ドン・キホーテはDQN的な場所から、国民的小売店の立場に昇華した。それは一つのジャパニーズ・ドリームといってもいい(写真:Ryuji/PIXTA)

個人的な話だが、中国人の経営者らが訪日するたびに講演を依頼されるテーマがある。「なぜドン・キホーテは絶好調なのか」。それは私が書籍『ドン・キホーテだけが、なぜ強いのか?』を上梓し大好評だったためだ。読んでくれた中国人読者が、繰り返し私に依頼してくれる。

ドン・キホーテはDQNの場所から誰もが集まる場所へ

これまで何度もこのテーマで話し、さらに中国人の経営者をドン・キホーテの実店舗にお連れし、希望者にはアダルトグッズの紹介すらした(私が「ためしに買ってみたら」という推薦を言い訳に買ってみるらしい)。

中国人の経営者からしたら、日本の小売業は世界で一番ややこしい日本人消費者に商品を販売していると映る。だから先端の施策を重ねている店舗にほかならない。ドン・キホーテがどのような工夫をしているのかを知るのは、世界の先端の施策を知るのと同義なわけだ。

そこで私はこのような話からはじめる。「日本人にとって、ドン・キホーテはかつて『行った、という事実も語れないくらいの怪しげな店舗だったんですよ』と。ドン・キホーテの前身は「泥棒市場」という怪しげな店舗だった。接待業の女性と同伴する男性を対象とし、酔っているから余計な商品も買ってくれるはずという笑える方針だった。そして圧縮陳列な馬鹿げたPOPの洪水で人びとを消費に向かわせた。

私の中国人経営者向けの講演に戻る。ドン・キホーテとはどのような位置づけだったか。「もっといえば、学校のクラスでヤバい生徒が買い物をする店舗だったんですよ」と。もっといえば、DQNと称される消費者向けの店舗だった。

中国人の経営者にとってはドン・キホーテがかつての日本でDQNが集まる巣窟という話からはじめると、その事実は意外のようだ。私が中学生のころ、ユニクロで服を購入した同級生が「ダサい」と認定を受けた。同様の経験をした読者と相似形だ。

しかし、ドンキもユニクロも、たった30年で消費するに当然の場所になった。ブランドイメージは短期間で変わる。ドン・キホーテも「DQNが集まるヤバい場所」から「誰もが集まる場所」へ転換した。現在では、ドン・キホーテで買い物をしただけでDQNと認定する同級生はいない。またユニクロを着ているだけでヤバいと認定されるなら、今は昔で、現在ではセレブの日本人すらもユニクロを着用している。

話をドン・キホーテに戻すと、そのDQN的な場所から、国民的小売店の立場に昇華した。それは一つのジャパニーズ・ドリームといってもいい。

ドン・キホーテの躍進

ドン・キホーテを運営するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングスは決算を報告した。驚愕する内容だった。なんと売上高は約2兆1000億円だった。

この数字の凄さがわかるだろうか。私が同社の異常さ(説明するのも野暮だが、もちろんほめている)に注目して取材や記事を書いたりテレビ番組で取り上げたりしてもらったりしたときは、10年前に売上高が1兆円になったのだが「こんな異端な小売業が1兆円を超え続けるはずはない」といわれた。

そこから幾星霜。というかたった10年しか経っていない。

その10年で1兆円どころか2倍の2兆円に達した。つい先日に発表された決算資料を見てみよう。以下は2024年6月期の決算による。

・売上高:2兆950億円(前年比8.2%増)

・営業利益:1402億円(前年比33.2%増)

という好業績だった。35期の連続で増収増益となった。異端だったはずのドン・キホーテだが、上場企業のなかで最高の業績だ。これほどの記録は日本の上場企業のなかでも、ニトリなど一部の企業しか例がない。

そして、この売上高を実現した理由としてインバウンドに注目したい。というのも、同社はずっと海外での地道な宣伝を実施し、外国の居住者に、日本の訪問時にドン・キホーテに来店するよう多額のマーケティング費用をかけてきたのは有名だ。そして実際に多くのインバウンド客がドン・キホーテに来店している。読者もドン・キホーテに来店すると大量のインバウンド客と出会う経験をしているはずだ。

2024年6月期の決算短信によれば「免税売上は大きく伸長しております」と控えめな表現にとどまっているものの、決算概況によると、インバウンドの免税売上高は1173億円にも至っているようだ。

