若新雄純氏のInstagramより

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 複数の女性との交際トラブルが発覚したことで、慶應大学特任教授を辞職し、テレビコメンテーターの仕事からも身を引くと「週刊新潮」の取材に答えた若新雄純氏(通称・「わかしん。」、年齢非公表)。彼が昨年10月、6年間、交際関係にあったB子さん(40代)に送った残酷非道なLINEを公開する。(前後編の後編)

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【写真】若新氏がB子さんに送りつけた、あまりに残虐非道な「別れのLINE」。ラブラブだった頃のLINE、女性を「モノ」扱いする若新氏にB子さんがキレるLINEも

街中を2人で歩く時も、数歩離れていた

「こんな男がテレビに出るなんてとんでもない。取材を受けて彼の本性を伝えたい」

 B子さんはそう言って、取材に応じた。若新氏との交際が始まったのは6年ほど前。ある会合で知り合い、恋仲になった。

若新雄純氏のInstagramより

「滅多に人を好きにならない性格なんですが、彼の自由奔放な生き方が愛おしく思えるようになった」

 相手はテレビで活躍する多忙な有名人。誰にも打ち明けず、周囲を慮りながら交際してきたと語る。

「街中を2人で歩く時も、数歩離れていました。ツーショット写真も1枚も残っていません」

 そう言って、彼女は1枚の写真を見せてくれた。場所は伊勢神宮。鳥居に向かって歩く若新氏の背中が写っている。彼との思い出の写真はこれ1枚だという。

「泊まりがけの旅行に連れて行ってもらったのも、この時を含めて5回くらい。最初は優しかったんですが、しまいに彼が“催した”時だけ呼ばれるドライな関係になってしまい……」

スマホでユーチューブを鑑賞しながら…

 たとえば“その目的”のためだけに「2時間空いたけど来れる?」などと突然呼び出されたそうだ。

「彼の部屋や近くのラブホテルで求められ、終わったらバイバイという扱いです。扱いがぞんざいで、上半身は服を着たままの時もよくありました。一方で、私に対しては果てしなく長い“サービス”を求め続ける。40分以上させられたこともありました」

 奉仕を強いる間、若新氏は悠然とスマホでユーチューブを鑑賞することもあったという。

「ピロートークの時もスマホは手放しません。私が何を聞いても生返事。たまに食事をした時もずっとスマホ。これが自分の“素”だと彼は語るのです」

 都合の良い女だったと自省している。

「年上でもあった私は母性本能で彼を愛していた。私の前ではずっと素のままでいて欲しいと思っていました」

 その思いも空しく、B子さんを若新氏は邪険に扱うようになった。年を重ねるごとに会う回数は減り、1か月に1回から“末期”は2カ月に1回という調子。

 B子さんが提供してくれた夥しい量のLINEのやりとりには、彼女が〈前にも言ったけど、「物」だと思ってない? 私、人だし、感情あるし〉などと苛立ちをぶつける記述がある。

3人の女性を序列化

 だが、その大半を若新氏は既読スルー。返信しなかったのにはワケがあった。

「もちろん、私も気づいていました。他の女の影があることを。けれど、私が彼にとって本命の彼女で一番の理解者だと信じていた」

 そんなB子さんの自負は、昨年10月28日午前、粉々に砕け散った。唐突に届いた彼からのLINEに、起き抜けのB子さんは絶句した。以下はその文面だ。

〈ごめんなさい、言わないといけないことがあります。付き合いはじめてしばらくしたあとに、実は子どもをつくりたい人と出会い、その人と子どもをつくり、パートナーとしてお付き合いしています。それを隠して、ずっとグズグズとセフレ関係を続けていました。本当はちゃんと全部話すべきだったのに、ズルい人間です。ずっと騙してました。ごめんなさい〉

 初めて知るパートナーと子どもの存在。しかも、もう1人の女性までいるという。さらにこう続く、

〈パートナーにも全部バレて、それから、さらにセフレとしてではなく彼女としてお付き合いしていた人にも秘密がバレて、たくさんの人を傷つけました。もう会うことはできません。最後まで僕から一方的に、本当にごめんなさい〉

ブロックして逃亡

 整理しよう。若新氏は、自身にとって最上位の女性が子どもを産ませた「パートナー」、中間が「彼女」、最下位が「セフレ」。この3人のうち末席のセフレがB子さん、あなただと本人にLINEで突きつけ、別れを告げたのだ。

 10分後、B子さんは返信。

〈こういう内容をメールだけで済ませようとするなんで(原文ママ)酷すぎじゃないですか?〉

 しかし、この返事が若新氏に届くことはなかった。すでに彼はB子さんからのメッセージを拒否すべくブロックしていたからである。

 あれから3か月、B子さんの時間の針は止まったままだ。

「あのLINEに書かれていたことが真実だったか知りたい。そうならば、いつ彼が子供を作っていたのか知りたい。私の6年間を返して欲しい」

 彼女は涙を流し続けた。

「自分でも残酷すぎると思います」

 若新氏にこのLINEについて聞くと、自分が送ったものだと認めた。

「自分でも残酷すぎると思います。横に女性がいて、送らされたというのが実情ですが、僕が送ったことには違いありません。遅まきながら、これから彼女とは話し合うつもりです」

 書かれていた内容も事実だった。若新氏には地元・福井県に、事実婚関係にある「パートナー」のD子さんがいて、その間に幼い子供もいた。にもかかわらず、B子さんばかりか、「彼女」であるC子さんと交際。しかも「内緒で結婚しよう」と“重婚計画”まで持ちかけていたーー。

 2月1日発売の「週刊新潮」では、C子さんの知人が語る「重婚計画」の詳細、若新氏がC子さんに送った手紙、16歳当時、若新氏と半同棲生活を送る中で自殺未遂に追い込まれたA子さんの告発手記、若新氏が90分間に及んだインタビューで語った「引退の決意」などを5ページにわたって詳報する。

「週刊新潮」2024年2月8日号 掲載