一般のビジネスパーソンは、DXをどこまで知っておけばOKなのか(写真:metamorworks/PIXTA)

生成AI、DX、XTECH、マネジメントへの活かし方……テクノロジーとビジネスはもはや切っても切れない関係にある。日本最大のビジネススクール、グロービスがいま最も力を入れているテクノロジーの「勘どころ」と「使いどころ」を1冊にまとめた『ビジネススクールで教えている武器としてのAI×TECHスキル』を共著として上梓した嶋田毅氏が、テクノロジー、AIなどについて一般のビジネスパーソンは「何をどこまで知っておけばOKか」のラインを明確に解説する。

ここ数年間、DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉を非常によく聞くようになりました。積極的にDXを推進しているとうたう企業も増えてきています。一方で、そもそもDXの内容をあまり理解していない、あるいはDXは社内の一部の人々が関わる事柄であり、自分には関係がないと思っている人も少なくありません。これでは時代に取り残されてしまいますし、組織の中でバリューを出すことも難しくなります。

今回は、DXとは何かを改めて説明するとともに、当事者としてどのようにDXに関与すべきかを解説します。

DXの本質とは


DXに関してはさまざまな人々や団体が独自の定義をしています。

どれにも一理あるのですが、ここでは経済産業省が2018年に提唱した「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」をベースに考えましょう。

この定義における重要なポイントは、「製品やサービス、ビジネスモデルを変革」「業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革」という、2度登場する変革という言葉です。つまり単なる業務プロセスの効率化、コスト削減などにとどまらず、ビジネスモデルそのものを刷新したり(あるいは新規事業として新しいビジネスモデルを生み出したり)、人々の意識・行動変容が実現されて初めてDXに成功したといえるわけです。

ただ、この観点に立つと、DXに劇的に成功した日本企業はまだ多くはありません。多くは上述のコスト削減や業務プロセスの効率化にとどまっているのが現実です。ビジネスモデル変革の急所ともいえる顧客提供価値(CVP)や利益方程式(儲け方、儲ける仕組み)の刷新を実現できた企業はまだ少ないのです。

欧米、特にアメリカの大手企業やスタートアップが積極的にDXに取り組み、ビジネスモデルを変容させているのとは対照的です。たとえばかつてはネットで注文を受けDVDを郵送でレンタルするというビジネスモデルを展開していたネットフリックスは、DXによってサブスク型動画配信サービスの雄へと大変身を遂げました。

日本企業が競争力を増すうえでも、改めてDXの重要性を理解し、それに取り組み成果を上げることは必須といえるでしょう。

理解しておきたいレイヤー構造の意味

さて、デジタル技術を活用したビジネスモデル構築にあたって、理解しておきたいキーワードにレイヤー構造があります。これについて簡単に解説しましょう。

レイヤー構造とは、システムやアプリケーションの構築・運用をしやすくするために、機能や役割ごとに階層化された構造を指します。水平分業と言い換えてもいいでしょう。

パソコンであれば、ハードに加え、OSやアプリケーションといったレイヤーが存在します。また、インターネットに接続するのも当然ですから、通信のレイヤーも必要になります。ユーザーは、自分の目的を踏まえたうえで、ハード、OS、アプリケーション、通信を自由に組み合わせて、パソコンライフをエンジョイするのです。

DXの根底には、さまざまなレイヤーを積み重ねることで、多彩できめ細かなソリューションが生まれるという発想があります。日本では1980年代頃まで、パソコンメーカーがOSに加え、一部のアプリケーションも作っていましたが、それではユーザーにとっての自由度が下がります。特にITが関連する領域については、レイヤーごとに分業体制を敷くことが、ユーザーにとっては嬉しいシーンが多いのです。

レイヤー構造の変化:自動車業界の例

そしてそのレイヤーのどこを自社が担うかによって、収益の上げやすさなどが変わってきます。

自動車に例をとると、いままでの自動車の主要な提供価値は、走行という部分にありました。それをさらにブレークダウンすると、車両(部品+アセンブル)に加え、制御用の半導体やソフト、さらにはカメラやカーナビといった、走行をより快適にするレイヤーがあります。これまでは利益が蓄積されてきたのは、車両のアセンブルというレイヤーであり、自動車メーカーがその中心となってきました。過去最高益を上げたトヨタ自動車がその代表例です。

