中村憲剛×佐藤寿人
第16回「日本サッカー向上委員会」中編

◆第16回・前編>>「超高校級と言われようが...」「J1のピッチに立たないと...」

 1980年生まれの中村憲剛と、1982年生まれの佐藤寿人。2020年シーズンかぎりでユニフォームを脱いだふたりのレジェンドは、現役時代から仲がいい。気の置けない関係だから、彼らが交わすトークは本音ばかりだ。

 ならば、ふたりに日本サッカーについて語り合ってもらえれば、もっといい未来が見えてくるのではないか。飾らない言葉が飛び交う「日本サッカー向上委員会」の第16回は、2021年春の対談で語り合った「若手プレーヤーの成長」のその後にスポットを当ててみる。

※参照=第2回「中村憲剛と佐藤寿人に聞いた『増加する若手の海外移籍』どう思う?」

 この2年間でさらに加速した「若手の海外移籍」──。彼らがJリーグから世界に飛び出したことで、果たして日本サッカーは順調にレベルアップしているのだろうか。

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中村憲剛氏がアンダー世代を見て思うこととは?

── 寿人さんは2001年のワールドユースに出場しましたけど、当時のメンバーのなかにJ1でレギュラークラスの選手はどれくらい在籍していましたか。

寿人 今回は、僕ら以来のグループリーグ敗退ですからね(笑)。しかも、同じアルゼンチン開催で。

 僕らの時はアベちゃん(阿部勇樹/ジェフユナイテッド市原/当時・以下同)がバリバリやっていましたけど、ケガでこの大会には出られなかったんですよ。あとは(大久保)嘉人(セレッソ大阪)、松井(大輔/京都パープルサンガ)、コンちゃん(今野泰幸/コンサドーレ札幌)、モニ(茂庭照幸/湘南ベルマーレ)とかもケガで外れたんですよね。彼らもチームではレギュラークラスだったと思います。

 登録メンバーのなかでは、カズ(森粼和幸/サンフレッチェ広島)とか駒ちゃん(駒野友一/サンフレッチェ広島)とかは普通に出ていましたし、僕とか(前田)遼一(ジュビロ磐田)とか、ナオ(石川直宏/横浜F・マリノス)とか攻撃の選手は、ベンチだったり、徐々に出場機会を増やしつつあるタイミングだったと思います。

 ただ、当時はJ3もないし、J2もまだ10チームくらいだったので、今と比べることはできないと思います。

憲剛 そうか、まだチーム数が多くなかったから当時は、J1にいることが当たり前だったんだ。

寿人 J2で経験を積むという流れは、まだそんなになかったと思います。僕もセレッソに行ったのは2002年ですから。

憲剛 今はこの世代でもどんどん海外に行けるようになってきて、育成年代の強化という観点では、海外から日本の若手選手は評価され始めているのかなと。佐野航大は岡山からオランダ(NEC)に行ったし、松田隼風も水戸からドイツ(ハノーファー)に行って。世代はひとつ上ですけど、佐藤恵允は大学(明治大)からブレーメンですからね。

寿人 でも、行ってからじゃないですか。

憲剛 そうなんだよね。戻ってきている選手もけっこういるし。

寿人 留学みたいな感じですよね。だから、海外に行く選手が増えたからと言っても、育成の成功とはならないと思うんですよ。僕らの頃と今とでは、時代も違いますから。

憲剛 日本人を見る目がオープンになっているからね。即戦力ではなく、いろんな可能性を秘めた移籍も増えている。寿人が言うように、行くだけじゃダメだよね。行って、活躍したら、成功になる。行ってそこから這い上がっていく──という強い意志がないとダメなんだと思います。

 鎌田(大地/現ラツィオ)、遠藤(航/現リバプール)、富安(健洋/現アーセナル)もそうだけど、まずベルギー(シント・トロイデン)で結果を出したからこそ、ステップアップを実現できた。行きさえすれば、チャンスは間違いなく広がる。でも、そのチャンスを掴めるか、掴めないかは自分次第なんだろうなと。

寿人 海外に人材が流出しているということは、国内でそこのポジションが空くわけじゃないですか。そういう意味では、若い年代が台頭しやすい状況にあるはずなんですけど、実際はそこまで出てきていないという感じがするんですよね。

── 若手が伸び悩んでいると?

