出産したけど、夜遊び三昧の独身時代が忘れられない28歳女。友人のキラキラSNSはミュートに…
モノが溢れているこの時代に、あえて“モノ”をプレゼントしなくてもいいんじゃない?と言う人もいるかもしれないけど…。
自分のために、あれこれ考えてくれた時間も含めて、やっぱり嬉しい。
プレゼントには、人と人の距離を縮める不思議な効果がある。
あなたは、大切な人に何をプレゼントしますか?
▶前回:「はい、あげる」と、赤坂のタワマンをくれた15歳年上の彼。ある日突然、音信不通になり…
菜摘(28歳)「お互いのステージが変わっても」
生後8ヶ月の息子がやっと眠りについた。
「もうこんな時間…」
20時に寝かしつけを始めたにもかかわらず、既に23時を回っている。
キー局のテレビマンである夫・健司は、夜の生放送番組を担当しているため、毎日帰宅は遅い。休日や家にいる際は育児や家事に積極的ではあるが、ほぼ自身のワンオペ状態である。
菜摘は窓辺のソファに腰掛け、せめてもの息抜きに、と淹れたローズヒップティーを飲んだ。
いっときの安らぎの時間…。
居住するベイエリアのマンションの窓の向こうには、小さな東京タワーが見えた。それを取り囲むようなビル群の煌めきを眺めながら、菜摘はうっとりあの頃を思い出す。
― なんだか、もう別の世界みたい…。
出産前、菜摘は大手PR会社でプロモーターの仕事をしていた。性格も明るく付き合いも広かったため、華やかで慌ただしい日々を過ごしていた。
麻布、六本木は庭のようなもの。会員制のバーや予約困難なレストランは行きつくした。周りはいつも賑やかで、パーティーや食事会は日常のことだった。
それも、今となってはまるで別世界こと。
「フニャーン」
ホッとしたのも束の間、ベビーラックから聞こえる泣き声で、菜摘は現在に引き戻される。
ふと気づくと、幽霊のようにやつれた女が、夜景が広がる漆黒の窓に浮かび上がっていた。
菜摘は2年前、大学の先輩であった健司と、仕事の関係で電撃的に再会した。
そしてすぐに交際し、妊娠…。コロナ禍で結婚式を行わなかったこともあり、新婚らしいロマンチックな時間を一瞬たりとも味わうことなく、急に日常が一変した。
夫は愛しているし、子どもも愛しい。だから、後悔はしていない。
だが時折、懐かしくなるのだ。仕事に、遊びに、輝いていたあの頃が。
「こんなんで、復帰できるのかな…」
仕事は辞めたわけではない。育休中だ。
来年春に前職に復帰予定だが、現在は出社どころか、ほんのわずかな1人での外出ですらも縁遠いものになっている。仕事はもちろん、メイクもおしゃれも、やり方なんて忘れてしまった。
息子も再び眠りにつき、菜摘はおもむろにInstagramを開く。
タイムラインに今並ぶのは、ママインフルエンサーのアカウントや子育て情報ばかりだ。かつては友人たちの華やかな投稿で埋まっていたが、今は全てミュートにしている。
目に入ると、辛いから。
けれど、華やかだった当時の生活を振り返ったからだろうか。
― そういえば、あのコ、元気かな…。
ふと思い立った菜摘は、怖いもの見たさで長谷川千里のアカウントを検索し、覗いてみた。
千里はかつての友人で、アパレルで働く3歳年下の女の子だ。
お互いに雑誌の読者モデルをしていたことで知り合った彼女とは、年齢は違えども、価値観や趣味、好きなモノやノリが全て一致する親友だった。
しかし、結婚と同時に妊娠を報告したところ、表向きに祝ってくれはしたものの、連絡がぱたりと途絶えてしまった。
― そんなもんだよね、女の友情って…。
ミュートするのにためらいはなかった。おかげで、あの頃の仲間たちと比べることなく、目の前の育児に専念することができている。
久々に見た彼女の投稿は、相変わらず眩しかった。
5分前に更新されたストーリーズには東京タワーのふもとにある東京プリンスホテルの『Café&Bar Tower View Terrace』で、読者モデル仲間と女子会をしている様子が投稿されている。
菜摘は彼女を想い、窓の外の夜景を改めて眺めた。
『いいよね、楽しそうで』
心の声が、指先に伝わっていた。メッセージ欄に打っただけであったが、取り消そうとしたはずみで送信してしまう。
― いけない…!
