バルセロナ時代、まだ20歳になっていないリオネル・メッシのインタビューで、筆者はひとつ、驚かされたことがあった。「敗北を糧にする」という話の流れだったが、メッシはそれを頭から否定した。

「敗北から学びとる? そんなことはあり得ない。負けた人間がどうやって成長できるの? フットボールの世界では勝った人間だけが学び、成長できる」

 メッシはそう断言し、こう続けた。

「僕は全部勝ちたい。たとえば、『どのタイトルがほしい?』なんて質問があるけど、どれかを選ぶなんてできない。すべてほしいんだから。どうしてそこまで勝利にこだわれるのか? それはアルゼンチン人だからさ。僕はどんな試合も勝つことしか考えない。アルゼンチン代表なら、なおさら。負けることなんて想像もしない」

 それがのちに世界最高のフットボーラーになったメッシの勝負論だった。そしてそれは多かれ少なかれ、アルゼンチンフットボールを象徴するものでもある。面食らうほどの勝利絶対主義だ。だからこそ、彼らは世界王者になり得たのかもしれない。

 この日、メッシが試合を観戦していたら、なんと言葉を発しただろうか?


冴えない表情で戦況を見つめるハビエル・マスチェラーノU−22アルゼンチン代表監督 photo by Sano Miki

 11月18日、清水。メッシの元同僚であるハビエル・マスチェラーノ監督が率いるU−22アルゼンチン代表は、U−22日本代表に5−2と完敗を喫している。負けただけではない。5得点を叩き込まれ、反撃の手も打てず、情けない姿を晒したのだ。

 前半18分に日本に1−0と先制されたが、その後は悪くない流れだった。劣勢ではあったにせよ、要所で勝負強さを見せた。22分、五分五分のボールをつつき出し、ショートカウンターからパブロ・ソラーリが鮮やかに同点。後半5分にも、ゴール前でFKを取ると、チアゴ・アルマダがコースを狙ったキックで逆転に成功した。これで優位に立つかと思われた。

 だが後半21分、劣勢だった左サイドで、半田陸からディフェンスラインの前でフリーになった鈴木唯人へパスを通され、左足の一撃を浴びた。

【沈痛すぎるマスチェラーノの表情】

 同点にされた後、アルゼンチンは極端に浮き足立つ。後半30分には自陣でボールを失い、ショートカウンターを浴びると、左からクロスを再び鈴木に決められた。5分後にも左サイドでの攻防に敗れ、ボールを運ばれて4失点目。最後はロングパス1本で抜け出され、5失点目を喫した。

「Preocupante」(気がかりな、心配な)

 マスチェラーノ監督は、その言葉を何度も口にした。試合後の監督会見で使う言葉としては、かなり重い。会見は指揮官として体面を保つべき場面であり、そこでの「心配」という表現は危機的状況と隣り合わせと言える。本来はアウェーの監督であるマスチェラーノが先に会見へ来るはずが、日本の大岩剛監督のほうが先だった。受けた衝撃の大きさと無関係ではないだろう。実際に会見での表情は沈痛で、悲劇に遭遇したかのように重かった。

 敗北の痛みは強烈だ。

「長旅の影響などがあるのでしょうか?」

 日本人メディアの気を遣った問いかけに、マスチェラーノはさすがに意地を見せた。

「私は言い訳を探すようなタイプではない。同点にされてから与えた"弱いチーム"というイメージが心配だ。組織が崩れ、試合をコントロールできなくなり、たくさんのボールを失った。一方で日本は素早くボールを奪回し、ダメージを与えてきた。我々はミスをすることによって、自信が失われていった。最後の25分間、完全に凌駕されていた」

 マスチェラーノ自身、現役生活は多くの勝利に彩られている。バルサ時代には2度のチャンピオンズリーグ優勝、5度のラ・リーガ優勝、2度のクラブW杯優勝を手にしている。アルゼンチン代表としても2度の五輪優勝、2014年ブラジルW杯はファイナリストだ。

 日本に5−2での完敗は屈辱的だろう。

「(親善試合で)このような内容、結果は初めてのことで、心配している。このように感じることは、決していいことではない。試合で起きたことすべてを分析し、たくさんのことを修正しなければならないだろう」

 そのキャリアに敬意を表し、最後はメディアの拍手で送り出されたが、むしろ生来の勝利者には皮肉な光景だった。

 今年3月、マスチェラーノはU−20W杯出場を逃し、一度は辞任を決意していた。急遽、本大会のアルゼンチンでの代替開催が決まり、再びチームを率いるも、ベスト16止まり。彼自身は「選手の重圧を取り払い、プレーを楽しんでもらいたい。ピッチで自由に表現できることで、良さを出せるはず」と、過剰に勝利を要求する時代に終止符を打とうとした。だが、それが勝負弱さにつながっているとすれば......。はたして、どのようなアプローチが正解なのか?

 アルゼンチン人は極端に敗北を憎むが、実は向き合う術も知っていた。たとえばカタールW杯ではメッシを中心に世界王者になったが、初戦でサウジアラビアに逆転負けしていた。つまり、彼らは敗北を勝利に転換できたのだ。古くは1990年のイタリアW杯でも、初戦のカメルーンにまさかの敗北を喫した後、しぶとい戦いで巻き返してファイナリストになった。

 アルゼンチンはただでは転ばない。負けた後、恐ろしく強くなる。不屈さが彼らの伝統だと言える。人一倍、負けを憎むことによって生み出される"勝利の方程式"だ。だが勝利であれ、敗北であれ、結果と向き合うのは簡単ではない。