憲剛 言うほど伸び悩んでいる? たしかにU-20代表は結果を出せませんでしたけど、それだけで判断するのはどうなのかなと。

 みんなが望むこと(=優勝)はとても大切だし、目線が上がったからこそ育成年代の総合的なレベルが上がり、裾野は広がって来ているとは思っています。逆に過去を振り返った時に、20歳前後に世界的にずば抜けたタレントはいたのかなと。

寿人 どこをゴールにするか、じゃないですかね。U-20ワールドカップで優勝することはゴールではないじゃないですか。いかに上に行けるか、どうか。

 ひとりでも多くA代表まで行って、ひとりでも多く世界で活躍する選手が出てくるか。ここからどう伸びていくのかは人それぞれなので、たしかに現状では判断できないですよね。

憲剛 U-20代表から、A代表まで上がっていける選手は、半分にも満たないですからね。U-17でも監督のゴリさん(森山佳郎)が選手たちに最初に言うのは、ここがゴールじゃなくて、ここからがスタートだということ。

 こんなにいい環境でやれるんだから、それを経験していない子たちに抜かれるのはあり得ないよね......とハッパをかけるんだけど、実際にU-17代表からA代表にまで行ける子は数人、という現実がある。

寿人 僕はU-17、U-20と経験しましたけど、オリンピック代表には入れませんでした。

憲剛 でも、A代表には入ったわけだから、エリートだよ。入れなくて沈むのか、入れなかったことを糧(かて)にそこから再び伸びていくのか──。寿人は後者だから、すばらしいよ。

寿人 育成のところに関して言うと、指導者の問題もあったと思うんですよ。もしかしたらU-17の年代でいい選手を引き上げ切れていないところもあるんじゃないかって。

憲剛 それ、大変なのよ。スタッフの皆さんが手分けして見るんだけど、すべての選手を見るのは当然不可能だから、本当に大変だと思う。

寿人 僕の当時の話をさせてもらうと、U-16のアジア予選の登録FWは、僕と飯尾(一慶/ヴェルディ川崎ユース)だったんですけど、のちにプロになってA代表にも入った(大久保)嘉人とか(田中)達也(帝京高)は一回も招集されていない。当時から彼らは力があったはずなのに、目に留まるチャンスがなかったんですよね。

 たしかに当時は難しかったかもしれないですけど、今は全国各地にJクラブができて、指導者も増えている。そうであれば、力のある子をしっかりと引き上げてほしいんです。

憲剛 高校年代がリーグ戦方式になったのはだいぶ大きいよね。僕が高校生の時は関東大会、インターハイ、選手権しかなかったので、試合数が本当に少なかったなと。今、思うと、試合に出られない子は目標を持つことが難しい時代だった。

 だけど、今はプレミアリーグ、プリンスリーグ、各都道府県リーグができて、東京都だったら4部リーグくらいまであるから、多くの選手たちが試合に関われるようになってきた。だから、網目はかなり細かくなっているのは間違いないし、拾い上げる人数も増えている。

 だけど、広がったぶん、絶対的に見る側の数が足りないんですよ。指導者によって判断基準も違うから、なかなかすべてを網羅するのは難しい。

寿人 指導者の目も問われるんですよね。また僕の話ですけど、僕が初めてU-16に呼ばれた時は、正規のルートじゃなかったんですよ。

 国体の千葉県選抜の練習会に行った時に、「明日から鴨川でU-16の合宿があるから行ってこい」と急に言われて。行ってこいと言っても、呼ばれてないのに行くわけにはいかないじゃないですか。

