中村憲剛×佐藤寿人
第17回「日本サッカー向上委員会」前編

 1980年生まれの中村憲剛と、1982年生まれの佐藤寿人。2020年シーズンかぎりでユニフォームを脱いだふたりのレジェンドは、現役時代から仲がいい。気の置けない関係だから、彼らが交わすトークは本音ばかりだ。

 ならば、ふたりに日本サッカーについて語り合ってもらえれば、もっといい未来が見えてくるのではないか。飾らない言葉が飛び交う「日本サッカー向上委員会」第17回は「第二次・森保政権」となった日本代表について。これまでの試合を振り返り、日本サッカーの現在地について語ってもらった。

 後半では、話題となったJリーグのシーズン移行について。世界のカレンダーに合わせた「秋春制」について、ふたりはどのような考えを持っているのか。

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冨安健洋(左)が日本のレベルを引き上げている photo by Getty Images

── 今年3月に「第二次・森保政権」がスタートして8試合を戦いましたが、カタールワールドカップ後の日本代表をどう評価されていますか。

憲剛 強い。と思います。

寿人 強いですね。

憲剛 親善試合というのもありますけど、ドイツはもちろん、ほかの対戦国も力があっていいメンバーもいたなかで、相手を見ながら自分たちでボールを握り、隙を見つけたうえでそこを突いてしっかり点を取ってちゃんと勝っているのが、何より評価されるところだと思います。

 ドイツ戦もそうでしたけど、同じ土俵に立ったうえで相手を上回って勝っているので、すごく成熟している感じを受けましたね。

寿人 チュニジアには去年0-3で負けましたし、カナダにも1-2で負けていますけど、今回はしっかりと勝ちきりましたからね(チュジニア戦2-0、カナダ戦4-1)。日本代表のほうはメンバーを少し代えながら、人が代わってもやるべきことは変わらなかった。

 親善試合のなかで、時間帯とか状況に応じていろんなチャレンジをしながら、なおかつ勝ちきった。そういうところでは本当に収穫しかなくて、逆に悪いところを探すほうが難しいのかなと思うくらいです。

── 特に優れていると感じるところはどこですか。

寿人 守備は強度も含めて、ワールドカップの時とは全然違いますよね。

憲剛 やっぱり、冨安(健洋/アーセナル)の存在が大きいです。彼が最終ラインに入って、ラインを高くキープすることで、FW・MF・DFの3ラインが非常にコンパクトになった。自分たちの陣地ではなく相手陣内で守備をして、こぼれてきたボールも高い位置で奪えているので、すぐに攻撃につなげられている。

寿人 本当にそうですよね。テレビで見ていても、画面に映っている選手の人数がめちゃくちゃ多いですから。それほどコンパクトにやれている。もちろんリスク管理の意識を持ちながらも、かなり高いポジションでできているのが大きいですよ。

憲剛 去年の9月のドイツ遠征の前に、コンセプトに関して「もっとスタッフからアプローチがあってもいいんじゃないか」という話を選手たちが提案した記事があったと思うんですけど、そこから森保監督が提示したものに対して、選手たちは各クラブでの経験値や考えを合わせながらコミュニケーションを取って、ワールドカップでチームを作っていたと思うんです。

 その結果がベスト16だったことを受けて、「じゃあ、ここからもっと上に行くためには」と考えた時に、チームのコンセプト・プレーモデルをしっかりと提示し、そこが明確になったことで、選手たちは守備も攻撃もやりやすくなったはず。それに加えて、個々のパーソナリティや武器というものを発揮できる状態にもなったのかなと。

 基準がものすごく高くなっていると感じますし、求められるものも高くなっている。毎試合メンバーが入れ替わることで、選手たちは生き残るために必死です。高いレベルの競争力が今の強さに結びついているのかなと感じますね。

── 新体制となった3月の試合では、まだ手探り状態にあるのかなと感じました。ですが、6月以降の試合では、戦い方が明確になった気がします。

寿人 もちろん森保監督とすれば、代表チームだけじゃなくてクラブレベルも含めて一緒にやってきたスタッフから、新たなコーチンググループに変わったタイミングだったので、いろんなことを試しながらやっていたと思います。

 新しく加わった名波(浩)さんや(前田)遼一がどういうプラスアルファを作れるかっていうところは、やっぱり3月の時点では難しかったのかなと。でも試合を重ねるなかで、それぞれの提示することが整理されていると思いますし、いろんなことが積み上げられてきている感じはしますね。

憲剛 3月の試合は相手の力量もかなりありましたからね。コロンビアもウルグアイも強いチームでしたから。たしかにあの時はサイドバックが内側に入る戦い方を試したりしていましたけど、そこもいろんな引き出しを増やしたい狙いがあったんだと思います。

 そのなかで一番大きかったのは、アウェーのドイツ戦。あのインパクトは強烈でした。あの試合で世間の見方もだいぶ変わったし、日本代表の風向きが変わった瞬間だったのかなと。世界的にも「日本、強いな」という印象を与えられたと思います。

 その後にトルコ、カナダ、チュニジアにも勝ったことで、さらにその印象は強くなっていると思います。まだ8試合ですが、第一次政権からの積み上げはすごくあると思いますし、今のチームからは自信がみなぎっている感じがしますね。

── 高い位置でボールを取って、縦に速く攻めるやり方がうまくハマっていますよね。

憲剛 もともと、森保さんは「いい守備からいい攻撃」をメインコンセプトにしている方です。ワールドカップの反省から「ボールをもっと握る時間も増やさないと上には行けない」というチームの共通認識は生まれたと思いますが、そっち(攻撃)に針が振れすぎて、大事なところ(守備)を見失うというのは、よくあること。

