映画『ソウルの春』は8月23日(金) より新宿バルト9ほかにて全国公開© 2023 PLUS M ENTERTAINMENT & HIVE MEDIA CORP, ALL RIGHTS RESERVED.(東洋経済オンライン読者向けプレミアム試写会への応募はこちら

1979年12月12日。権力の亡者である保安司令官・チョン・ドゥグァンが、陸軍内の秘密組織“ハナ会”の将校たちを率いて、クーデターを決行した。それは韓国国民が望んだ民主化への希望を打ち砕いた――。

韓国で「粛軍クーデター」「12.12 軍事反乱」と呼ばれる実在の事件をもとに、一部フィクションを交えてエネルギッシュに描きだした映画『ソウルの春』が8月23日より全国公開となる。

2023年11月に韓国で本作が公開されると、事件をリアルタイムで知る世代はもちろんのこと、事件を知らない若者世代にも訴求。世代を超えた熱量に支えられ、最終的には1300万人の観客を動員する大ヒットを記録。韓国では4人にひとりが鑑賞し、2023年の韓国映画における年間興行収入で1位を記録した。

民主化運動が高まる中、独裁者が台頭


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物語は新たな独裁者として君臨しようと画策する“権力の亡者”チョン・ドゥグァン(ファン・ジョンミン)と、彼の暴走を食い止めるべく命をかけて立ち向かう“信念の男”首都警備司令官イ・テシン(チョン・ウソン)というふたりの男の対立を軸に、軍事クーデターが繰り広げられた9時間の攻防を、独自の視点を交えて描き出している。

映画のタイトルにもなっている「ソウルの春」とは、1979年10月、独裁者として名高いパク・チョンヒ(朴正煕)大統領が暗殺され、民主化運動の機運が高まった時期を指す。これは1968年にチェコスロヴァキアで起きた民主化運動「プラハの春」にちなみ、命名されたものとなるが、そんな民衆の思いとは裏腹に、チョン・ドゥグァンという新たな独裁者が台頭。韓国の歴史は混迷を極めることとなる。

本作のメガホンをとったのは、世界的に高い評価を受けた『MUSA -武士-』『アシュラ』の名匠キム・ソンス。

当時、(数え年で)19歳の高校生だったキム監督は、12月の寒空に響き渡った軍事クーデターの銃声を鮮明に記憶しているという。夜中に装甲車を目撃したキム監督は好奇心にかられ、もっと近くで見ようと陸橋に向かったところ、そこで銃声を耳にしたというのだ。陸橋では兵士たちがもみくちゃになっていた。

だがそこで何が起こっていたのか、それを知るのは後のことだったというが、その後の人生において、その時の光景が幾度となくフラッシュバックし、脳裏に焼き付いていた。それから時は過ぎ、2019年秋。本作のシナリオを手にしたキム監督は「体中の血が逆流するような戦慄を覚えた」と明かす。

このクーデターについての回顧録や評伝、記事などは多数残存しているが、実際に反乱軍の内部がどのような様子だったのか、そして鎮圧軍の具体的な動きなどについても、正確なところはわかっていない。そんな韓国の現代史の運命を変えたあの日を、果たして自分が描くことができるのだろうか、という思いにかられたという。

鎮圧軍と反乱軍の正義がぶつかり合う

一度はオファーを断ったというキム監督だが、「当時を知らない世代の観客をも、事件が起きたあの日、あの場所へと誘う」ことができるのならば、この事件を描けるのではないかと思い立つ。

そのため、事件の大枠は、歴史的事実に沿って構成するが、登場人物については架空の人物として構成し(ただし主人公のモデルがチョン・ドゥファン保安司令官、チャン・テワン首都警備司令官、といった具合に、それぞれのキャラクターのモデルとなった実在の人物は特定しやすいようになっている)、その性格や細部については創作を加える方針を定めた。それによって「反乱軍」側と、「鎮圧軍」側のキャラクターが掲げるそれぞれの正義が明確に浮かび上がり、それをぶつけあう対立構造が鮮明になった。


事件当⽇、ソウルに前線部隊を招集した反乱軍に対して、最後まで⽴ち向かった⾸都警備司令官のイ・テシン © 2023 PLUS M ENTERTAINMENT & HIVE MEDIA CORP, ALL RIGHTS RESERVED.

