を拠出して、中国大陸に11ヵ所ある日本人学校の警備強化や、通学バスの拡充にあてる。それでも、国慶節(建国記念日)の連休(10月1日〜7日)を終えても、日本人学校に子供を通わせる親たちの不安が拭えないため、授業は基本的にオンラインで行っている。

現地の日系企業などからは、中国に渡航する『危険レベル』を上げてほしいという要求も来ている。だが、6月の蘇州の事件(日本人学校のバス停で日本人母子が襲われ、止めに入った中国人女性が刺殺された事件)でも、9月の深圳の事件でも、中国側は『偶発的な事件』と言い続けている。中国政府がそう主張する限り、日本政府としては『危険レベル』を上げるわけにはいかないのだ」

政府の措置に日本企業は不満

俎上(そじょう)に上った「危険レベル」というのは、日本人が外国に渡航するにあたっての目安とするため、日本外務省が各国・地域の危険状況を判断し、公表しているものだ。「危険レベル1:十分注意してください」「危険レベル2:不要不急の渡航は止めてください」「危険レベル3:渡航は止めてください(渡航中止勧告)」「危険レベル4:退避してください。渡航は止めてください(退避勧告)」の4段階からなっている。それ以外の地域は「安全」というわけだ。

10月14日現在、「危険レベル4」は、戦争や戦闘が続くウクライナ近辺や中東の一部、アフリカの一部などだ。中国国内では、西部の新疆(しんきょう)ウイグル自治区とチベット自治区のみが、「危険レベル1」に指定されている。その他の地域は、特に指定されていない。

だが、中国に数十人の駐在員を派遣している、ある日本の大手企業幹部は、こうした政府の対応に不満顔だ。

「わが社の規定によれば、政府が『危険地域』に指定した段階で、現地の駐在員やその家族の帰国措置などを取ることになっている。つまり政府が動いてくれないと、会社も動く根拠がないのだ。

だが、中国経済の悪化や、米中対立など地政学リスクの増大に伴って、わが社の中国ビジネスは後退している。中国の駐在員の一部は、すでに日本と東南アジアなどとのビジネスの予備軍のような位置づけになっている。先月の深圳の痛ましい事件は、中国ビジネスのさらなる縮小を後押しする要因となった」

速報価の発表が早い中国海関(税関)総署の貿易統計によれば、今年1月から8月までの日中貿易額は、前年同期比で−4.6%と落ち込んでいる。内訳は、日本→中国が−3.8%、中国→日本が−5.5%だ。この大手企業幹部によれば、「日中貿易は今後ますます縮小していくだろう」と言う。

実際、このところ中国で日系企業の縮小・撤退の発表が相次いでいる。一例を示すと、以下の通りだ。

〇昨年3月、太平洋セメントが134億円の特別損失を計上して撤退。

〇昨年10月、三菱自動車が243億円の特別損失を計上して撤退。

〇今年2月、伊勢丹の天津2店舗が閉店、6月に上海の店舗が閉店。

〇今年6月、日産が東風日産の常州工場を閉鎖。

〇今年7月、日本製鉄が宝山鋼鉄との合弁事業を解消。

〇今年10月、ホンダが広汽ホンダ(広州)の第4工場閉鎖、11月に東風ホンダ(武漢)の第2工場休止。

水面下で悲観広がる中国ビジネス

日中の経済関係は、当然ながら中国経済や米中関係、日中関係の状況などによって変化する。しかしながら現時点において、多くの日本企業が、中国ビジネスを悲観的に捉えているように映る。少なくとも、私が北京駐在員をしていた時代(2009〜2012年の胡錦濤政権末期)とは、隔世の感がある。

そのあたりを、もう少し具体的に見ていこう。中国国内に拠点を構える日系企業を束ねている、中国日本商会(本部・北京)という団体がある。1991年に設立された外国人商工会議所の第1号で、私も北京駐在員時代には所属していた。

その中国日本商会は8月30日、「会員企業景況・事業環境認識アンケート結果 第4回」を公表した。中国日本商会によれば、現在、中国の日系企業は3万1300社。そのうち1760社が、アンケートに回答した結果だ。同様の調査結果発表は、昨年9月、今年1月、5月に次いで4回目となる。

その主なものは、次の通りだ。質問番号は、私が便宜上付けたものである。

1)あなたの会社の第2四半期(4〜6月)の第1四半期(1〜3月)と比較した売り上げは?