 3月の試合ではボールを握ろうとする意識を強く持ちすぎたのかなと思いますけど、6月の試合からは力関係もありますが、相手を見ながら、攻守で自分たちが主導権を握って戦うやり方にシフトしていったのかなと。もちろん速く攻めるだけじゃなくて、ボールを持つ時間もある。そこのバランスがうまく取れ始めている印象です。

── 前線にスピードがある選手が多いのも、日本の強みとなっています。

憲剛 それも含めて、今のサッカーを下支えしているのは、個人的には冨安だと思っているんですよ。彼がいることで横幅68メートルを4人で守れるし、ラインを低くしなくてもすむ。ビルドアップも優れているし、対角のボールも蹴れるので、彼がひとりうしろにいることで、いろんな意味で高い位置でやれている気はします。

 冨安が引っ張っているという言い方は正しいかわからないですけど、彼のパフォーマンスにつられてみんなのレベルや基準もどんどん高まっているんじゃないかなと。このレベルに達しなければ置いてかれるみたいな空気感が、今の代表にはあると思います。

── よほど自信がないと、ハイラインを敷くことは怖くてできないですよね。

憲剛 (アンジェ・)ポステコグルー(現トッテナム監督)が来た当初の(横浜F・)マリノスほどハイラインじゃないんですけど、状況を見ながらラインを上げ下げして相手をコントロールし、常に自分たちの戦う面積を狭くして、そのなかで上回っていることは単純にすごいなと思います。なので、技術や強度を発揮できる選手がより残っていけると思うし、サッカーIQが求められるサッカーになってきていると思います。

── 寿人さんは、今のチームのキーマンを挙げるとすると?

寿人 やっぱり、うしろの選手ですよね。あれだけ守れるエリアが広いと前に押し出せますし、 前に人数もかけられる。前からのプレスが外された時にも、広大なスペースをカバーできる個人の能力であるので、そこはかなり大きいと思います。そこで人が代わっても、たぶんやることは変えてないので、求められる基準が本当に高くなってきているなと感じますね。

 あと、前線の選手も、前は2度追い、3度追いみたいな感じでやっていたと思うんですが、今はファーストディフェンダーのところでしっかりと限定していきながら、うしろの選手が連動して守れるようになっている。カタールワールドカップの時の守備とは変わってきているなと感じます。

憲剛 冨安、(板倉)滉(ボルシアMG)、守田(英正/スポルティング)、遠藤(航/リバプール)の四角形が非常に秀逸です。ここが非常に堅いので、前線の選手はうしろを気にせずに、自分が対峙しなきゃいけない目の前の選手にフォーカスできていると思います。

 自分がプレスのスイッチを入れれば、うしろで刈り取ってくれる、フィルターになってインターセプトしてくれる、という安心感があるので、前の選手は思いきってプレスに行きやすい。それが迫力あるプレスにつながっているかなと。

寿人 たしかにうしろが不安だと、なかなか行けないですよね。

憲剛 「これ、行って大丈夫?」みたいな感覚になると、プレスの迫力は当然出しにくい。そういう意味では、安心感はすごくあると思うし、たぶんうしろからも「行け!」と言われているんじゃないかな。

 そこは継続の強みでもあると思います。森保体制も5年目になり、かなり積み上げられています。仮に新監督が就任していたら、ここまでの練度のチームは作れないと思います。なので、成熟度の高さはすごく感じますね。

── 外せない選手がいるという意味では、すでに序列というものがある程度、できている感じもします。

憲剛 1月にアジアカップがありますからね。それは当然、あって然るべきだと思います。11月からはワールドカップ予選も始まりますし。

寿人 ワールドカップ予選はどうしても、相手の強度が落ちるじゃないですか。だから今後を占うという意味では、アジアカップがひとつの評価基準になると思います。

憲剛 個人的には、アジアカップは公式戦になるので、そう簡単にはいかないと思っています。もちろん、うまくいくに越したことはないんだけど、私は心配性なので(苦笑)。そう、うまくはいかないのでは、と言っておいたほうがいいかなという。現状、不安要素が見当たらないくらい充実していますけど。

(中編につづく)

◆第17回・中編>>日本代表ポジション争い「三笘薫ですらベンチの可能性」


【profile】
中村憲剛(なかむら・けんご)
1980年10月31日生まれ、東京都小平市出身。久留米高校から中央大学に進学し、2003年にテスト生として参加していた川崎フロンターレに加入。2020年に現役を引退するまで移籍することなく18年間チームひと筋でプレーし、川崎に3度のJ1優勝(2017年、2018年、2020年)をもたらすなど黄金時代を築く。2016年にはJリーグMVPを受賞。日本代表・通算68試合6得点。ポジション=MF。身長175cm、体重65kg。

佐藤寿人(さとう・ひさと)
1982年3月12日生まれ、埼玉県春日部市出身。兄・勇人とそろってジェフユナイテッド市原(現・千葉)ジュニアユースに入団し、ユースを経て2000年にトップ昇格。その後、セレッソ大阪→ベガルタ仙台でプレーし、2005年から12年間サンフレッチェ広島に在籍。2012年にはJリーグMVPに輝く。2017年に名古屋グランパス、2019年に古巣のジェフ千葉に移籍し、2020年に現役を引退。Jリーグ通算220得点は歴代1位。日本代表・通算31試合4得点。ポジション=FW。身長170cm、体重71kg。