低めの際どいコースに白球が吸い込まれていく。決して失投ではない。黄緑の"燕パワーユニホーム"がはち切れそうなほど恵まれた体のバッターは、体の軸がブレることなくバットを振りきる。打球は、秋の寒空を切り裂いてレフトスタンドに着弾した。

「一番の持ち味なんで、ホームランを打ちたいと思っていました」

 元ヤクルトの中山翔太は充実した表情で振り返った。


トライアウトでホームランを放った元ヤクルトの中山翔太 photo by Murakami Shogo

【成長の証を示したホームラン】

 中山は法政大学で主軸として活躍し、2018年にドラフト2位でヤクルトに入団。右の長距離砲として未来を嘱望されたが、ヤクルトで過ごした4年間で放ったアーチは9本。22年は一軍の試合に出場することなく、オフに戦力外通告を受けた。

 中山がトライアウトに参加するのは、今年で2回目だ。昨年も楽天生命パーク宮城で行なわれた際にも参加しており、3打席に立って元ソフトバンクの秋吉亮からライト前ヒットを放っている。

 だがNPBとの縁に恵まれることはなく、今シーズンは九州アジアリーグの火の国サラマンダーズでプレーした。

 独立リーグ入りした時からNPBへの再挑戦は考えていたという。今年のトライアウトへの参加も、「(支配下登録期限の)7月いっぱいでNPBから声がかからなかったので、その時から考えていた」ときっぱり答えた。

 トライアウト本番までの約3カ月間、「逆算して体を追い込んでいったり、体調を整えたりしていました。4年間ヤクルトで経験してきたことを活かして、自分なりに精一杯やってきました」と振り返る。

 NPBへの準備をしつつ今シーズンを送った中山は、終わってみれば72試合に出場して打率.325、リーグ3位タイとなる6本塁打に同2位の53打点と大活躍を見せ、外野手としてベストナインにも選ばれた。

 この1年の努力の甲斐あってか、トライアウトを迎えた中山は輝いていた。

 第1打席では元ソフトバンク育成の中道佑哉から一、二塁間を破るライト前ヒットを打つと、2打席目にはファインプレーに阻まれたもののヒット性の当たりを放ってショートライナー。そして昼休憩を挟んだ第3打席でこの日一番の快音が聞かれた。

 元DeNA・笠原祥太郎との対戦。低めに決まった直球をすくい上げると、打球は高い弾道を描いてレフトスタンドに突き刺さった。

「角度もよかったんで、いくかなとは思いました」

 ゆっくりダイヤモンドを一周すると、一塁ランナーだった元チームメイト・松井聖(元ヤクルト育成)や、中川拓真(元オリックス)らと喜びを分かちあった。

 中山本人は「(トライアウトの自己採点は)85点くらいです(笑)。(残りの15点は)ホームランのあと、もう1本打ちたかったので。そこがちょっと」と満足気にうなずいていた。

【中山翔太を支えた偉大な先輩たち】

 この日のホームランは、中山の努力だけで生まれたものではない。

 中山には恩人がいる。近鉄、オリックス、ヤクルトで活躍した坂口智隆だ。昨年、中山が戦力外通告を受けた時に坂口は打撃投手を買って出るなど、中山のサポートを続けていたという。その関係は、中山が独立リーガーとなったあとも変わらなかった。

「月に1回なんですけど、独立のチームに教えに来られていたんで。その時にお食事とかも連れて行ってくれたり、トライアウト前日も『頑張れよ』って連絡をくれたり、親身になってくれていました」

 坂口だけではない。

「内川(聖一)さんも(独立で)同じリーグだったので、すごく気にかけてくれました。青木(宣親)さんも連絡をくれたり......応援してくれているなって。ありがたかったですね」

 独立リーグで過ごした1年で「技術的にもメンタル的にもかなり成長できたかなと思う」と語る中山だが、そのバックには偉大なプレーヤーたちの姿があった。

 中山が活躍したこの日、解説席でグラウンドを見守っていたのは奇しくも坂口だった。

【ほかの参加者とは違った独特のオーラ】

 なぜ、中山はここまで多くの人に目をかけられているのか。その答えは、インタビューを重ねるうちに何となく感じられてくる。

 こちらが投げた質問に対する中山の答えは、シンプルなものが多い。はっきりと、簡潔にコメントする。そこにはいい意味で、マスコミ受けやファン受けを狙わない純粋さが滲み出ている気がする。ひと言で言えば、素直なコメントが多いのだ。

 さらに、もうひとつ強調したいのは中山が明るいオーラをまとっているということだ。

 トライアウトは、通過率5%とも言われる狭き門だ。多くの選手は、それを承知のうえで僅かな可能性を信じ、自分の人生をかけた勝負に臨んでいる。

 そんな選手たちは、取材の場でさまざまな顔を見せる。真剣な面持ちでプレーを振り返る者、満足いく結果が出せず表情が明るくない者、活躍できなかったことやケガを悔やむ者......グラウンドだけでなく、取材エリアにもトライアウト独特の空気がある。

 だが中山は取材時、とにかく充実した、明るい表情を浮かべ続けていた。結果がよかったというのもあるだろうが、自分の人生がかかっているという悲壮感やヒリヒリ感は一切ない。「ホームランを打ちたい」と運命の1日に臨み、実際にホームランを打つ。ライバルであるはずのほかの野手とも笑顔で手を合わせる姿は、むしろ楽しんでいるようにも映る。

 中山に、この1年は苦しくなかったのかと聞くと、こんな答えが返ってきた。

「まあ前向きにやっていたので。苦しくなりそうな時には、『いま前向きに考えなきゃいけないな』って、そういうふうに思っていました」

 努めて明るくしている部分もあったというが、それが結果として目の前にいる好漢のオーラを形づくっていることは間違いない。

 中山が持つ、純粋さと明るさ。それがあるから、中山の周りには人が集まるのではないだろうか。現に、何人もの記者が中山を囲み、そのコメントに耳を傾けている。そんな中山のオーラがあったからこそ、坂口や青木、内川らも目をかけていたのではないかと思えてならない。

 純粋に振る舞い、ホームランを追い求め、打てればまた素直に喜ぶ。中山の姿はプロ野球選手というより、大きな野球少年のようだ。取材の最後に、今後の進路について尋ねてみた。

「一番は12球団(NPB)ですけど、声かけていただけるなら、すべてお話を聞かせてもらって、それで決めたいと思います」

 とにかく野球がやりたいということかと聞くと、「はい!」と即答した。中山の言葉は、やはりシンプルで純粋だった。