侍ジャパン井端弘和監督がわずか4試合で証明した指揮官としての才 選手起用、ゲームプラン、采配が見事だった
優勝記者会見で語った言葉が、新指揮官の"色"のような気がした。
「今回、呼んだ選手はずっとレギュラーシーズンから見ていましたし、いいところもあれば悪いところも見てきたつもりなので......明らかにいい時と違っていたのが、この日の門脇選手でした。これは何とかしないといけないなと」
大会2連覇を決めたアジアプロ野球チャンピオンシップ決勝(韓国戦)のサヨナラの場面。打席に向かう前に門脇誠(巨人)を呼び止めた侍ジャパンの新指揮官・井端弘和監督は、劇的勝利の内幕をそう振り返った。
初采配となったアジアプロ野球チャンピオンシップで優勝を飾った侍ジャパン・井端弘和監督 photo by Taguchi Yukihito
延長タイブレークまでもつれたこの試合、井端監督は準決勝まで9番だった門脇を7番に上げたが、決勝では違和感を感じていたという。
「レギュラーシーズンの時、アジアチャンピオンシップが始まってからのいい時を見ていたのですが、今日はちょっと違うなと......。大振りになっていて、背負っているなというのを1打席目から感じていました。あの場面は力んだり、そういった方向にいくんじゃないかというところで、現状のよさを引き出すようにと思って声をかけました」
際どいボールをファウルで粘りながら、それでいてセンター方向を中心に打ち返していく。井端監督は、門脇のそうした卓越した技術を評価していた。ところが、そうであるはずのバッティングが失われ、チャンスで引っ張りにかかっているところを呼び止めてアドバイスを送ったのだ。
そうしたなかで生まれた劇的なサヨナラ安打は、門脇らしい、基本に忠実な逆方向(レフト前)へのクリーンヒットだった。門脇が言う。
「それまでチャンスでは引っ張りにいってしまって、思いどおりの結果にならないなと感じていました。最後に監督からひと言いただいて、いつもどおりに戻れたというか、初心に帰ることができました」
こうしたやりとりから感じたのは、井端の指揮官としての「観察力の高さ」だ。選手にはそれぞれ持ち味もあるが、欠点もある。それらを独自の観察眼で選手の能力を見極めることができるのが井端監督である。選手の特徴を理解し、それを起用に当てはめていく。だから、選手の評価や起用理由など、説明を求められたらすらすら答えることができるのだ。
たとえば、初戦の台湾戦と決勝戦で第2先発としてゲームをリメイクし、勝利に貢献した根本悠楓(日本ハム)についてはこんな評価だ。
「根本投手のレギュラーシーズンを見ていると、立ち上がりからひと回りは相手バッターがほとんど手も足も出ない状態で抑えることができているんです。一方でふた回り目の4、5回ぐらいに捕まる傾向があったので、ひと回りは確実に抑えてくれると考えて第2先発に決めました。根本投手の体のキレというか、体のターンは合宿で見ていても魅力あるなと。まだまだ若い選手ですから、体力をつけていって長いイニングを投げられるようになれば、日本を代表する選手になれると思います」
台湾戦は相手投手の好投もあって、苦戦を強いられているなかでの登板だったが流れを変えた。決勝戦でも2点ビハインドからの登板だったが、相手打線を封じて流れを呼び込んだ。ひと回りは相手打者を圧倒できると踏んだ、井端監督の観察力が光った。
もっとも、ただ選手の特徴をつかむだけではない。その様子をうかがいながら、選手たちには声をかける準備も怠らない。
宮崎での直前合宿では、先発陣4人を見た時点で決勝戦の先発は今井達也(西武)に託すと即決。「一番強い球を投げているから」というのが理由だ。そこから残り3試合の先発投手の選定に入り、サウスポーの隅田知一郎(西武)、早川隆久(楽天)のふたりを2、3戦目と決め、「今大会でひと皮むける」と隅田を韓国戦の先発に決めた。そして1戦目は、コントロールがよく、「地の利がある」と東京ドームを本拠地にしている赤星優志(巨人)に託した。
