ロコ・ソラーレの吉田知那美がこれまでの人生で影響を受けた「言葉」や「格言」にスポットを当てた連載。今回は、先のパンコンチネンタル選手権で話題になった、あのフレーズについて振り返る――。

吉田知那美にちなんだ『32の言葉』
連載◆第13エンド

決死のドロー
(吉田知那美/2023年11月2日パンコンチネンタル選手権準決勝vsアメリカ)


先日のPCCCでも奮闘を重ねたロコ・ソラーレの吉田知那美

 PCCCこと、パンコンチネンタル選手権が終わりました。まずは、日本代表としての最大の任務である世界選手権の出場権を獲得することができてホッとしています。

 大会後に、「決死のドロー」という言葉が熱心なカーリングファンの間で話題になっていたと聞きました。準決勝のチーム・ピーターソン(アメリカ代表)戦の中継で私の発言が切り取られていたらしく、私としてはコミュニケーションのひとつとして、本当にいつも使う言葉なので、「そだね〜」が新語・流行語大賞になった時もですが、「あっ、これって普通だとあまり使わない言葉なのか」と、少し驚きました。

 あのチーム・ピーターソンとの試合は、私たちもやっていてしびれる一戦でした。外が冷え込む夜のゲームで、男女準決勝の4試合が一斉に開始されたセッションだったのですが、7エンドに差しかかる頃には他のシートはコンシードゲームとなり、試合をしているのは私たちのシートのみ。

 それでも、応援席を埋め尽くしていた"カーリング大国"カナダのファンのみなさんは、自国の試合が終わっても日米戦の決着を見届けるべく、最後まで観戦してくれていて、両チームのナイスショットの一つひとつに歓声や拍手を送ってくれました。

 アイスコンディションの移り変わり、負ければ終わりというプレーオフ独特の緊張感から、両チームともスーパーナイスショットと、緊張やプレッシャーによる小さな、しかし得点に結びついてしまうミスを繰り返す"劇場型"の試合だったと思います。

 同点で迎えた9エンドは、後攻の相手に1点のみを取らせる「フォース」を狙い、後攻を取り返した10エンドに2点取って勝つ――今シーズン、後攻で2点以上取る確率が上がったというデータを持っていた私たちにとって、それが思い描いていたプランでした。

 そのプラン遂行のため、大事な9エンド。苦しみ、我慢しながらですが、さっちゃん(藤澤五月)の2投で相手に1点を取らせる、ほぼ完璧に近い形を作ったのですが、相手のタビサ・ピーターソン選手による乾坤一擲のラスト1投で、2点を取られてしまいます。

 このショットは、相手チームのことながら「すごい」と言葉が漏れてしまうほど完璧なショットで、私が相手チームなら「これはできないから狙わない」と、そのショットを選択すること自体を諦めてしまいそうなところ。それを、一か八かでも狙って、しっかりと決めてくる。

 当然ながら、国を背負って参加してくるチームは粘り強いチームだらけで、「そういうレベルでやってるんだ」と、相手チームのナイスショットに刺激され、改めて闘志が湧きました。

 迎えた10エンドは、2点ダウンの後攻。最低2点を取らなければ試合終了という場面で、しっかりと2点を取ってエキストラエンドへ。

 先攻でのエキストラエンドの勝率は、基本的には2〜3割程度です。そんな不利な状況で、ゆり(吉田夕梨花)が先攻で戦う準備としては最高の定石を、本当に1センチのズレもなく、完璧に決めきったのです。

 あれには、本当に救われました。チームにブーストがかかって、戦う意思と勝ちにいく覚悟のようなムードがチームに流れます。

 ゆりのセットアップに後押しされて、なんとか「決死のドロー」を決めればチャンスがある、という配置を作ることができ、テレビやネットで観戦してくれた方はご存知かと思いますが、さっちゃんがそこしかないというポイントを狙って投げ、ゆりとゆうみ(鈴木夕湖)が冷静かつ激しいスイープで運んでくれました。

 最終的には、2点のスチールを記録して決勝進出。勝った直後は苦しかった時間とか、安心した気持ちとか、チームショットでラストロックを運べた達成感とか、あとは現地のカナダのファンが大歓声で称えてくれたのも見えて、いろいろなものが一気に押し寄せてきました。チームに戦う意思を見せる2投を投げたゆりの目には、緊張の糸が切れたように涙が溢れていました。

 決勝では、チーム・ギム(韓国代表)の試合運びと攻める姿勢、そして精密なショットが本当にすばらしく、私たちは及びませんでした。現段階でこのことをしっかりと受け止めなければ、前に進めないほどの完敗でした。

 負けたことはもちろん悔しいのですが、「ここで負けたことに意味があった」とシーズンを終えて振り返ることができるかどうかは、これからの自分たちの取り組み次第です。そして、ロコ・ソラーレの強さはその、ただじゃ負けない不屈の精神だと信じています。

 話題になっていたさっちゃんのラスト1投の「決死のドロー」ですが、あの試合に関わらず、ゆりにも、ゆうみにも、私にも、もう「これが決まらなかったら終わる」というような、捨て身で攻めていくショットがどこかで必ずあります。定義をするのであれば、ひとりでは決めることができないのが、「決死のドロー」「決死の一投」だと考えています。

 これから続くシーズン後半戦も「4人で各20投」ではなく、「全員で80投」。そんなロコ・ソラーレなりの、「決死」で挑んでいきたいと思います。

 男子のナショナルコーチ、ボブ・アーセルコーチの地元であるケロウナという街は、湖も山も空も丘も本当に美しく、リラックスして過ごすことができました。

 テレビで応援してくれた方、現地まで駆けつけてくれた方、たくさん差し入れをしてくれたケロウナ在住の方、美味しいおにぎりを毎日届けてくれた全農さん、本当にありがとうございました。また、しびれる試合をお見せできるように精進していきますので、私たちのカーリングを見守っていただけるとうれしいです。

吉田知那美(よしだ・ちなみ)
1991年7月26日生まれ。北海道北見市出身。幼少の頃からカーリングをはじめ、常呂中学校時代に日本選手権で3位になるなどして脚光を浴びる。2011年、北海道銀行フォルティウス(当時)入り。2014年ソチ五輪に出場し、5位入賞に貢献。その後、2014年6月にロコ ・ソラーレに加入。2016年世界選手権で準優勝という快挙を遂げると、2018年平昌五輪で銅メダル、2022年北京五輪で銀メダルを獲得した。2022年夏に結婚。趣味は料理で特技は食べっぷりと飲みっぷり