だがこの世界に存在するのは主人公たちのような信念を持つ者ばかりではない。たとえば「鎮圧軍」の中にも足を引っ張るように保身に走る高官たちが多数存在する。

気位ばかり高く、いざという時に決断する覚悟もなく、及び腰な彼らに翻弄され、状況がどんどんと悪化していく――。そうした“上司に恵まれない”組織の悲哀、失敗の本質のようなものも本作ではしっかりと描かれている。

時代の空気感を再現するために、現時点で現存する資料はすべて集めるなど、徹底的な時代考証を行った。さらにスタッフには、撮影のイ・モケ、照明のイ・ソンファン、美術のチャン・グニョン、編集のキム・サンボンら韓国映画界屈指の実力派が参加。

リアリズムを徹底的に追求した映像で、1979年当時の空気感を現代に甦らせた。そうしたいくつも要素が絶妙に組み合わさった映像、物語は非常に没入感が高いものとなり、仮に韓国の歴史に詳しくはなかったとしても、物語に入り込みやすくなった。

またキャストも、ダブル主演を務めるファン・ジョンミン、チョン・ウソンをはじめ、パク・ヘジュン、キム・ソンギュンなど、韓国映画界を代表する主役級のスターがそろい踏みとなった。

韓国を代表するトップ俳優のファン・ジョンミン

陸軍の秘密組織“ハナ会”を率いて、軍事クーデターを起こすチョン・ドゥグァンを演じるのは、『新しき世界』『国際市場で逢いましょう』『ベテラン』のファン・ジョンミン。『パラサイト 半地下の家族』『ベイビー・ブローカー』のソン・ガンホ、『お嬢さん』『神と共に』のハ・ジョンウらと並び、「1億俳優」(主演映画の累計観客動員数が1億人を突破した俳優)と呼ばれている名実ともに韓国を代表するトップスターである。


特殊メイクを駆使して別人へと変ぼうを遂げたファン・ジョンミン。狂気と熱気をはらんだ芝居は高い評価を受けている © 2023 PLUS M ENTERTAINMENT & HIVE MEDIA CORP, ALL RIGHTS RESERVED.

「オファーを受けた当初は不安と重圧が募りましたが、一方で俳優の演技欲求を刺激する興味深い役柄であることは事実」と語る彼は、「失敗すれば反逆、成功すれば革命だ」という大義名分のもと、目的達成のためには手段を選ばないチョン・ドゥグァンの狂気的で破壊的な姿を、爆発的な演技で演じきった。

また特殊メイクを3〜4時間かけて施した薄毛姿で登場。その変ぼうぶりは、韓国でも驚きの声があがったほどだ。

そして国と国民を守り、正義を貫くために最後まで反乱軍に立ち向かう、首都警備司令官イ・テシンを演じるのはチョン・ウソン。『MUSA -武士-』や『グッド・バッド・ウィアード』などのアクション大作から、『私の頭の中の消しゴム』といったラブストーリー、そして悪人の世界に堕ちていく悪徳刑事を演じた『アシュラ』まで、その役柄の幅は非常に広く、韓国映画界に確固たる地位を確立している。

最後まで緊張感が途切れない

チョン・ドゥグァンとは真逆のベクトルを持つイ・テシンを演じるにあたり、「何よりも観客の皆さんがこの映画に没頭していただくためには、イ・テシンの信念が伝わるように演じることが重要でした。俳優として持てる技術のすべてを注ぎ込み、観客の皆さんの共感を誘えるよう演じることに徹しました」という。

「反乱する側」と「鎮圧する側」の一触即発の攻防は、最後まで緊張感が途切れることなく続く。それはまさに観客が、国の運命が変わる瞬間に立ち会っているかのような臨場感がある。

(壬生 智裕 : 映画ライター)