【木村 政美】28歳主任が絶句…「反抗的な新入社員」の初任給が自分より高いことが発覚「会社辞めちゃおうかな」

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少子化による人手不足の影響で、初任給を引き上げる企業が相次いでいる。その一方で、「既存社員の給与は現状のまま」という企業も少なくなく、社員のモチベーション低下や離職が問題になっているという。本記事では、新入社員の指導係を任された男性の事例をもとに、社会保険労務士の木村政美氏が解説する。

「この仕事、なぜ自分がするんですか?」

A中さん(28歳、仮名=以下同)は、地方の大学卒業後、地元の工業団地内でチルド食品を製造する甲社(1994年設立・従業員数は正社員とパート社員合わせて200名)に入社、現在まで製造管理課(メンバー数10名)で製品生産数の調整や新製品の開発などを担当している。

4月から主任になったA中さんは、上司であるB田課長から「3年ぶりに、新入社員がこの部署に入ってくるから、指導係として面倒をみてやってくれ」と頼まれた。

入社後3日間の座学研修を終えて配属されたC山さん(22歳)は、細身で背が高く、覇気がなさそうな感じだった。挨拶を終えたA中さんは彼をリラックスさせようと「どこに住んでいるの?」などと聞いてみたり、趣味やYouTubeの話を振ったりしたが何も答えない。

「まったく無口なヤツだな。じゃあ仕事の話でもするか」

A中さんはC山さんを自分の席の隣に座らせると、製造管理課全体の業務内容とメンバー各自の担当業務について説明した後、「C山君には仕事を覚えてもらうために、当分の間私の補助をお願いします」と言った。

C山さんが小声で「はい」と答えたので、話を続けた。

「それで、補助としてやってもらいたいことが3つあります。今から言うのでメモを取って下さい」

するとC山さんはいきなり「マニュアルを下さい」と言った。

「今お願いする仕事は、あくまでも仕事に慣れるまでの一時的なものだし、細かいやり方はその都度教えるからマニュアルなんてないよ」

「じゃあ作って下さい。マニュアルがないと仕事覚えられません」

A中さんは内心カチンときたが、C山さんのために残業して業務マニュアルを作り、次の日に渡した。

翌週の火曜日。A中さんはC山さんを自席のパソコンの前に座らせ、チルド餃子の商品在庫データを見せながら、マニュアル通りの方法で数量のチェックをするようにと頼んだ。

C山さんは不機嫌そうに「この仕事、なぜ自分がするんですか?」と尋ねた。

「チルド餃子の在庫管理はこれまで私がやってきたけど、来月からC山君の担当になるから今からやり方を覚えておかないとね」

「じゃあ主任は何をするんですか?」

「新製品の開発がメインになるかな。もちろん、C山君の指導は続けるから心配いらないよ」

「自分は面接で甲社長に『新製品を企画する仕事がしたい』と希望を出し、それが通ったからこの部署に来たんだと思います。在庫管理のデータを作るなんて意味ないです。新商品を開発する方法を教えてください」

「待て待て。その前に自分の会社で扱っている商品の種類と売れ筋を把握することが大切だよ。だからデータの作成と管理も重要な仕事じゃないの?」

A中さんに諭されたC山さんは、しぶしぶキーボードを叩いた。

新入社員の初任給が自分よりも高い?

翌日、商品開発の仕事をさせてもらえないのはA中さんのせいだと思ったC山さんは、B田課長に「商品開発の仕事がしたい」と直訴したが時期尚早だと言われ相手にされなかった。

「B田課長とA中主任はグルになって自分のキャリアアップの邪魔をしている」と思いこんだC山さん。失望と怒りは日増しに強くなり、仕事の進め方を巡ってA中さんに反発するようになった。

4月中旬の昼休み。休憩室でコンビニ弁当を食べていたA中さんに同僚のD谷さん(28歳、総務課主任)が声をかけてきた。

「ここで会うの2週間ぶりだね。どう、新入社員の指導はうまくいってる?」

A中さんはため息をつきながら、「C山? 全然ダメダメ」と言い、これまでの経緯を話した。するとD谷さんはヒソヒソ声で、

「ところでさ、今年の新入社員を取るのに社長が給料をメチャメチャ上げたの知ってる? C山君の初任給、なんと30万円なんだよ」

「30万円だと! こっちは苦労して仕事を教えているのに給料は26万円。教わっているC山君の方が高いなんておかしい。だいいちウチの会社は勤務年数が長いほど給料が高いはず……」

甲社は創立後、毎年3名程度の新卒者を採用しているが、5年前から応募者数が減少し昨年はついに1名も取れなかった。

会社の業績は好調なだけに、将来を担う若手人材不足に危機感を持った甲社長は、思い切って大卒新入社員の初任給を22万円から30万円に引き上げ、その甲斐あって応募者が殺到、最終的に5名の新卒者を採用できた。

D谷さんはさらに続けた。

「今年の新入社員、C山君の他は生産ライン課と営業課にそれぞれ2名ずつ配属したけど、指導係は全員かなり苦労しているらしい。言うことを聞いてくれないって」

「俺も同じだよ」

甲社では毎年新入社員ごとに指導係を選任し、入社5、6年目の主任が担当することになっている。

「新入社員の給料が自分たちの給料よりも高いことを知ってかなり頭にきたみたい。昨日、指導係の4人が社長室に来て退職届を出していった。たぶん給料のことは他の若手社員にも伝わっているはずだから、これからいろいろともめるだろうね。社長、『どうしよう』って頭抱えてたよ」

「でも、退職した後どうするんだろう?」

「この辺の会社はどこも人手不足だし、工場とかで給料が高いとこもあるからそっちに転職するんじゃないの?」

「その話を聞いたら、ますますC山君の指導がバカバカしくなった。仕事のことわかってないくせに反抗ばかりするからストレスがたまる一方だし、B田課長から注意してもらっても改善されないし。いっそ自分も会社辞めちゃおうかな……」

*     *     *

初任給を引き上げる傾向は、大企業だけでなく中小企業にも広がっている。中小企業の場合は、同業他社が提示している初任給を参考にして自社の経営方針や経営状態等を勘案して決定することが多い。甲社のように新卒者の獲得を優先する場合、平均値以上の初任給を提示することもある。

初任給を賃上げし、既存社員の給与額と逆転した場合、対策を講じなければ仕事へのモチベーションの低下を招き、最悪の場合転職もありうる。そこで留意することは「初任給を引き上げる場合、給与制度を見直し、既存社員の給与も引き上げること」である。

甲社の場合はどのように調整すればいいか。具体的な進め方や、気になるA中さんのその後は、〈初任給を引き上げた結果、既存社員が次々と退職…「給与の逆転」を防ぐために会社がやるべきこと〉で詳述する。

初任給を引き上げた結果、既存社員が次々と退職…「給与の逆転」を防ぐために会社がやるべきこと