5%以上上昇した:14%、0〜5%上昇した:18%、変化なし:24%、0〜5%減少した:20%、5%以上減少した:24%

2)あなたの会社の第2四半期の第1四半期と比較した営業利益は?

5%以上上昇した:14%、0〜5%上昇した:16%、変化なし:25%、0〜5%減少した:20%、5%以上減少した:24%

3)あなたの会社の第2四半期の第1四半期と比較した販売価格は?

5%以上上昇し:4%、0〜5%上昇した:9%、変化なし:46%、0〜5%減少した:27%、5%以上減少した:13%

4)あなたの会社の第2四半期の第1四半期と比較した景況感は?

改善された:5%、やや改善された:17%、横ばい:36%、やや悪化した:24%、悪化した 18%

5)中国国内の第2四半期の第1四半期と比較した景況感は?

改善された:1%、やや改善された:10%、横ばい:39%、やや悪化した:34%、悪化した 16%

6)2024年は昨年に比べて中国への投資を増加させるか?

大幅に増加させる:1%、増加させる13%、前年同額:40%、減少させる:21%、投資しない:24%

7)中国国内の2024年の2023年と比較した景況感をどう予測するか?

改善するだろう:1%、やや改善するだろう:10%、横ばいだろう:29%、やや悪化するだろう:38%、悪化するだろう:22%

8)2024年以降の中国市場をどう考えるか?

最重要市場:25%、3大重要市場の一つ:27%、多くの重要市場の一つ:37%、重要市場ではない:5%

9)国の事業展開地での事業環境の満足度は?

非常に満足している:3%、満足している:55%、不満である:37%、大いに不満である:5%

以上である。まず1の売り上げと、2の利益、それに4の会社の景況感だが、それぞれ「上昇した32%対減少した44%」「上昇した30%対減少した44%」「改善22%対悪化42%」。つまり全体として見ると、日系企業は中国ビジネスでうまくいっていないことが分かる。

次に3の販売価格は、「上昇した13%対減少した40%」。これは中国でデフレが進行していることを示している。

続いて、5と7の中国国内の現在と近未来の景況感だが、それぞれ「改善11%対悪化50%」「改善11%対悪化67%」。すなわち、中国経済の悪化は続いており、今後も続くと見ている。

6の今後の投資予定に関しては、「増加14%対減少、なし45%」。新規投資に関しては消極的である。

さらに、中国市場の位置づけについては、「多くの重要市場の一つ37%」という認識が最大値。中国の事業環境については、「満足58%対不満42%」で、ようやく満足が不満を上回った。

全体として見ると、重ねて言うが、私が北京駐在員をしていた胡錦濤時代の末期とは、「別世界」である。私の頃は、圧倒的多数の日系企業が売り上げや利益を伸ばしていて、中国を「世界一重要な市場」と捉えていた。

さらに付け加えると、私の経験から言って、中国国内の最前線で日々、ビジネスに従事している日系企業は、こうしたアンケート調査に関して、実際に感じているよりも、中国に甘く回答する傾向がある。日系企業は社内に多くの中国人従業員を抱えていて、普段中国の法律法規に基づいて、中国企業と取引している。そのため、どうしても中国に対する「情」や「忖度(そんたく)」が入ってしまうのだ。