 でも、ジェフのアカデミーのコーチだった加藤好男さんが「一度(佐藤寿人を)見てほしい」と言ってくれたらしく、合宿に参加することができたんです。それでトレーニングして、ゲームをして、結果を出したら、次からも呼んでくれた。だけど、好男さんのひと声がなかったら、僕はU-16代表には入れなかったわけなんです。

 僕は運がよかったですけど、実力があるのに選ばれなかった選手はたくさんいたと思う。だからもっといろんな目で、幅広く見てジャッジして、いろんな選手にチャンスが生まれるような形になっていかないといけないと思います。

憲剛 中学・高校くらいだとチームの数も選手の数も多いから、代表のコーチングスタッフの皆さんだけでは当然、見きれない。本当は直接見て、そこで判断するのが一番いいんだけど、すべてを現地で見ることは物理的に不可能だから、各地域の指導者の情報も重要になってくる。

 だけど、さっきも言ったけど人によって評価基準が違うから、どうしても埋もれてしまう選手は出てきてしまう。でも、逆に隠れた逸材が発掘されることもあるので、評価基準をある程度持ちながら、寿人が言ったようにいろんな目を持って、可能性のある選手を上手く引き上げてほしいとは思います。

寿人 僕は今、U-11プレミアリーグの全国大会のアンバサダーを務めているんです。やっぱり小学6年生が主体になるので、5年生の試合は少なくなる。それを確保するために「リーグ化して、全国大会としてやりましょう」という形で始まったんですけど、5年生のリーグ戦なんて昔はなかったんですよ。

(本田)圭佑も10歳以下を対象とした「独自の4対4の大会」を始めましたけど、年齢によって出場機会が減ってしまう課題を解消するという試みがいろんな人の力で生まれてきているのは、本当にいいことだと思います。

憲剛 小学生年代は難しい。第4種(12歳未満の小学生で構成されるチーム)でも各年代で年間を通してリーグ戦ができればいいんだけど、各地域で多くの大会があるので、各年代でのリーグ戦をやっている時間がないのが実状だと思います。

寿人 でも、リーグ戦じゃないとダメなんですよね。

憲剛 そうなのよ。だから「U-11プレミアリーグ」はすごくいい大会だと思う。結局、大事なのは、管理する大人の数なんですよね。

 リーグ戦をやろうと提案しても、人手が足りないから、なかなか実現できない。いくらいい仕組みを作っても、見るのも、吸い上げるのも、動かすのも、最終的にはマンパワーになるので、育成年代の強化は本当に大変だなと思います。

(後編につづく)

◆第16回・後編>>「リザーブリーグを作りましょう!特任理事の力でぜひ!」


【profile】
中村憲剛(なかむら・けんご)
1980年10月31日生まれ、東京都小平市出身。久留米高校から中央大学に進学し、2003年にテスト生として参加していた川崎フロンターレに加入。2020年に現役を引退するまで移籍することなく18年間チームひと筋でプレーし、川崎に3度のJ1優勝(2017年、2018年、2020年)をもたらすなど黄金時代を築く。2016年にはJリーグMVPを受賞。日本代表・通算68試合6得点。ポジション=MF。身長175cm、体重65kg。

佐藤寿人(さとう・ひさと)
1982年3月12日生まれ、埼玉県春日部市出身。兄・勇人とそろってジェフユナイテッド市原(現・千葉)ジュニアユースに入団し、ユースを経て2000年にトップ昇格。その後、セレッソ大阪→ベガルタ仙台でプレーし、2005年から12年間サンフレッチェ広島に在籍。2012年にはJリーグMVPに輝く。2017年に名古屋グランパス、2019年に古巣のジェフ千葉に移籍し、2020年に現役を引退。Jリーグ通算220得点は歴代1位。日本代表・通算31試合4得点。ポジション=FW。身長170cm、体重71kg。