9月9日、営業停止中の「銀座 天一 銀座三越レストラン店」

 9月9日の土曜日。東京・銀座は歩行者天国となり、外国人観光客で賑わっていた。百貨店「銀座三越」のレストラン街でも順番待ちの列ができていたが、天ぷらの老舗「銀座 天一 銀座三越レストラン店」は閉店したままだった。

 その理由は、漂白剤が入った水を客に提供して食中毒を起こし、中央区の保健所が、9月8日から4日間の営業停止処分を科したためだ。

 天一は1930(昭和5)年に創業。作家の武者小路実篤ら白樺派がサロンとして愛用するなど、国内外の文化人、そして政財界の重鎮が御用達とした名門だ。現在は銀座本店をはじめとして、帝国ホテルなどにも出店、全国で29店舗を運営している。ランチのコースが1万円を超える高級店だ。

 食中毒が起きたのは8月31日の夕方のことだった。経営コンサルタントの男性が、席を予約した上で、午後6時ごろに夫婦で訪れた。

 2人はカウンター席に案内され、まず男性の妻が、喉が渇いていたため氷なしの水を所望した。水は届かないまま、夫婦は料理を注文して、さらに飲み物を注文した後、ドリンクメニューを持って厨房へ戻ろうとする中年の女性店員に、妻が再度、「お水が先ですよ、お願いします」と声をかけた。

 この女性店員が水1杯とウーロン茶2杯を持って来て、妻が水を一気に飲んだが、この水に漂白剤が入っていたのだ。夫婦を怒らせたのは、天一側の対応だった。

「水を飲んだ妻がすぐに異臭に気づいて、カウンターの中の料理人(男性店長)に『これ、おかしいです!』と叫んだのに、何も反応しませんでした。妻が振り向くと、水を持ってきた女性店員がいたため、女性店員にも再度『おかしいです』と言ったのに、女性店員も反応しなかったのです。

 そして、妻が改めてコップの水の臭いをかぐと、明らかな刺激臭がしました。私にそれを伝えているとき、女性店員が、あろうことか無言でコップを持ち去り、厨房へ向かったのです」(経営コンサルタントの男性)

 妻は、喉の痛みを感じ始めていたが、コップを持って行かれればコトがうやむやにされてしまうと思い、女性店員を追いかけて厨房に行った。すると女性店員は、厨房入口の洗い場でコップの水を捨てようとしていたため、妻がコップを奪い返し、カウンターに戻って来た。

 妻に促されて男性もコップの臭いをかぐと、強烈な塩酸のような臭いがした。妻は、対処しない店員を横にして携帯電話で110番通報したが、ノドの痛みが激しくなったため夫に携帯電話を預け、指を口に突っ込んで吐こうとした。

「その時、別の女性店員が来て、『ここでやると迷惑なので、トイレに移ってください』と言ったのです。妻はそれどころではありませんでした。また、このやり取りを見ていたカウンターの料理人も、さも迷惑そうな顔で見ていたのです」(コンサルタントの男性)

 男性が電話で事情を説明し、築地警察署の警官が急行すると聞いて電話を切ると、妻のノドの痛みはさらに増し、カウンターにうつ伏せになって苦しむようになった。ここでようやく天一側も事態を認識して、テーブルポットの水をコップに入れて来て、ノドをすすぐように促し始めたのである。

 しかし、コンサルタントの男性の怒りはさらに増した。

「私が、『この水はどこの水を注いだのか?』と男性店員に聞くと、『このテーブルポットの水を注ぎました』と答えましたが、テーブルポットには氷が入っていて水は冷たく、無臭。妻が飲んだのは常温の水で、明らかに嘘でした」

 憤慨した男性が立ち上がって厨房に向かうと、洗い場の脇にステンレス製のピッチャーが置かれ、フタを開けて臭うと強烈な刺激臭がした。男性を追って来た女性店員を問い詰めると、このピッチャーの水を入れたことを認めたという。

 こうして、男性にとっては天一側の“証拠隠滅”の行為を追及した後、カウンターへ戻ると、妻は「喉が焼けるように痛い」と言って、氷入りの水を飲んでは吐くを繰り返していた……。

 漂白剤入りの水を出した原因は、女性店員が容器を間違えたことだ。

 天一銀座三越店では、ステンレス製ピッチャーに天つゆを入れており、洗浄する際には、業務用漂白剤を水で薄めて漂白していた。女性店員は、飲料水が入ったテーブルポットと、無造作に置かれた漂白中のピッチャーを取り間違え、漂白剤の入った水をコップに注いでしまったという。

「しかし、ステンレス製ピッチャーは全面がステンレス製で、1.79リットル入り。テーブルポットは、胴部はステンレス製ですが、上部と取っ手が黒のプラスチックで、0・5リットル入り。この2つは、形状も大きさも明らかに異なるので、おいそれと間違えるとは思えないのです」(男性)

 午後6時45分ごろ、築地警察署の警官4、5人が到着した。天一側が呼んだ救急車が到着したのは、1時間近く過ぎた午後7時20分ごろだった。

 妻は東京医科歯科大学病院に搬送された。救急医の所見によれば、「漂白剤に含まれる次亜塩素酸ナトリウムの誤飲による急性中毒であり、腐食性食道炎や食道穿孔の危険があり、集中治療のうえ、経過観察のために3日〜5日の入院を要する」とのことだった。

 しかし、その後の天一の対応は、男性をさらに呆れさせるものだった。

「これほどの重過失を起こしたのに、天一は翌日も営業していました。『営業は構わない』と警察に言われたとのことですが、中央区の保健所に報告したのは、3日後の9月3日だったのです。私たちは天一の対応を許すことはできず、築地警察署に業務上重過失傷害等で被害届を出しました」(コンサルタントの男性)

 天一に、容器を取り違えた原因、店員の言動などについての認識を聞くと、運営会社である株式会社天一の矢吹友一社長が、こう回答した。

「このたびは大変申し訳ありませんでした。今後、体調を崩されたお客様のご回復と心のケアを第一に、誠心誠意尽力してまいります。

 飲料水は、テーブルポットのほかに、ステンレスピッチャーにも入れていました。天つゆを入れているステンレスピッチャーと飲料水を入れているステンレスピッチャーの大きさは異なりますが、形状が似ているために取り違えてしまいました。現在、飲料水はテーブルポットを専用として、置き場所を固定するなど、再発防止のための改善を実施しました。

 また、店員の言動等につきましては、警察の捜査に全面協力しているところで、回答は差し控えさせてください。銀座三越店は保健所の許可を得て、9月13日11時から営業を再開しました」

 天一のホームページでは、《このひと時を楽しむお客様と、もてなす側の心のハーモニー》と、ホスピタリティの高さを強調しているが、今回生じた不協和音は、容易に治まりそうにない。

取材/文・坂田拓也