今年1月にリリース後、国内外で大ヒットを記録したパルワールド。2015年に創業したインディーゲーム会社が開発・運営している(画像:ポケットペア)

ついに巨人の堪忍袋の緒が切れたようだ。

任天堂は9月19日、「ポケットモンスター」のライセンス管理などを担うポケモンと共同で、ゲーム開発会社のポケットペアに対し、特許権侵害訴訟を東京地方裁判所に提起したと発表した。提訴は9月18日付。

任天堂側は、ポケットペアが1月に発売したゲーム「パルワールド(Palworld)」が複数の特許権を侵害しているとして、侵害行為の差し止めと損害賠償を求めている。ポケットペアは9月19日、「訴状を受領しておらず、先方の主張や侵害したとする特許権の内容等について確認できていない」とのコメントを公表。パルワールドの運営、提供は続けるという。

ポケモンが出していた“警告文”

「提訴はやはりという感じだ。さすがに目に余ったのだろう」。ゲーム業界関係者からは、任天堂の対応を淡々と受け止める声が上がる。

ポケットペアは、仮想通貨取引所コインチェックの共同創業者でもある溝部拓郎氏が2015年に創業したインディーゲーム開発会社。4本目のタイトルであるパルワールドは、架空の生き物「パル」が登場する世界を舞台としたサバイバルゲームだ。

今年1月、開発段階にあるゲームをユーザーがプレイできるようにする早期アクセスという形でSteamやXboxで配信を開始。するとわずか1カ月で総プレーヤー数が2500万人を突破するなど、海外を中心に大ヒットを記録した。

一方でリリース当初からユーザーの間では、パルのデザインがポケモンシリーズに似ていると指摘されていた。パルに銃を持たせて戦わせたり、パルを売り飛ばしたりすることも可能で、ポケモンの世界観ではありえないような遊び方も話題を呼んだ。

ポケモンは1月末、他社ゲームがポケモンに類似しているといった意見や問い合わせが多数来ているとしたうえで、ゲーム会社の具体名には触れない形で「ポケモンのいかなる利用も許諾しておりません。ポケモンに関する知的財産権の侵害行為に対しては、調査を行った上で、適切な対応を取っていく所存です」との声明を出していた。

ポケモンからの警告とも受け取れるような声明も意に介さず、ポケットペアはパルワールドの人気を追い風に、ビジネス拡大へと突き進んでいく。


パルワールドに登場するキャラクターなどがポケモンに酷似しているとの指摘も(画像:ポケットペア)

7月には、ソニー・ミュージックエンタテインメントと傘下のアニメ会社アニプレックスとともに、パルワールドのライセンス事業を行うジョイントベンチャーを設立。すでにアニプレックスのECサイトなどで、パルワールドの公式グッズの販売を行っている。「ポケットペアがパートナーを探していて話がきた。アニプレックスとしても低年齢層向けのIPを欲していた」(アニプレックス関係者)。

ゲーム業界関係者の間では、パルワールドのリリースから8カ月を経た今になって任天堂が訴訟を起こした背景として、業界で大きな存在感を持つソニーとの協業が刺激となったのではといった臆測も飛び交う。なお、任天堂ポケモンはこのタイミングでの提訴となった理由について、「十分な調査を行っていたため」とだけコメントした。

著作権を争点としなかった理由

デザインの類似性が指摘されてきたパルワールドだが、今回の訴訟では、著作権ではなく特許権の侵害が争点となる。

任天堂側の意図について、知的財産権に詳しい福井健策弁護士は「一般的に著作権侵害が成立するハードルは高く、『雰囲気が似ている』『参考にしている』といった程度では認められない。パルワールドでは著作権侵害が成立しそうなキャラクターもあるが、裁判で認められるかは疑問も残る。特許権侵害の点なら、より勝算が高いと考えたのではないか」と推察する。

実際、任天堂のレースゲーム「マリオカート」を模した公道カート事業を運営するMARIモビリティ開発(旧マリカー)に対して任天堂が2017年に起こした訴訟では、不正競争防止法違反に該当するとして任天堂側が勝訴したものの、著作権侵害は認められなかった。

一方で、任天堂はかねて特許権訴訟に積極的ではないとされてきた。大手ゲーム会社の関係者は「ゲーム業界では関連特許が膨大な数に上り、完全に侵害を避けることは難しい。任天堂は自社のハードにソフトを提供するゲーム会社側が開発上の制約を受けないように、特許権の侵害についてあまり目くじらを立ててこなかった」と話す。

これまでに任天堂が提起した特許権侵害訴訟では、2017年12月にコロプラに対してスマホゲーム「白猫プロジェクト」の配信差し止めや損害賠償を求めた訴訟があるが、提訴に至る前に、水面下での交渉が1年以上も続けられた。

結果的に交渉はまとまらず、裁判ではキャラクターの操作方法やスリープモードからの復帰方法など6件の特許侵害について争われ、2021年8月にコロプラが33億円の和解金を支払う形で決着した。

ソニーとの協業の行方に影響は?

今回の訴訟の対象となる特許権の具体的中身は明らかになっていないが、福井弁護士は「特許の内容次第では、ポケットペア側は軟着陸させる方法を考えるだろう。その場合、特許権侵害を避ける形でゲーム内容を修正する、またゲーム修正も条件に和解を持ちかける、といった可能性が考えられる」と指摘する。訴訟が泥沼化すれば、事業拡大を進めるポケットペアにとって打撃となりかねない。

ここで気になるのは、協業するソニー側のスタンスだ。ポケモンが1月に出していた声明文やユーザーの反応などから、ソニーも協業を決めた時点で、訴訟リスクについてはある程度想定していたと考えられる。

仮にパルワールドの販売差し止めが求められるような事態になれば、ソニーアニプレックスと取り組むライセンス事業への影響は不可避となる。ソニー・ミュージックエンタテインメントの広報は「今後の事業展開について、現時点でお伝えできることはない」としている。

9月19日に出したコメントで、「今回の訴訟により(中略)インディーゲーム開発者が自由な発想を妨げられ萎縮することがないよう、最善を尽くしていく」などと強調したポケットペア。ただ、今後の訴訟の展開次第では、巨大企業vs.小規模ゲーム会社という単純な構図で収まらない可能性もある。

(田中 理瑛 : 東洋経済 記者)
(森田 宗一郎 : 東洋経済 記者)