◆前編のあらすじ

大手通信会社に勤める磯村(26)は、中学時代、小柄なせいで同級生から嫌がらせを受けていた。ある日、同窓会に参加し、当時似たようなつらい境遇にいた浜野と再会する。嫌がらせの首謀者である大山はすでに改心している様子で、磯村と浜野に謝罪し、ホームパーティーに誘ってくれたが…。

▶前回:暗黒の中学時代に植え付けられた、鬱屈した感情。男は“ある目的”で、同窓会に参加し…




狡猾な復讐【後編】


― こういう場、慣れてないんだよな。どこにいればいいんだろう…。

磯村は、落ち着かない様子でフロア内をうろつく。

今日は、大山に招かれたホームパーティーに参加していた。

場所は大山の住むタワーマンションのパーティールーム。湾岸エリアの夜景を望める広々とした空間に20人ほどの若い男女が集まり、思い思いに談笑している。

フロアには、専属のスタッフが配置されたバーカウンターがある。手持ち無沙汰になると、ついアルコールが進んでしまう。

― 大山、招いておいて放ったらかしかよ…。

磯村は煌びやかな空間で孤独感に苛まれながら、楽しそうに立ち話をしている大山のほうを恨めしく眺めた。

「あれ、磯村君じゃないか?」

名前を呼ばれて振り返ると、ワイングラスを片手にソファに座る浜野の姿があった。

「ああ、浜野君。君も来てたのか」

「うん。大山君に誘われてね」

浜野が口もとにグラスを傾ける。

― 随分と余裕があるな…。

浜野のどっしりと構えた様子に、磯村は気後れしていた自分をやや情けなく感じ、あえて隣の席に深く腰をおろして話を続けた。

「これって、どういう人たちの集まりなんだろう」

「仕事関係らしいよ」

― 転職エージェントって言ってたっけ…。

大山が、会社を立ち上げて半年ほどだと言っていたのを思い出す。

「じゃあ、僕はもう1杯ワインをもらってこようかな」

浜野は立ち上がってバーカウンターへと向かう。その小柄で恰幅のいい後ろ姿を目で追っていると、傍らから声が聞こえた。

「お隣って、空いてます?」

磯村の視界に、スラッと細い女性の足首が目に入る。

顔を上げると、ブルーのロングワンピースに身を包んだ、背の高い女性が立っていた。


女性の名は、杏奈といった。

大山と取引のある会社の広報を担当しているとのことだった。

背筋を伸ばした姿勢が凛としていて美しい。磯村は自分が小柄なこともあり、背が高くスタイルのいい女性に惹かれることが多く、隣に居られるだけで気分が高揚した。




「私、こういう場があんまり得意じゃなくて…」

磯村同様に身の置き場に困りうろついていたところ、このスペースを見つけたようだった。

― へぇ。慣れてそうに見えるのに、意外。

見た目の華やかさとは裏腹の発言にギャップを感じ、磯村はさらに親近感が湧いた。

「居場所を探しているうちに、つい飲み過ぎちゃいました…」

「僕も同じです」

「本当ですか?磯村さんみたいな、話しやすい人がいて良かった」

磯村は、自分の存在を受け入れてくれている杏奈の発言を素直に嬉しく感じた。

そして、会話を続けるうちに、この場限りの関係で終わらせたくないという思いが強くなっていく。

そもそも、この場にいること自体に強い縁に導かれたような感覚があり、杏奈との出会いにも必然性を感じずにはいられなくなった。

「あの…」

磯村は、自分を奮い立たせて尋ねた。

「もしよかったら、LINEとか交換て…」

杏奈がにこやかに、「もちろん」と答えた。

磯村は、運命の扉を開いたような達成感に満たされた。



磯村は、東京タワーの近くにある『テラス ダイニング タンゴ』で、杏奈が来るのを待っていた。




スマートフォンを眺め、出会ったその日の夜から1週間以上続けているLINEのやり取りを振り返る。

容姿が派手な部類に入るにもかかわらず言葉遣いが丁寧な杏奈に、磯村は落ち着いた印象を受けた。

返信も早く、警戒されている様子も見受けられないことから、さらに一歩踏み込んだLINEを送ったのだ。

『もし空いていれば、週末一緒に食事でもどうですか?』

思い切った誘いではあったが、快く受け入れられ、イタリアンが好きという杏奈の好みに合わせてこの店を選んだ。

そこで磯村は、傍らに人の立つ気配を感じた。

「やあ、磯村君じゃないか」

杏奈ではなく、男の声だった。しかも、聞き覚えのある…。

「え、浜野君…。なんで…?」

まさかの浜野との遭遇だった。ここ1ヶ月で何度も同じような状況を迎え、磯村もさすがに訝しむ。

「すみません。赤ワインて何がありますか?」

浜野は向かいの席に座り、スタッフを呼び寄せてふてぶてしく注文を始めた。

「いや、浜野君。ごめん。その席、今から人が来るんだ…」

