奥野一成のマネー&スポーツ講座(41)〜起業で考える2種類のビジネス潮流

 集英高校の野球部顧問を務めながら、家庭科の授業で生徒たちに投資について教えている奥野一成先生から、経済に関するさまざまな話を聞いてきた3年生の野球部女子マネージャー・佐々木由紀と新入部員の野球小僧・鈴木一郎。これまで投資について考えてきたふたりだが、しだいにこれらの理論を具体的に自分の人生にあてはめて実践してみたいと思うようになっていた。

 投資的な考え方と自分のこれからの人生――まず直結するのは、「自分がこれからどのような職業を選択するか」だった。前回は、「ふたりが好きな野球に関連した仕事に就くためにはどうすればいいのか」という話を聞いた。3人の会話は次の日も続いた。

奥野「まず、ここまでをちょっと整理しておこうか。

 野球に関する仕事としての頂点は、プロ野球の選手になること。それは疑いようのない事実だけど、問題は極めて狭い門だということだよね。プロ野球選手になれる人なんて、本当にごく一部だし、仮になれたとしても、レギュラー選手であり続けるのはめちゃくちゃ大変で、しかも選手寿命は極めて短い。

 そうなると、野球が好きな人にとって、関連の仕事に就くための最も現実的な選択肢としては、スポーツ用品メーカー、イベントビジネス、スポーツトレーナー、栄養士など、野球に近い分野の仕事をしている会社に就職することになる。とはいえ、そういう会社に入っても、必ず野球に関連する部署に配属されるかどうかはわからない。下手をしたら会社員生活のなかで一度も携われないことだって、十分に考えられるよね。

 だったら『自分でビジネスを始めてしまえ』と考える人がいるかもしれないけど、もし自分で野球関連の仕事を立ち上げるのだとしたら、まずビジネスアイデアが必要になってくる。そのためには、野球のどういうことに困っている人がいるのか、ということを考えなければならない。ビジネスは世の中の人たちの困りごとを解決するから生まれるものだからだ。

 そのためには、自分の強みを磨くのと同時に、世の中を知ることが大事になる。そうすれば、どこに困りごとがあるのかが、少しずつ見えてくるかもしれないからね」

鈴木「野球について、いま困っていることって何だろう」
由紀「人や環境によっても違いそうね」

【「人を動かす」と「自分が動く」】

奥野「そうだね。『世の中の人たちが何に困っていて、どういうビジネスだったらひょっとして受け入れられるのではないか』という話はまた後ですることにして、ひとまず知っておいたほうがいいことは、世の中にはどのようなビジネスがあって、君たちがどういうビジネスと働き方を選択するのかということだと思うんだ。

 ここでは2種類のビジネスのあり方を紹介しよう。

 第一のビジネスとしては、自分は動かずに人を動かして、人に稼いでもらう方法がある。いわゆるプラットフォーマーとか、マッチングビジネスがこれに該当する。たとえば一方に野球を教えてもらいたい人がいて、もう一方に野球を教えられる人がいる。この両者をマッチングさせるんだ。そして、両者の間に入ったプラットフォーマーは野球を教えてもらいたいという人から手数料を取ったりする。

 第二のビジネスは、自分自身の付加価値を高めるのと同時に、自分が動いて稼ぐ方法だね。自分は野球を教えることができる。前回、それだけで仕事になるかどうかは疑わしいという話をしたけど、それに加えて英語もできて、栄養士の資格も持っているとしたら、選手の海外移籍の相談や栄養面の相談にも乗ることができる。このように自分自身に付加価値があれば、野球を教えてもらいたいという人と直接契約を結んで、自分で直接教えることができる。

 ただ、こういうビジネスにはひとつ問題があって、それは『営業ができるかどうか』ということなんだ。どれだけ野球好きで、技術があり、かつさまざまな付加価値を備えているとしても、肝心の自分を売り込む営業力がなかったら、仕事はいつまでも来ないよね。野球に限らず、そういう個人や企業は多いと思う。

 逆に言えば、だからこそ第一のプラットフォーマーが重宝される。

『自分で動いて稼ぐ人』でも、たとえばプラットフォーマーに、『私は野球を教えられる人です』ということで登録しておけば、登録者リストを見て、野球を教えてもらいたいという人が、きっと君たちを見つけてくれると思うんだ。これなら営業で苦労しなくて済む。ただしその代わりに、プラットフォーマーにガッツリ手数料を中抜きされるから、相当に頑張らないと収益が上がらない。どれもこれも一長一短。現実は厳しいね」

由紀「そうなると、やはり手数料を中抜きできるプラットフォーマーになるのが一番いい感じがしますね」
鈴木「確かにプラットフォーマーならどんどん儲かるような気がする。僕、プラットフォーマーになります!」

【プラットフォーマーの覇者になるには】

奥野「でも、プラットフォーマー型のビジネスにも弱点があるんだ。それは、参入障壁がとても低いことなんだよ。

 だって、野球を教えてもらいたいという人と、野球を教えたいという人をマッチングさせているだけなんだから、このビジネスモデルを運営する人自身には何の付加価値がなくても、ビジネスとして成立してしまう。野球のことなんか何も知らなくても、それこそ興味すらなかったとしても、そのマッチングビジネスに『儲かる匂い』がするなら、誰もがそこに参入してくるはずなんだ。

 ということは、仮に君たちが真っ先にこういったビジネスのアイデアを考えて、先駆者としてビジネスをスタートさせたとしても、必ず後を追い掛けてくる新規参入者が出てくる。そうなると、君たちは新規参入者と競争しなければならない。もし、似たようなサービスだったら、必然的に価格競争になって、儲けはどんどんなくなっていく。プラットフォーマーの覇者になるのは、本当に大変なことなんだ。

 たぶん君たちは今、『Apple』や『Google』、『Amazon』のような巨大プラットフォーマーをイメージして、『やっぱり儲かっているじゃん』って思っているだろうけど、じゃあ今から『Amazon』と同じようなビジネスを立ち上げて、ジェフ・ベゾスに勝てると思うかい?」

2人「思いません!」

奥野「でしょう。あそこまで巨大化してしまうと、競合他社はもう出てこない。でも、そこまでになるためには、とにかく他の人たちがアイデアを思いつく前に、どんどん先んじて手を打ち、新しいサービスを次々に立ち上げて、競合他社を圧倒しなければならない。プラットフォーマーは参入障壁が低いぶん、そこでビジネスを大きくするのは常人ではとても無理。なんて言ったら夢が壊れてしまうかもしれないけど、そのくらい、自分でビジネスを立ち上げ、それをスケールアップさせるのは難しいっていうことなんだよ」

奥野一成(おくの・かずしげ)
農林中金バリューインベストメンツ株式会社(NVIC) 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)。京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2014年から現職。バフェットの投資哲学に通ずる「長期厳選投資」を実践する日本では稀有なパイオニア。その投資哲学で高い運用実績を上げ続け、機関投資家向けファンドの運用総額は3000億円超を誇る。更に多くの日本人を豊かにするために、機関投資家向けの巨大ファンドを「おおぶね」として個人にも開放している。著書に『教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』『投資家の思考法』など。『マンガでわかるお金を増やす思考法』が発売中。