韓国留学した「大阪生まれの在日コリアン3世」が、自分の「日本人らしさ」を感じた「意外な瞬間」

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在日コリアン3世で元全国紙記者の韓光勲さんは、30歳にして韓国留学を決断しました。韓国籍ではあるものの、「大阪生まれ、大阪育ち」であり、韓国語が苦手。それでも韓国に留学し、在日コリアンという立場からさまざまな発見をします。そんな彼の発見をギュッとまとめたのが『在日コリアンが韓国に留学したら』という本です。

韓さんは韓国において、日本人として扱われることもあれば韓国人として扱われることもありました。しかし留学で長く韓国に住むにつれ、自分の中の「日本人らしさ」を感じる場面が出てきたといいます。

日本人? それとも韓国人?

僕は日本では「韓国人」として扱われることもあるが、「日本人」として扱われる場合も多い。国籍は大韓民国であり、韓国のパスポートを持っているから「韓国人」なのかといえば、必ずしもそうでもない。初対面の人に「国籍は日本ですよね」と言われる場合も多くある。これは仕方ないと思う。僕の生活様式は完全に日本だ。流暢な関西弁を操り、日本語を扱う文筆業を生業としている。

だが、行政の場に出ると、全く違う。完全に「韓国人」として扱われる。厳密にいえば、「特別永住者」という立場だ。「特別永住者」とは、戦前から日本に住んでいた在日韓国人・朝鮮人・台湾人とその子孫を指す。統計を見ると、僕のように「特別永住者」で韓国籍の人は、約25万7000人である(2023年6月末現在)。

とはいえ、「特別永住者」は「外国人」であることには変わりないので、僕は「特別永住者証明書」というカードを持ち歩いている。日本を出るときには再入国の手続きが一応必要だ(2年以内なら「みなし再入国許可」という制度を使えるので手続きは簡単だけれど)。このように、日本では、日常の場では「日本人」として扱われつつ、行政の場では「韓国人」として扱われるのである。

韓国ではどうか。これもまたややこしい。行政の場にいくと「在外国民」として扱われる。「外国に住んでいる韓国人」という意味だ。では、日常の場ではどうか。これもやはり、場合によって違う。「日本から来た」と自己紹介をすると「日本人」として扱われる。「両親は韓国人なんです」と言うと、「韓国人」として扱われたり、「そう言いつつ日本国籍なんでしょう?」と言われたりもする。総じていうと、初対面の人には「日本人」として扱われることが多かった。

日本という国は、国籍の面では「血統主義」をとっている。つまり、両親のどちらかが日本国籍でなければ、その子供は日本国籍を付与されない。アメリカは「出生地主義」であり、アメリカで生まれたら、その人は無条件でアメリカ国籍を付与される。ちなみに韓国は「血統主義」の国である。だから、この論理でいくと、僕の両親はどちらも韓国籍なので、僕には韓国籍しか付与されず、日本国籍は付与されないのである。

だが、こんなややこしい法制度は日本でも韓国でも全然知られていない。「日本で生まれたら日本人でしょう」という感覚の人がほとんどだ。それは仕方ないと思う。自然な感情なのだろう。それで嫌な気は特にしない。でも、あまりの無理解に辟易とする場合もある。それが在日コリアンの置かれた微妙な立場なのである。

「トウガラシ口」ではなく「醤油口」だった

留学期間は、残り2カ月となった。この時期から、僕は自分のなかの「日本人らしさ」をよく感じるようになった。というのも、辛い料理が全くダメになったのだ。

元々、辛い料理は少し苦手で、好んで食べるほどではなかった。日本ではキムチ鍋をよく食べるし、トッポッキや辛ラーメンなども食べていた。でも、韓国に来て、こちらの辛い料理のレベルが高すぎることに気付いた。トウガラシの量が全然違うのだ。

辛い料理となると、本当にものすごく辛い。食べると汗が止まらなくなってしまう。留学の後半からは、辛い料理を積極的に避けるようになった。そうなると、食べられる料理の種類がかなり限られてしまう。ハンバーガーやパン、キンパを食べてしのいだ。これはなかなかつらかった。

日本人の友人とチムジルバンに行った日の帰り、新村(シンチョン)で、「三味堂」という日本風のラーメン屋に行った。チャーシュー丼と醤油ラーメンを食べた。これが、絶品だった。特にチャーシュー丼がおいしかった。醤油ベースの甘いタレがかかっていて、泣きそうになるほどおいしかった。僕の味覚は「醤油口」なのだ。「トウガラシの口」ではない。それがよくわかった。醤油ラーメンもおいしくいただいた。「醤油って素晴らしいな」と思った。

日本と韓国の距離については今後も考え続ける

このように、韓国に長くいると、自分のなかの「日本人らしさ」を感じることになった。これは意外な発見だった。甘いタレのかかったチャーシュー丼があんなにおいしいなんて。韓国料理では甘さを感じることは少ないし、甘さには必ず辛さが調合されている。僕は甘い味付けの料理がすごく好きなんだとわかった。照り焼きとか、焼き鳥とか、甘ダレのかかった鰻とか。これはかなり日本的な味覚だろう。

実は、外国に行って、「日本」が好きになって帰って来るというのはよくあることだ。外国に行ったからこそ、自分のなかにある「日本」を発見するのだ。

たとえば、僕は数学者でエッセイストの藤原正彦が書いた留学記『若き数学者のアメリカ』(新潮文庫、1981年)という本を愛読している。ドタバタの奮闘記が何より面白いし、英語が最初は全くダメな状態から授業までできるようになっていくプロセスには勇気づけられる。でも、ベストセラーになった『国家の品格』(新潮新書、2005年)までいくと、日本を相対化して見れているのかなと少し疑問に思う。

ここで重要なのは、藤原正彦はアメリカに留学した経験があったからこそ、後に『国家の品格』を書いたであろうことだ。アメリカの地で、自身のなかにある「日本」を発見し、それが後の著述活動につながったといえるだろう。

もちろん、「日本」を心から好きになって帰ってきてもそれはそれでいい。だが、僕は一応、大学院では社会学を勉強していて、ナショナリズム論とかエスニシティ(民族性)論についても勉強しているので、日本社会を相対的に見れなくなってしまうのはマズいと思う。かといって否定的になる必要もない。僕は出身地の大阪に心からの愛着を持っていて、「帰りたいな」とよく思う。「好きか嫌いか」と聞かれたら、「好きだ」と答える。日本の良いところはたくさん挙げられる。

それと同時に、「日本は好きか嫌いか」という質問をしてくる人にはちょっと嫌な感じがする。そういう人とは付き合いたくない。微妙なところである。

僕と「日本」や「韓国」との距離については、今後も考えつづけていくだろう。それが日韓のはざまに生きる在日コリアンの性だと思っている。

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