2024年中国安徽省のジョブフェア(写真:CFoto/アフロ)

中国の第14期全国人民代表大会(全人代、国会に相当)の第2回会議が3月11日に閉幕した。

全人代は同時期に開催される国政助言機関の全国政治協商会議(政協)と合わせて「両会」と呼ばれ、両会メンバーには多くの経営者や専門家が名を連ねる。

全国の著名経営者が北京に集まる両会は、メディアにとって経済や企業の今の課題に対する見解を直接取材できる貴重な機会でもあり、国民も注視する。今年は厳しい雇用情勢を背景に、「就職」「転職」に関する発言が注目を浴びた。

清掃員求人「35歳以下」に絶望…

「求人の応募条件を『35歳以下』に限定することは雇用側の認知エラーだ」「まず公務員試験から35歳の年齢制限を撤廃せよ」

職探しでの「35歳の壁」を「差別」と断じ大喝采を浴びたのは、四川省で法律事務所を経営する李正国氏(政協委員)だ。

日本も今のような人手不足になる前は「35歳転職上限説」があったが、中国も同様で「求人情報を見ると、『35歳以下』はテンプレートのように記載されている」(上海在住の大学院生)。性別はもちろん、「容姿端麗」「身長〇センチ以上」などルックスへの言及も珍しくない。

昨年10月には広東省の企業が清掃員募集で「35歳以下、身長158センチ以上、女性」と条件を付け、SNSで「35歳以上はホームレスになるしかない」と悲鳴が上がった。

李正国氏は企業が求人で年齢制限を設けることについて「IT企業などは長時間労働が常態化しており、若いほうが耐えられるし賃金も安く済むと考えがちだが大きな間違いだ。中国は人口ボーナスの恩恵を受け、労働者が有り余っていたので雇用側が強いが、今後は労働人口が減るのでこれでは立ち行かなくなる」と警鐘を鳴らした。

そのうえで、まず社会への影響が大きい公務員採用から35歳の年齢制限を撤廃し、求人で差別的な条件を設けることを取り締まる制度を導入すべきだと主張した。

「35歳の壁」については、学術界からも是正を求める訴えがあった。復旦大学数学科学学院の郭坤宇教授(政協委員)は研究者の国家プロジェクトの申請条件に35歳の年齢制限が設けられていることが多いと指摘。研究者の焦りにつながり、腰を据えて取り組むべき基礎研究の妨げになっているほか、女性研究者が結婚や出産を遅らせ「少子化」も招いていると見直しを求めた。

学歴至上主義の価値観修正を

中国人民大学教授で中国社会保障学会会長の鄭功成氏(全人代代表)は、年齢制限に加え、学歴至上主義の価値観の修正を訴えた。

中国は日本と比較にならない学歴社会で、若者の就職難を背景に大学院進学率が上昇の一途をたどる。鄭功成氏によると、若者が社会に出る年齢が上がるとともに、雇用側の「年齢の壁」によって就職がさらに難しくなり、袋小路に陥っているという。

鄭功成氏は「社会全体が低学歴者を見下し、人材採用において能力や人格より学歴を重視する風潮は、絶対に改めるべき」との考えを示した。

中国エアコン最大手の珠海格力電器トップで、中国を代表するたたき上げの女性経営者として知られる董明珠会長(全人代代表)はテレビ番組に出演し、2021年から流行語になっている「躺平(寝そべり族)」に持論を述べた。

寝そべり族は、格差の拡大を背景に「今の社会では頑張っても何も変わらない」と悲観し、努力をやめてしまう若者を指し、中国政府は「経済成長を阻害する」存在として苦々しい眼で見ている。

董明珠会長は「若者が寝そべり族になるのは、今のポジションではふさわしい扱いや評価を得られないと失望した結果だ。彼らの潜在能力や才能をどう生かすか企業が考え、力が発揮できるポジションを見つけなければならない」と語った。

董明珠会長は昨年3月、転職する従業員について「会社はたくさんの費用、時間、労力を割いて従業員を育てている。従業員の転職先から教育費を取る法律をつくるべきだ」と発言し波紋を呼んだが、その意図についても語った。