ただ、今後は自動運転やEVの技術が進むことが予想されています。そうなると走行そのものの価値が下がり、自動車の中でのエンターテインメント(例:フロントガラスをスクリーンにして映画を見る)などがより重要度を増す可能性があります。自動車は端末の1つになり、さまざまなサービスのアプリケーションや、それを提供するOS(課金レイヤーも含む)に利益が蓄積されていくというシナリオも十分に考えうるのです。

一般に、時代が進むにつれて、モノそのものの価値は相対的に下がっていきます。「コト」、特にユーザーが対価を払ってもいいと感じる付加価値の高い「コト」のレイヤーをどう取り込むかは、製造業のみならず、あらゆる企業の課題なのです。

それを自社でやるのか、あるいはアライアンスでWin-Winの関係を作ることで実現するのか、またあるいは自社はプラットフォーム化することを目指し、アップルのiPhone+iOS+App Storeのような存在としてビジネスエコシステム(生態系)の中心となることを目指すのか。大量に生成されるビッグデータや、デジタルテクノロジーでできることを理解し、大局的な視点でビジネスモデルを構想できる能力が、企業やビジネスパーソンに求められるようになっているのです。

DXに貢献するために

「そうはいっても新しいビジネスモデルを考えるなんて」と思われた方も多いかもしれません。たしかに新しいビジネスモデルの構想は、経営陣や事業部長クラス、あるいは企画部の仕事という側面はあります。経営学の知識も必要です。また、多くのDXは最初はトップダウンで行われるものです。最初からそこに関与できないという人も多いでしょう。

ただ、どのようなDXであれ、どこかのタイミングでボトムからの提言が重要になるフェーズは必ず来るものです。トップが企業を取り巻く環境のすべてを把握するのは不可能ですし、顧客の声はむしろ現場の社員のほうがより生々しく感じることも多いからです。

そうしたときに、いきなり新しいビジネスモデルを提言とまではいわないまでも、「こんなことができたら顧客は喜ぶと思います」「このツールでこんな価値を提供できたので、標準化して横展開できたら効果的と考えています」「この企業と組むと面白いことができると感じます」といったことをぜひ提言してみましょう。顧客に直接触れない部署の人であっても同様です。創造力を豊かにして、新しい提供価値や、その提供方法を考えてみましょう。

受動的に定式化された方法で業務をこなすのではなく、自ら工夫しながらDXをより進化させる当事者意識を持つことが、周りから一目置かれるきっかけになるのです。そのためにも、やはり同時にITリテラシーを高めましょう。新しい技術が話題になったら、なるべく早い段階で調べたり、試してみる姿勢が大切です。試すタイミングが組織の中の半分以降というのではDXに貢献するのは難しいでしょう。常日頃からアンテナを高くして、遅くとも最初の20%くらいに入る努力をしたいものです。

プロジェクトのメンバーに挑戦してみる

プロジェクトチームとしてDXが動くのであれば、自ら積極的にDXチームに参画してみることを考えてみるのもいいでしょう。フルタイムでの参加は難しくとも、パートタイムでの参加が可能であれば、上司の了承の下、参加してみるのもDX時代にサバイブするための有効な方法です。そうすると、IT人材や事業企画担当者の発想を知ることもできますし、自分の仕事を全く別の視点で見るきっかけとすることもできます。社内外に人的ネットワークができることも大きな財産となります。1人で最新のデジタル技術を学ぶのは難しいものです。気軽に相談できる仲間が増えることには大きな価値があります。

結局、DXに取り残されないうえで必要なのは、経営学やITリテラシーの習得、そして継続的な努力と前向きな姿勢です。変化を恐れず、新しいことを学び続ける意識が必須です。まずは自分自身の意識も「自分もDXの当事者である」「自分がやらないで誰がやる」と変革させ続けましょう。

(嶋田 毅 : グロービス経営大学院教授、グロービス出版局長)