曇りガラスと人影

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小児性犯罪者の手口は、驚くほど似通っている。小児性犯罪の当事者に特化した治療に携わっている精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんは「加害者は『性教育』という大義名分のもとに、『ふたりだけの秘密』と偽り、口止めをする。これらの言葉によって、加害者は自分の行動や認知を正当化していく」という――。(第2回)

※本稿は、斉藤章佳『子どもへの性加害 性的グルーミングとは何か』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/beest

■原因は性欲ではない

加害者は子どもの誘い方や関係性づくりに非常に長けています。彼らは、場所・時間帯・ターゲット・状況などを見極めて、巧妙に加害行為を繰り返します。

よく「性犯罪は性欲が原因だ」という言説がありますが、それは違います。これを私は性欲原因論と呼んでいますが、これでは性犯罪の本質は理解できないままです。加害者本人も「これは自分の性欲が原因で、自分はそれが抑えられなかったからだ」と思い込んでしまうからです。

しかし、小児性犯罪に限らず、痴漢や盗撮などあらゆる性犯罪の文脈において、彼らが「性欲が原因」と考えるようになるのも無理はないと思わされることもあります。とくに痴漢の場合、その傾向は甚だしいものです。『痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学』(エトセトラブックス、2019年)を著した牧野雅子さんには警察官として勤務した経験がありますが、警察には「性欲を主体として調書を取る」というマニュアルがあることが同書では明かされています。

これはクリニックの加害経験者らから聞くエピソードと一致します。彼らのほとんどに逮捕された経験がありますが、警察で取り調べを受けたときのことを聞くと、「性欲を抑えきれなくて犯行に及んだのだ」というストーリーが用意されており、それを認めるだけだったという話がたびたび出てきます。なかには、警官から「妻とはセックスレスかぁ、それはお前もつらかっただろう」と気の毒がられた、と話す人もいました。

■「セックスレスでしたか?」と聞いても意味がない

裁判になると、検察官が被告(加害者)に「あなたは性欲を抑えきれなくなり、犯行に及んだんですよね」と尋ねます。これはとてもストレートな聞き方で、もっと歪曲(わいきょく)的な方法が取られることもあります。情状証人として出廷した妻に「事件を起こす前、あなた方には夫婦関係がありましたか?」「セックスレスでしたか、どうでしたか?」と尋ねることで、被告は性欲をもて余していたということを裁判官に印象づけるというものです。

私も情状証人として出廷することがあるので、こうした光景を何度も法廷で見聞きしていますが、即刻改めるべき慣習だと思っています。そこには、妻のせいで夫の性欲が暴走し、犯罪行為という結果になったというバイアスがかかっています。

妻へのセクハラである点も問題ですが、さらに悪いことに被告本人がこの考えを内面化し、「男が性欲を抑えきれないのは仕方ない、だから自分が性加害をしたのは仕方がないんだ」という価値観を強化する道具に使うこともあります。まさに日本は男の性欲に甘い「ちんちんよしよし社会」だなと実感します。

私は「男性とは性欲をコントロールできない生き物だから、性犯罪を犯すものだ」という言説に、なぜ男性から反論が起きないのか不思議に思っています。これは男性から「違う、そんなことはない」とはっきり否定しなければなりません。友達との雑談中に性欲の高まりを感じても、その場でマスターベーションをする人はいません。男性にとっても大変不名誉な価値観だと思います。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/djedzura

■「被害者が悪い」と言われかねない

この性欲原因論の行きつく先が、「性欲を喚起させた被害者が悪い」と考える責任転嫁です。さすがに幼い子どもが性暴力の被害者になったときに、子どもの落ち度をあげつらう人はいないと思いますが、痴漢などの性暴力で「露出度の高い服を着ていたから」「短いスカートをはいているということは、盗撮してもOKというサイン」など、加害行為を被害者の責任にする考え方は、セカンドレイプ(二次被害)にもつながります。

とくに子どもが被害者の場合は親、とくに母親の落ち度を指摘するような発言が見られます。「ちゃんと面倒を見ていなかったから」「子どもらしくない洋服を着せていたから、変質者を刺激したんだ」というような具合です。

2017年3月に千葉県松戸市で当時9歳の女児が殺害された事件で、強制わいせつ致死などの罪に問われた男は、被告人質問の際に「親が守っていればこんなことにならなかった」「ひとりで行かせたから事件にあった」と、あたかも自分が女児を殺したのは両親の責任であるかのような発言をしました。凄まじい認知の歪みです。

当然ながら、子どもが性暴力にあうことと、親が目を離していたことには、なんの因果関係もありません。そもそも性暴力をやっていい理由なんかどこにもありません。

繰り返しますが、加害者はいくら子どもに触りたいと思ったとしても、けっして交番の前では加害行為に及びません。加害できる場所や状況、時間帯、ターゲットを慎重に選んでいるのです。

■パターン化している「決まり文句」

グルーミングには、1.オンライン、2.面識のある間柄、3.面識のない間柄、という3つの類型があります。

性暴力においては、当然ながら被害者が存在します。彼らひとりひとりの痛みは、ひとつとして同じものはありませんし、けっして相対化できるものではありません。一方で、加害者の手口に焦点を当てると、それらはまるで示し合わせたかのように似通っているのです。

