「全ては2年前から始まった」イスラエル関与疑惑の“ポケベル爆弾”の計画性と映画化された過去の前例

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中東のレバノンで、今月17日、数千個ものポケットベル式の通信機器が爆発。イスラムシーア派武装組織「ヒズボラ」のメンバーを含む12人が死亡、2700人以上がケガをする事件が発生した。

「続く18日も首都ベイルート近郊でトランシーバーなどの機器が爆発し、20人が死亡、450人以上が負傷しています。一般通信機器を使った衝撃的な攻撃に、国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、『劇的なエスカレーションにつながる深刻なリスク』と、強い懸念を示しました」(国際部記者)

イスラエルは一連の攻撃の関与に肯定も否定もしていないが、ヒズボラはイスラエルの犯行だとして報復を示唆。ガザ地区のパレスチナ人へ連帯を表明しているヒズボラとの戦線拡大が不安視される中、「この作戦はモサドが関わっているはずだ」と国際ジャーナリストの山田俊弘氏は分析する。「モサド」とはイスラエルの情報機関で、西側ではCIAに次ぐ高度なスパイ集団だとされる。

映画化もされた過去の爆弾攻撃

通信機を爆弾にするという聞き馴染みのない方法だが、山田氏によると「イスラエルは、古くから通信機器を使った攻撃を得意としてきた」という。

「最も有名なのは1972年にミュンヘンオリンピックで起きたイスラエルのアスリート11人殺害事件の報復。モサドはフランスに駐在していたパレスチナ解放機構の代表マフムド・ハムシャリ氏の自宅電話に爆弾を仕込み攻撃しています。この報復劇は、スティーブン・スピルバーグ監督により映画化もされています。また1996年、イスラエル公安庁が行ったハマスの爆弾製造者、ヤヒヤ・アヤシュ氏暗殺でも、同様に携帯電話爆弾が使われました。

これらと比較し、今回の攻撃は対象を特定せず一斉に爆発させたことが特徴的です。ヒズボラの士気を下げつつ、空爆に比べて爆薬も少量なので民間人の巻き添えを最小限にとどめるという目的もあったでしょう」

モサドはIT戦にも長けており、’09〜’10年にかけてイランの核燃料施設のウラン濃縮用遠心分離機を、「スタックスネット」というコンピューターワームを使ったサイバー攻撃だけで、破壊したこともある。技術は日々進化し、’20年のイラン核開発トップだったモフセン・ファクリザデ博士暗殺に使われたのは、AI制御の機関銃型キラーロボットで、それを衛星通信経由で操作していたという。

モサドの高い技術力を前に、ヒズボラの指導者ハッサン・ナスララ師はスマホの盗聴やGPSで居場所がバレるリスクを懸念し、2月ごろから通信にポケベルを使用する方針を打ち出した。それを逆手に取られた格好だ。

しかし、数千個のポケベルに爆薬を仕込むなど、どのようにして可能となったのか。現代の「トロイの木馬」と表現されるこの作戦は、実は2年以上前に始まっていた。山田氏が続ける。

「製造元のハンガリーのBACコンサルティング社の住所はブダペスト市14区となってはいるが、ハンガリー国内に製造の拠点はないと同政府は説明していて、ペーパー会社と見るほかない。米・ニューヨークタイムズ紙によると、BAC社は’22年夏からレバノンへポケベルの輸出を始め、ナスララ師がスマホの使用中止を訴えて以降、今夏にかけて輸出量を増加させたとのこと。

イスラエルは偽装工作のため、用意周到にBAC社に通常の取引もさせていたし、それ以外に少なくとも別に2社のペーパー会社も運用していたようです。高性能爆薬を製造段階で仕込ませただけでなく、ヒズボラがポケベルを発注する段階から、購入先の決定に影響を及ぼせるスパイがヒズボラ内にいた疑いがあります」

鍵を握る米国大統領選

立て続けに通信機器が攻撃に使われた恐怖は大きく、過激派の通信手段が遮断されて追い込まれていくはずだという。

今後の中東情勢はどうなるのか。山田氏はアメリカ大統領選挙の結果が大きく影響すると見ている。

「ハリス候補に決まれば、中東政策はバイデン政権の路線を引き継ぐでしょう。ただ、トランプ前大統領はイスラエルのネタニヤフ首相と距離が近く、再選となれば周辺諸国へ影響を及ぼすことでイスラエルは動きやすくなり、イスラエルと周辺勢力との争いは落ち着く可能性が高い」

イスラエル軍は20日、レバノンの首都ベイルートを空爆し、ヒズボラの軍事部門幹部イブラヒム・アキル司令官を殺害したと発表。先鋭化するイスラエルに呼応するかのようにヒズボラは無制限戦闘を宣言した。戦況は泥沼化の一途を辿っている。