赤星はしっかりゲームメイクし、隅田は韓国打線を7回零封、早川はオーストリア相手に5回完全投球だった。
【タイブレークでの代打・バントの理由】一方の打線は、「大きな舞台を知っている。どっしりしてくれたらいい」と牧秀悟(DeNA)を4番に固定。日本シリーズから調子のよかった森下翔太(阪神)を3番に置き、小園海斗(広島)を2番で起用した。その理由も明快だ。
「小園選手はどの打順においても、自分の持ち味を発揮してくれるタイプ。彼のような選手は本当に使う側としては助かりますね。どこにおいても活躍しますから、周りの様子を見ながらいろんなバリエーションで使うことができる。森下選手の調子がよかったので、その前に置いて、チャンスをつくってほしくて2番にしました」
その言葉どおり、小園は打率.412をマークする大活躍で打線を牽引した。
選手のストロングポイントや状態を熟知しているのは、観察力に長けているからだろう。
そしてもうひとつ、今回の優勝に欠かせなかったのが決勝戦、延長10回タイブレークでの送りバントだ。1点ビハインドで10回裏の攻撃に入った侍ジャパンは、3番の森下から始まる好打順だった。調子のいい森下をそのまま打席に立たせると思われたが、ここで井端監督は代打に古賀悠斗(西武)を送ったのだ。
井端監督がその意図を説明する。
「10回の好機(無死一、二塁)が流れのなかでのものなら、そのまま森下選手に打たせていたと思います。流れのなかではなくタイブレークだったので、1点差ならバント、2点差なら森下。これは森下に限らずですが、合宿の頃から決めていました」
そこで古賀を起用したわけだが、そのビジョンは合宿の時から通達しているというのが、また用意周到だった。この日だけでなく、全試合前に古賀には「タイブレークになったらバントで出すからな」と伝えていたのだ。
そしてこう続けた。
「普段のチームでもバントをしっかり決めていましたし、今回の控え選手のなかでは一番うまいという信頼がありました。送り出す時は『頼む』だけですね。自分も代打でバントの経験があるのでわかるんですけど、あの場面でリラックスしろと言われても絶対にできない。自分の経験上『頼む』と言われたほうがラクだった。たぶん、古賀選手は人生で一番緊張したと思うんですけど、あの場面で決めたくれたことにグッとくるものがありました」
【未来のプロ野球は明るい】今大会は決して大きいものではないが、来年のプレミア12や2026年のWBC、さらに2028年のロサンゼルスオリンピックなど、侍ジャパンの未来を考えるうえで貴重な経験となった。
優勝が当たり前と期待されるなかで、井端監督が見せた戦いはこれまでの侍ジャパンの指揮官とはまた違った意味で期待感を抱かせてくれた。代表コーチを何度も務め、シーズン中は解説者として偏ることなく見てきたからこそ、選手の特徴を理解し、采配に落とし込めることができる。わずか4試合だったが、井端監督が目指す野球の一端を垣間見た気がした。
また井端監督は、こんなメッセージを残した。
「チームがスタートした時、1日目だけはみんな様子をうかがっている感じがしたんですけど、2日目からは打ち解けあってやっていた。ただそのなかでも、居残りで練習する。向上心というものを、選手たちは忘れてなかったですね。何をするにも、みんなが一緒に行動しながらひとつの目的を持って練習している様子を見ると、もっともっと上を目指しているんだなと感じることができましたし、未来のプロ野球は明るいなと思いました。今回、成功した人もいれば、うまくいかなかった選手もいたと思うんです。これをレギュラーシーズンなどで生かしてもらって、また日の丸を背負って立つというところを心の片隅に残しながらプレーしてもらえれば、日本はもっともっと強くなっていくと思います」
ただの寄せ集めではなく、ひとつのチームとしてみんなで戦う。そしてその根幹を支えるのが井端監督だ。これまでとはひと味違う新指揮官の登場に、これからの侍ジャパンが楽しみでならない。