これは売上高の約2兆円と比べると支配的な比率ではない。しかし5%以上を占めており、きわめて大きな金額といえる。

その比率を獲得した勝因として同社は「競合に対する価格力」「品揃え」「深夜営業」「変化対応力」をあげている。私は「変化対応力」で追記したいのはレジの強さだ。同社は免税の対応速度を上げ1分短縮するなどの試みをしている。これは無視できない。かなり多くの外国人消費者をこなしているのだ。

なおドン・キホーテの強さを補足しておく。日本全体の訪日外国人数の増加比率よりも、ドン・キホーテの免税売上高増加比率のほうが大きい。これは称賛に値するはずだ。また、円高になっても円換算した売上高が高い。その実績は高く評価されていい。

ドン・キホーテの強さ

ところで、私は幾度とテレビなどの企画でPPIHやドン・キホーテの社員を取材している。同社から怒られるかもしれないが、同社の社員の発言は面白くない。

これは信じられないかもしれないがほめ言葉だ。

というのも、他社であれば「こういう秘策があって売り上げを伸ばしました」という話が出てくる。いかにも広報好みのフレーズが出てくる。しかし、PPIH、ドン・キホーテの方からは、こういった飛び道具の話が出てこない。「普通のことを普通にしただけです」といった当たり前の話しか聞こえてこない。ドン・キホーテのイメージは、むしろ過激で危うい感じがある。ただ、実際には常識的で、そして“つまらない”のだ。

この“面白くない”とか“つまらない”といった言葉は、繰り返すとほめ言葉であり、非常に常識的な店舗運営を感じさせる。消費者が買いたい商品を聞き、そして販売する、という当然の態度だ。

たとえばそれを反映しているのは「マジボイス」などだろう。同社はmajicaという買い物アプリを通じて、不満を聞き取ったり、商品についての本音を聞いたりしている。同社の社員によると、商品についての意見は愚直なほど受け入れ、次の商品開発に活かす。商品を作るメーカーよりも消費者の声を拾い上げ、それを商品開発に使い、さらに他の小売店を引き離す。そして決算の関連資料でも、こういった当然のことを当然のように愚直に繰り返すといった話が繰り返されている。

それはインバウンド客にたいしても同様だ。他店より早くガチャを店舗に取り入れた(帰国の直前に余った小銭を使ってもらうためだ)り、さらに日本の著名なお土産を一堂に揃え、「日本にやってきたら寄りたい店」としての地位を確立したり……。といった施策も外国人旅行者の立場に立ってみたときに当然の施策だったのかもしれない。

「日本土産」に考慮したパッケージ


タイトルでは半分ツッコミ待ちで「訪日客が必ず足を運ぶ」と書いたが、しかし、実態としてはツッコミ待ちにならないほどドン・キホーテは外国人旅行者から支持されているし、彼らと向き合っているのだ。

ちなみに、ドン・キホーテでは商品パッケージにできるだけ外国語を使わないという。それは、外国人旅行者への訴求性をあげるためらしい。というのも、たしかに日本語のパッケージのほうが外国人旅行者にとっては日本土産としてはふさわしい。これも外国人旅行者と中途半端に対話していたら外国語の記載をしていただろうが、旅行者の立場からすれば、むしろ日本っぽさを残したほうがいいとわかったわけだ。

外国人旅行者にとっては、ドン・キホーテで使う時間は、「時間消費」という言葉がふさわしい。店舗によって異なる品揃えや陳列。そして店舗内をうろうろすること自体が愉悦だ。

おそらく外国人観光客もそのうろうろできることが魅力に映っているにちがいない。京都で歴史的な建造物を見るだけではなく、外国人旅行者からすればドン・キホーテの店内も観光体験になっているのだ。ドン・キホーテのライバルは他のディスカウントショップではなく、きっと伝統的観光地とアミューズメントパークなのだろう。

日本は“安い国”と言われるが、なかなか使い道がないのも事実だ。ドン・キホーテのように、ふらっと入って、なんとなく商品が欲しくなる“トレジャーハンティング”型の店舗が外国人観光客の消費を喚起する。

その意味でも、ドン・キホーテは日本のこれからの小売業のみならず多くの企業の方向性を指し示しているように思えてならない。

(坂口 孝則 : 未来調達研究所)