そうしたことを勘案すると、実際にはこの調査結果以上の悲観的な状況が広がっていると見るべきだろう。

さらなる不満

この調査では、日系企業から中国側への要望事項についても記している。その主なものは、以下の通りだ。

〇ビザなし渡航を再開して欲しい。

〇 引き続き、在留邦人の安全確保を図ってほしい。問題が起こった場合の対処方針等の提示して欲しい。

〇 中国政府は外資誘致に積極的で、熱心な説明もあるが、各地において具体的な行動が見られない。

〇 低価格競争の激化により、日本企業だけでなく中国企業も疲弊している。このままでは、デフレの悪循環に陥る可能性がある。

〇 反スパイ法などにより、日本本社が委縮し、中国事業の拡大の阻害要因となっている。また、日本からの出張も見合わせとなっている。反スパイ法などの詳細を日本語でもしっかりと発信して欲しい。

〇 法律・規制の制定や改正が多く、また、地域や担当者によっても解釈が異なっている。さらに、施行までの猶予期間がほとんどない。丁寧な説明を統一して行い、企業が対応できるだけの十分な猶予期間を確保して欲しい。

〇 税金を払う大企業が優遇され、中小企業が優遇されていない傾向がある。

〇 政府調達に関し、現場においては、恣意性や不平等性、不透明性がある。中国企業と外資企業の平等な競争環境を整備して欲しい。

〇 日本産水産物の輸入を解禁して欲しい。

〇 日本からの材料を輸入しているが、関税が高すぎる。

〇 中国企業との取引において、中国企業からの支払いが遅い。資金が得られなければ、次の取組みを進められない。

まさに、中国の最前線で日々、格闘している日系企業のホンネが、如実に示されていると言えよう。

サイゼリア、ニトリ、「下げ相場こそ買い相場」

それでは、日本企業にとって、中国ビジネスに未来はないのか? 縮小・撤退して、ベトナムやインドなどにシフトしていくのが正解なのか?

いや、そうとも言えないという例を、最後に示そう。鮭の川上りではないが、「潮流」に逆行するかのように、中国への投資を加速させている企業も、一部に存在するからだ。そうした典型例が、サイゼリヤとニトリである。

サイゼリヤが10月9日に行った2024年8月期連結決算は、「中国ビジネス悲観論者」からすれば、驚くべきものだった。中国国内の店舗数は、1年前の373店舗から415店舗へと、42店舗増加。中国での直近の売上高(今年6〜8月)は、前年同期比26%アップの529億円。同じく営業利益は、32%アップの83億円となったのである。

日本国内での店舗数を、この1年で17店舗減らす中、まさに「中国で躍進するサイゼリヤ」なのである。実際、サイゼリヤの中国語表記である「薩莉亜」(サーリーヤー)は、北京・上海・広州で着実に浸透しつつある。もしかしたら中国人客は、日系企業ではなくイタリア系企業と勘違いしているかもしれないが。

同じくニトリ(中国語表記は「宜得利(イードゥリィ)」)に関しては、先週、同社の関係者に話を聞いた。

「今年6月、重慶の新店舗オープンで、中国の総店舗数が100店舗になりました。これからも、まだまだ増やしていきます。

いまの中国経済は悪い。これは事実です。しかしそのことで、出店にかかる家賃などの初期費用は、以前よりだいぶ安くなったし、現地の優秀な中国人もどんどん採用できる。こうしたことは今後、中国経済が回復してからでは難しいことで、だからこそいま、出店を急ぐのです。

わが社が日本で成長してきたこの30年は、まさに『失われた30年』と言われた時代です。そのためわが社は、国の経済全体が悪化する中で、成長していくためのノウハウを持っています。それは一言で言えば、良い品を手頃な価格で消費者に提供するということです。おそらくサイゼリヤも同様だと思います」

このように、「下げ相場こそ買い相場」ではないが、独自のビジネス哲学をもって、中国への投資を加速させる企業もあるのだ。たしかに、いまの中国が、かつての「バブル経済崩壊後の日本」の足跡を辿っていることを思えば、その時代を体験した日本企業に「勝機」があるとも言える。

いずれにせよ、日本が新政権になった後の日中関係、及び来年1月にアメリカが新政権になった後の米中関係を注視していく必要があるだろう。(第751回)

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