浜野は注文を終えると、磯村と目を合わせた。

「その人、来ないよ」

「いや、約束してるから…」

「これのこと?」

浜野はポケットからスマートフォンを取り出し、画面を上に向けてテーブルの上に置いた。

LINE画面が表示され、その内容を見て磯村は激しく動揺する。

「え、ええ…。どういうこと…?」

表示されていたのは、磯村と杏奈のLINEのやり取りだった。

「僕だよ。君とLINEをしていたのは、全部僕なんだ」

にわかには信じ難い告白だったが、丁寧すぎる口調におぼえた違和感などは、浜野の言葉通りだと考えると合点がいった。

磯村のなかに、驚きとともに、怒りや恥じらいといった感情が湧き上がる。

それでも努めて平静を装い、尋ねた。

「じゃあ、杏奈さんは…?」

「ああ。そんな名前を使っていたね。彼女は芸能プロダクションに所属しているタレントさんだよ。僕が依頼して、ホームパーティーで君の相手をしてもらったんだ」

「はぁ…?」

「君の女性の好みは、だいたいわかるからね」

浜野は悪びれる様子もなく、笑みすら浮かべていた。

「なんで、こんなこと…」

「さあて、どこから話そうか…」

浜野のもとに、ワインが運ばれてきた。


「同窓会のときに、大山君に仕事の話をされただろう?」

浜野がワイングラスを口元に運ぶ。




「会社を立ち上げるときに、パートナーに裏切られたって言ってたと思うんだけど」

「ああ。それで、周りにいる人たちの大切さが身に染みてわかったって…」

「そのパートナーっていうのが、僕なんだ」

思いがけない告白に、磯村は戸惑いつつも興味を引かれた。

「大山君とは、大学卒業後に共通の友人を介して再会したんだ。彼はそのころ、転職支援の会社を立ち上げようとしていて、そのサイトのシステムの開発を主に依頼されたんだよ。

ただ彼は、中学のときに僕に嫌がらせをしていたことなんて、まるで覚えていなかった。それで少し腹が立ってね。作成したシステムを、別の会社に持っていくと脅してみたんだ。彼は慌ててたねぇ」

浜野は当時を振り返り、嬉しそうに話を続ける。

「彼は言ったんだよ。『何でもするからそれはやめてくれ』って。ちょうどそのころ、中学の同窓会が開催されるって話があがっていてさ。思いついたね。みんなの前で、かつての悪事を謝罪させてやろうって」

「あ…。だから、大山はあんなことを言い出したのか」

同窓会で挨拶を任された大山は、自分に危害を加えられたという人に名乗り出てほしいとマイクを通して呼びかけていた。

「そう。そこで僕は名乗り出るつもりだったよ。そうしたらどうだい。君がいるじゃないか。君も一緒に名乗り出ることになったから、作戦を変更したんだ。復讐のターゲットを、君に変えた」

「ええ…なんで…」

「やっぱり君も覚えていないんだ」

「なにを…?」

「僕が大山君に嫌がらせを受けるように仕向けたのは、君じゃないか」

浜野の言葉を聞いて、当時の記憶が鮮明に蘇った。



― そうか。そうだった。思い出した…。

磯村は中学時代、大山に高圧的な態度を取られていたが、自分と同じような見てくれの浜野が被害を受けていないことに釈然としていなかった。

そのころ、磯村は同じクラスの安達美花に思いを寄せていた。中学生離れしたスタイルのいい美花を、よく目で追っていた。

すると、もうひとり同じように、美花に熱い視線を送る人物がいることに気づいた。それが、浜野だった。

大山は美花と親しかったため、そのことを報告。そこで、ちょっとからかってやろうという計画が持ち上がった。

浜野を校舎の屋上に呼び出してもらうように美花に頼み、あたかも告白を受けるようなシチュエーションを用意した。

まんまと浜野が屋上にやって来たところで、磯村や大山を含めた男子生徒数人が姿を現し、囃し立てた。

それからだ。浜野も大山の標的となったのは…。




「そうか。だから僕に同じことをしたんだね」

磯村は、浜野がかつての仕返しのために杏奈を使ったのだと気づいた。

浜野が言っていた、「君の好みはだいたいわかる」という言葉にも納得がいった。

「ちなみに、あの杏奈という女性は、大山君の会社と取引のある芸能プロダクションの子さ」

「そうか…」

うな垂れる磯村に、浜野が追い打ちをかける。

「だから言ったじゃないか。『危害を受けたほうは相手をよく覚えてるけど、危害を加えたほうっていうのは、覚えてないもんなんだ』って」

同窓会の最中、浜野が呟いていた言葉を思い出す。

― あれは、僕に対して言っていたのか…。

深い溜め息をつく磯村の向かいで、浜野が満足そうにグラスのワインを飲み干した。

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