当てつけや、嫌味のように思われるだろうか。
軽いノリの言い訳を考えようとするも、1年半近く疎遠だったため、何を言っても重みを帯びてしまう。
そして、あっという間に既読になったものの…その内容に菜摘は拍子抜けしてしまう。
『きゃー、なつみん元気!?赤ちゃん生まれたー?』
信じられないくらい素早い返信。
しかも返ってきたのは、あの頃と変わらない底抜けに明るいテンションのメッセージだったのだ。
意外にもその後、DMでの会話ははずみ、あれよというまに1ヶ月後に千里を自宅に招待することになっていた。
「さてと…」
そして迎えた、当日の昼下がり。
生活の匂いはさせないよう、早起きして散らかった部屋を一生懸命片付ける。平日なので、健司の手を借りることはできない。息子がぐずって再会が慌ただしくならないよう、来訪時間に合わせてしっかり昼寝につかせた。
ピンポーン、という呼び出し音が鳴り、応答してマンションの入り口を開けた。しばらくすると、千里が部屋の前にやってくる。
「いらっしゃい」
菜摘はクローゼットの奥に眠っていた、あの頃のお気に入りのワンピースで千里を出迎えた。
「なつみん、久しぶり!会いたかったよ」
ドアを開くなり抱き着いてきた千里に、菜摘もつられて同じテンションになる。
1年以上会っていなくても、変わらない距離感に嬉しさを感じたが──目をおろすと、現在地の違いを見せつけられてしまった。
履き古したスニーカーとペタンコ靴が並ぶ玄関。彼女はその隣に、ルブタンのパンプスを並べている。
鮮やかな色合いの8cmヒールと、ちらりと見える印象的なレッドソール。その場所だけが異空間だ。
千里自身もそう。ボトムスは細身のデニム地だが、エレガントなノースリーブのブラウスは流行りのデザインのもの。メイクもばっちり決めていて肌も艶やか、爪の先まで抜かりない。
2年前の服で隣に並んでいる自分が、急に恥ずかしくなった。
― やっぱりもう、世界が違うんだ…。
菜摘は千里をリビングに案内し、お茶を用意する。その間、寝ている息子をじっと見ている千里の横顔に目がとまった。
相変わらず美しい鼻筋のライン。しばし、見とれてしまうほどだった。
「あ、そうだ、これ…」
その視線に気づいたのか、千里は急に思いだしたかのように、手元にある真っ赤なショッパーを菜摘に差し出した。
「出産祝いだよ」
「…え、これが?」
中を見ると、アイパレット、そしてリップスティックにリップオイルが入っている。千里がセレクトしたクリスチャンルブタンビューティーのコスメだという。
「赤ちゃんのじゃなくてごめんね」
ケースまで鮮やかな赤のアブラカダブラ ルデュオ、ジュエリーのような見た目のルージュスティレット ルミマット、ルージュルブタン ルビベル。それぞれのデザインも凝っており、まるで宝石箱を見ているようだ。
菜摘の目がキラキラと輝く。
「…すごく可愛い!」
「絶対にそう言ってくれると思った。出産祝い、色々見たけど私にはよくわからなくて。でも、なつみんが喜びそうなものなら、私自信あるから」
ニコッと微笑む千里の笑顔。菜摘も胸がいっぱいになる。
「今日はご招待ありがとう。育児で忙しいのに時間作ってくれたんだよね」
「私は大丈夫。実は、妊娠後、全然連絡ないから、縁切られたかと思っていた」
「そんな…誤解だよ、誤解!」
聞けば、千里の近しい人のなかでは、菜摘が初めての出産であるらしい。
知人や家族からの「妊娠・出産前後はデリケートな時期」というシビアな意見が頭にあったため、自分の方からは連絡しづらかったのだという。
「だって、何かあったら怖かったから…」
千里が遊びやお茶に誘えば、親友の菜摘はたとえ体調が優れなくても、きっと無理を押して来てくれてしまう。
だから、妊娠中の親友は、こちらからは誘わないこともマナーのひとつ──。そんなアドバイスを耳に挟んだこともあり、妊娠についての知識が全くなかった千里は、菜摘の方から連絡をしてくれるのをずっと待っていたと語った。
「とりあえず、このリップつけてみてよ。絶対に似合うから」
千里に言われるがまま、菜摘はルージュを引いてみる。顔全体が一瞬で鮮やかになり、自然に口角が上がっていた。
出産祝いはいろいろな友人から送られてきたが、どれもおくるみやおむつなど、子どものものばかり。
全て有難かったが…このコスメは明らかに自分のためのものだ。
それが、とてつもなくうれしかった。
「ねぇ千里。今度一緒に夜遊び行こう。夫も休日は子どもの面倒見てくれるっていうから」
「え、いいの?もちろんだよ!」
菜摘の誘いに、千里の笑顔が花開いた。
― そんなもんだよね、女の友情って…。
その後、ふたりは我を忘れて夢中でおしゃべりしあった。
話題の新店、ファッションやスキンケアのこと、千里の恋の話…。
息子がお昼寝から起きても、窓の奥にみえる東京タワーが暗闇を照らす時間まで、ふたりの時間は続いたのだった。
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