通常の転職者ではなく、10年以上雇用し一から育てた従業員を念頭に置いているとしたうえで、「転職にあたって従業員が示した成果やスキルは、企業がつくったプラットフォームや投資を受けて培われたもので、従業員が個人で生み出せたものではない」と持論を展開した。


11日に閉幕した中国全国人民代表大会 第14期第2回会議(写真:AP/アフロ)

両会期間の経営者や専門家の発言は多岐にわたるが、国民が抱えている不満や課題に刺さるものはSNSで瞬時に拡散されるため、時代感が鮮明に映し出される。過去に注目された発言も紹介したい。

日本の炊飯器議論が起きた2016年

2016年の全人代では複数の著名経営者が日本の炊飯器に言及した。

スマートフォンメーカー大手シャオミ(小米科技)の創業者である雷軍CEOは、多くの中国人が日本で「爆買い」している炊飯器を詳細に分析したと明かし、「これまで炊飯器は大した技術もないと思っていたが、日本の炊飯器は米粒が踊るように炊きあがる」と紹介した。

格力電器の董明珠会長も「中国には多くのメーカーがあるのに炊飯器ひとつ、まともに作れない。だから中国の消費者が海外に炊飯器を買いに行く」と嘆いた。

「炊飯器全人代」には、さまざまな時代背景が詰め込まれている。

2010年にシャオミを創業した雷軍氏は、iPhoneそっくりのスマートフォンを発売して時代の寵児となり、2013年に全人代代表に選出された。この頃からIT業界の企業家が両会メンバーに名を連ねるようになった。

2015年には中国人が日本で大量の買い物をする「爆買い」が注目された。

炊飯器は温水洗浄便座と並ぶ人気商品で、中国の企業家たちは中国人の消費力向上と、中国の技術力の低さの両方を強く意識していたことがうかがえる。ちなみにシャオミは後に元三洋電機のエンジニアを招聘し、IoT技術を駆使したスマート炊飯器を発売している。

中国の出生数が2022年に1000万人を割り、人口減が始まったことから、2022年と2023年は「少子化」を巡る発言が多かった。ただ、2022年はシニア世代による「上から目線」の提言が目立ち、若者の反発を受けた。

学生結婚奨励を提案して炎上

経営者の周燕芳氏(全人代代表)は女性の高学歴化が晩婚、少子化の一因だと分析し、社会に出る前に出産をしてもらおうと「大学院生の結婚と出産を奨励する」提案を行ったが、SNSで「女に死ねというのか」「学生結婚・出産となったら、生活費はどうするの」と大炎上した。

一方、2023年は当事者の気持ちに寄り添う提言が増え、SNSでも共感が広がることが多かった。

女性作家で以前から夫婦関係や育児に関する政策提言を続けてきた蒋勝男氏(政協委員)はIT、金融、製造業で常態化する長時間労働が労働者の心身や家庭生活に悪影響を及ぼし、結婚と出産の余裕をなくすと主張し、残業の法規制を求めた。

人口学分野の研究者である呉瑞君氏(政協委員)は、出産しない女性を「産みたくない女性」「産みたくても産めない女性」などに分け、産みたくない女性に産んでもらうよりも、経済的な事情やサポート体制のなさなどを理由に「産みたくても産めない低所得家庭」を照準に公共サービスを拡充するべきと訴えた。

2020、2021年の両会ではテンセントの馬化騰氏、バイドゥの李彦宏氏などメガIT企業のトップが人工知能(AI)や低炭素社会への投資を提唱し、中国の経済成長をけん引してきたIT業界の存在感が強かったが、IT産業への規制ムードが影響したのか、2022年の共産党大会後に2人は“円満退任”(現地報道)した。

経営危機に陥り、当局に拘束されている中国恒大集団の許家印会長も同時期に政協委員を退いた。代わりにEVや半導体企業のトップが多く両会メンバー入りし、今年の両会でもデジタル経済、AIに関する提言が活発に出ているものの、SNSで注目されるのは雇用、格差といったトピックに集中している点に、国民の不安感が色濃く映し出されている。

(浦上 早苗 : 経済ジャーナリスト)