無理は禁物、「共倒れ」だけは避けて! あなたにも訪れる認知症介護「施設どき」の見極めかた

写真拡大 (全5枚)

前編記事〈2000ケース超を知る達人が教える「認知症」悪化を防ぐため絶対に不足させてはいけない「3つのもの」〉から続く。

認知症の患者数は、2040年には584万2000人(高齢者の約15%)にのぼると推計されています。今後は街中で困っている認知症の人に出会うことが多くなるかもしれません。そんなとき、あなたはどうしますか?著者の豊富な実体験に基づいて書かれた『認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ』から、役に立つ知恵をご紹介しましょう。

適切に対応するためには、まず認知症について正しく理解する必要があります。認知症の人は、知識や体験をだんだん忘れていく、いわば「引き算の世界」に住んでいます。大切なのは、本人の世界に合わせた「引き算」の言葉かけ・接し方をすること。具体的に何を言いどう振る舞えばいいか、本稿で詳しく解説します。

介護者は、認知症の人のいい「通訳」になろう

認知症の人にかかわるにあたって、介護者に気をつけていただきたいのは、本人の言うことを何でも鵜のみにしないでほしい、ということです。だいたい歳をとれば誰でも、適切な単語がパッと出てこないものですが、認知症の人は、病気のためにもっと言葉が出にくくなっています。また、言葉が出たとしても、それが適切な表現になっていないかもしれません。本人の言うことをもとに情報収集しているだけでは、命にかかわることも起こりかねないので注意が必要です。

かつて作業現場の社員寮で賄いの仕事を長く続けていた女性が、退職後に認知症になりました。それ以来、閉じこもりがちになり、とうとうある日、救急車で運ばれて入院してしまいました。原因は栄養失調と脱水でした。

彼女は若い頃から“ものを買ったつもり”、“外食したつもり”の「つもり貯金」でコツコツお金を貯めてきた人でした。その後ヘルパーが自宅に入るようになり、掃除のため押し入れを開けたところ、風呂敷包みの中から束ねた1万円札がドッと出てきたそうです。女性は「貧乏のつもり」で飲まず・食べず・外出せずに貯め続けて入院となったのです。

これがもし高血圧や心臓病など、命にかかわる持病がある認知症の人の場合だったらどうでしょうか。ちゃんと服薬してもらいたいところですが、本人が「薬は飲みました」と言っても“飲んだつもり”になっているだけかもしれません。たとえば介護者が、薬の包み紙が捨ててあるかどうかを確認するなど、チェックしたほうがいいでしょう。

絶対に避けたいのは、家族が抱え込むことによる「共倒れ」

認知症の人がいかにつらくて不安な思いをしているかは、すでにこれまでの記事で説明したとおりですが、認知症介護では、介護にあたっている家族もつらい思いをしていることを忘れてはなりません。

認知症に詳しい川崎幸クリニック院長の杉山孝博医師によると、認知症介護にあたる家族の心理的変化は、「否定」「混乱」「怒り」「あきらめ」を経てようやく、認知症の「受容」という段階に到達するのだそうです。うまくつき合えるようになるまでに、家族がつらい思いをするということは、誰もが知っておくべきです。

ところが苦しい立場におかれると、人はかえって自分のつらい気持ちや状況を、誰にも相談することなく、手助けも受けずに抱え込んでしまうことがあります。認知症とつき合うときいちばんよくないのが、この「抱え込み」です。とくに男性は、助けを求める=弱みを見せることと考えるので、女性以上に抱え込む傾向があるようです。

また、会社勤めをしている人が、介護を理由に仕事をやめるケースもあります。もちろん時と場合にもよりますが、このようなかたちでの退職は、基本的にやめたほうがいいのではないでしょうか。というのも、仕事中は介護のことを忘れられますし、たまには同僚に愚痴を聞いてもらうこともできるでしょう。そうしたところから生まれる心の余裕が、認知症の人への優しさにつながります。「昼間ひとりにして、不自由な思いをさせてごめんね」という心模様です。

ところが仕事をやめてしまうと、認知症の人と「家」という閉じた空間の中でずっと一緒にいなければならなくなり、「あなたがいるために何もできない」という不満ばかりが募るので、行き詰まってしまいます。

お年寄りはいつか亡くなります。つまり、どんな介護にも終わりは必ずあるわけですが、問題はそれがいつか、はっきりしないところにあります。このように先が見えないため、家族は認知症介護によって感じるつらさや疲れが、永遠に続くような錯覚に陥りがちです。このままでは共倒れになってしまいかねません。こういう場合は、お年寄りを滞在型の施設に預けることをお勧めします。

どんな人にも、施設に頼るべき“施設どき”がある

“施設にお年寄りを入居させる”と言うと、「かわいそうだ」とか、「つらくてとてもできない」という意見が出てくることがあります。そのような見方を全面的に否定するつもりはありませんが、こと認知症介護について言えば、情や世間体に構っていられない場合もあると思います。その意味で、どんな介護にも施設に頼るべき「施設どき」というものがあります。

たとえば次のような場合も“そのとき”が来ていると言えます。ある家族は、お嫁さんが認知症の義母を介護していました。ある日、お嫁さんがパートから帰ってみると、家の中が羽毛だらけになっていて、ひどい便臭がしています。一体どうしたのでしょうか。

実は認知症の義母が羽毛布団を破き、自分の排泄物を放り込んでこねくりまわした後、それを部屋中にまき散らしたのでした。義母がこのようなことをたびたびするので、家族全員が後始末に追われ、疲れ切っていました。

排泄物がほこりと一緒に空気中を舞っているような状態は、認知症の本人にはもちろん、家族にも有害な環境だと言えます。悪くすると感染症にかかるかもしれません。もはや家族で対応できるレベルとは言えないでしょう。

このように、誰にとっても劣悪な状態が生じるようであれば、介護家族が生きる気力を失わないうちに施設利用を検討すべきだし、介護職もそれを勧めたほうがいいのではないでしょうか。

介護には迷いと後悔がつきものです。お年寄りに施設に入居していただく前後なども、介護者は「これでいいのか」と迷い、「やっぱり家で看ることもできたのでは」と後悔するものです。

ですが、認知症介護はどこかで「これでよし」と思い切ることも必要です。施設を利用しなかったがために不慮の事故が起こったり、家族共倒れになったりすれば、“大きな後悔”が残ります。介護者が、とりわけ家族が「もう十分やった」と心の底から思えるなら、それで十分ではないでしょうか。小さな後悔ですんでいるうちに切り替えるという考え方も必要なはずです。

2000ケース超を知る達人が教える「認知症」悪化を防ぐため絶対に不足させてはいけない「3つのもの」