もちろんそこにマニュアルがあるわけではありませんし、「ペドフィリア・コミュニティ」のような横のつながりもなければ、事前に誰かと打ち合わせをしているわけでもありません。それにもかかわらず、あらゆるケースにおいて手口は見事にパターン化しているのです。

まずパターン化しているのは決まり文句です。彼らが被害者に告げる言葉には、オンラインであろうと、顔見知りであろうとなかろうと、「口外禁止」「ふたりだけの秘密」という2つの要素が、必ずといっていいほど含まれます。

「あくまでこれは性教育。犯罪ではないんだ。誰も教えてくれないんだから、僕が教えてあげる」
「だから誰にも言ってはいけないよ」
「お母さんに話すと大変なことになるからね」
「もしバレたら、親を悲しませてしまうことになるよ」

などがよくある事例です。

■グルーミングの5つのプロセス

小児性犯罪者は、被害者に対して「性教育」という大義名分のもとに加害行為に及びます。その際、彼らは「ふたりだけの秘密」と偽り、口止めをします。子どもは純粋ですから、大人から「言ってはいけない」と言われれば、黙ってしまいます。また、それにより、被害が深刻化するまで親も気づくことができません。

これらの言葉によって、加害者は自分の行動や認知を正当化していきます。これを「セルフグルーミング(自己グルーミング)」とも呼びます。

残念ながら日本ではグルーミングについての研究は進んでいるとは言いがたい一方で、欧米ではかなり進んでいます。アメリカのフェアリー・ディキンソン大学のジョージア・ウィンターズらによれば、グルーミングは5つのプロセスに類型化できるといいます(*1)。

(1)被害者の選択
(2)子どもにアクセスし、分離を進める
(3)信頼を発展させていく
(4)性的コンテンツや身体的接触に鈍麻(どんま)させる
(5)虐待後の維持行動

(1)被害者の選択

まずここでは、加害者は「どんな子どもなら自分が手なずけられるのか」、加害できそうなターゲットを探します。具体的には自尊心が低い、孤立している、貧困状態、物理的に父親が近くにいない子ども、母子家庭で「父親」という存在を求めている子どもなどです。

(*1) Winters, Georgia M. et al.“Toward a Universal Definition of Child Sexual Grooming”. Deviant Behavior 43 (2022): 926-938.

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■家族や友人と引き離していく

(2)子どもにアクセスし、分離を進める

加害者は子どもに近づいて、ほかの大人から隔離しようとします。子どもを対象としたスポーツイベントやボランティア団体で指導者的な立場になる、習い事の個人指導をする、ベビーシッターとして働くなどの例が挙げられます。また、心理的にも「自分だけが君を理解しているんだよ」「家族の人は誰も君のことをわかってくれていないね」などと吹き込んで、家族や友人と引き離し、孤立させていきます。

(3)信頼を発展させていく

子どもを褒める、ゲームの有料アイテムをあげるなど報酬を与える、その子の好きな活動に関心を示す、さらには薬物やアルコールを用いて、信頼関係や愛情関係を築いていきます。子どもは、一見やさしそうな大人から関心を寄せられたり、悩みを共感してもらうことに喜びを覚え、加害者に対して信頼感や恋愛感情を抱いていきます。

■“やさしい言葉”は口止めの手段

(4)性的コンテンツや身体的接触に鈍麻(どんま)させる

斉藤章佳『子どもへの性加害 性的グルーミングとは何か』(幻冬舎新書)

加害者は性的な話をしたり、性的な接触をする、またはマッサージをする、くすぐる、膝に乗せるなど、一見すると性的には見えない接触を通じて、子どもを性的な刺激に慣れさせ、子どもたちの感覚を鈍麻させていきます。

「人はどんなことにでも慣れる存在だ」とはドストエフスキーの名言のひとつですが、人は生きていくために環境に適応していきます。もちろんその習性が功を奏することもありますが、加害者はそれをグルーミングに悪用していくわけです。

(5)虐待後の維持行動

加害者は子どもたちが性的行為を誰にも言わないように口止めをし、「君を愛している」「あなたは特別だ」などとやさしい言葉をささやいて、加害行為を継続できるようにします。

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斉藤 章佳(さいとう・あきよし)
精神保健福祉士・社会福祉士
大船榎本クリニック精神保健福祉部長。1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模と言われる依存症回復施設の榎本クリニックでソーシャルワーカーとして、長年にわたってアルコール依存症をはじめギャンブル・薬物・性犯罪・DV・窃盗症などさまざまな依存症問題に携わる。専門は加害者臨床で現在まで2500名以上の性犯罪者の治療に関わり、性犯罪加害者の家族支援も含めた包括的な地域トリートメントに関する実践・研究・啓発活動に取り組んでいる。主な著書に『男が痴漢になる理由』『万引き依存症』(ともにイースト・プレス)、『「小児性愛」という病 それは、愛ではない』(ブックマン社)、『しくじらない飲み方 酒に逃げずに生きるには』(集英社)、『セックス依存症』、『子どもへの性加害 性的グルーミングとは何か』(ともに幻冬舎新書)、『盗撮をやめられない男たち』(扶桑社)、監修に漫画『セックス依存症になりました。』(津島隆太・作、集英社)がある。
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(精神保健福祉士・社会福祉士 斉藤 章佳)