ロシアによるウクライナ侵攻はいつ終わるのか。安全保障の研究者であり、『日本で軍事を語るということ 軍事分析入門』(中央公論新社)を上梓した防衛研究所防衛政策研究室長の高橋杉雄氏に聞いた――。(聞き手・文=政治ジャーナリスト・清水克彦)
撮影=西田香織
防衛研究所防衛政策研究室長の高橋杉雄氏 - 撮影=西田香織

■ウクライナ戦争はあと3年以内に収束する?

――最近では、ロシアの民間軍事会社、ワグネルの反乱やウクライナ軍の反転攻勢が目に付きます。今後、戦争はどういうフェーズに入っていくと思いますか。

今は、ウクライナが反転攻勢を仕掛け、ロシアがそれをがっちりと受け止めている状態です。この展開がどう転がるかによって、例えば3年以内に終息する見通しが立つのか、あるいは、終息のシナリオが組み立てられない状況になるのかが決まってくると思います。

戦争が終わるときには停戦協定で終わります。ですからどこかで停戦交渉が行われることにはなります。

ウクライナ側の考え方は、今年中にクリミア半島を脅かす位置まで前進できれば、ロシアは停戦協議のテーブルに出てくるだろうということのようです。

ただ、プーチン大統領の戦争の目的というのは、ウクライナをロシアの勢力圏に組み込むことです。「どこかを占領して終わり」ということではなく、ウクライナ自体を作り変えたいわけです。

局地戦で多少負けて、これまで占領していた地域をウクライナ軍に奪還されたとしても、それで戦争をやめるとは思えないですね。

ロシアの「長期戦のリスク」は一つだけ

――そうなると、この先も消耗戦が続くことになりますね。

プーチン大統領は、国際社会がウクライナへの支援を止めるか、できなくなるかを待っています。とにかく長期戦になれば、国力に勝る自分たちに有利になると考えていて、決して諦めることはないでしょう。

ロシアでは、来年3月、大統領選挙がありますが、ここで負ける可能性はほぼありません。プーチン大統領にとって、ロシアにとって長期戦のリスクは、国内の反戦感情だけです。

反戦感情をコントロールする最良の方法は、多くのロシア人にとって、戦争を「他人事」と思わせ続けることです。戦争を自分のことだと考えると、みんな嫌になりますが、「あくまでテレビの中、スマホの中の出来事であって、自分の日常にはないもの」と思わせ続けることができれば、戦い続けることができます。

■プーチンもゼレンスキーも戦いを止めない

――ロシアの軍事力についてはどう評価していますか。

ロシア軍が強かったか? 弱かったか?」と聞かれれば、「弱かった」と言えるかもしれません。「われわれが恐れおののいていた、あのソ連軍はどこに行ったの?」という印象は、世界中の専門家が持っていると思いますね。

プーチン大統領からすれば、軍の幹部からの報告で、ロシア軍が侵攻すればウクライナはすぐに総崩れになり、ウクライナ人からロシア軍は花束を持って迎えられるだろうと思っていたわけです。その意味では完全な誤算です。

ただ、私は先ほど、ロシア軍は「弱かった」という表現を使いましたが、反転攻勢をしのいでいる点などから見て、「やっぱり足腰は強い」というのが、最近の私の印象です。

一方、ウクライナのゼレンスキー大統領にとっては、奪われた領土を奪還してロシアと停戦協定を結び、その協定が破られた場合に備えて、各国から安全の保障を得ること、できれば、NATOに加盟することによって保証を得るというのがベストなゲームプランです。

ゼレンスキー大統領も、ロシアに占領された地域に住む人たちの生活を取り戻すまで戦いを止めることはないと思います。

撮影=西田香織
土地の支配を巡るロシア・ウクライナ戦争 - 撮影=西田香織

■「外交だけでは解決しないことがある」という教訓

――ロシアとウクライナの戦争を振り返ると、外交だけでは抑止できない難しさがあると感じます。

国と国との利害が一致していることはほとんどなく、何らかの利害の対立はあるわけです。その利害の対立は、外交という取引で調整できるものなのか、あるいは、武力を使わないと前に進めないのかというところが、戦争になるかならないかの分岐点になります。

利害の不一致の幅の大きさもありますが、お互いの見通しも関係します。「戦えば勝てる」と踏んでいたら、変に妥協するよりも「戦って取っちゃった方がいい」という考え方になりますし、「戦っても取れない」と思えば、外交的に「どこかを譲ってどこかを取る」という考え方に変えることもあります。

とはいえ、外交だけで現状を変えられることはほぼなく、利害の不一致の幅が大きくて、軍事力にも差があれば、現状を変えようとする側は、残念ながら武力に訴える可能性が高いです。

ロシアとウクライナの戦争は、「外交だけでは解決しないこともある」と、あらためて示した例と言えるでしょう。

いくら「防ぎたい」と思っても、相手が戦争を仕掛ける気満々であれば、外交や経済だけでは防げません。特に日本の周りには、安全保障上の不安定要因が多くあります。平和に生きるためには、防衛力、軍事力が必要になると思います。

■われわれ国民には、義務と責任と権利がある

――高橋さんは『日本で軍事を語るということ 軍事分析入門』の中で、日本で軍事を語る重要性を強調されています。その理由は何ですか?

日本は防衛費増額に舵を切りました。防衛費を増やすという以上、納税者である私たち国民は、それがきちんと使われているかどうかを監視する義務と責任と権利があります。

防衛官僚や自衛官、そして一部の専門家に任せるのではなく、防衛費は適切に使用されているのかを検証し、必要があれば別の意見を提示することも大事です。そのためには、ある程度の知識が必要だと思っています。

「防衛白書」などを読めば、いろいろな情報が入っています。自分の仕事と関係ないものにどれぐらい時間を割けるかにもよりますが、「インターネットなどで簡単に探せるものは読んでみましょうよ」と申し上げたいですね。

そして、何が論点になろうとしているのか、その論点で何を議論すべきなのか、一定の考え方は持てるようになったほうがいいと思っています。

■「台湾有事」のはじまりは何が起きるのか

――日本の防衛費、軍事について考えなければならない背景には、ロシアだけでなく中国の動きがあります。「台湾有事」の可能性に関してはどのように見ていますか。

高橋杉雄『日本で軍事を語るということ 軍事分析入門』(中央公論新社)

台湾海峡有事というのは、中国共産党にとってはその存亡をかけた戦いです。負けたら共産党統治体制の正当性自体が疑問にさらされます。したがって、台湾統一へと動くなら周到に準備をして始めるはずです。

戦争がどういう形で降りかかってくるかは予想できませんが、いわゆる認知戦、つまり台湾を支援しないような国際世論を作り出すところから始まるでしょう。

ただ、本にも書きましたが、よく言われるサイバー攻撃、中でもマルウエア(コンピューターやその利用者に被害をもたらすことを狙った悪意のあるソフトウェア)を使った攻撃は1回しかできません。

ウイルスを起動させると、そこにウイルスがいることがばれて、同じウイルスは全システムから駆除されてしまうからです。

■「中国は「勝てる」と思ったら仕掛けてくる

その意味で言いますと、中国が、台湾や日本、そしてアメリカにサイバー攻撃をかけるとすれば、決定的な瞬間に集中的に行う可能性が高いです。

「ワーッ」とサイバー攻撃を仕掛け、「今、何が起きているんだ?」と動揺している間にミサイルが飛んで来るような形になるでしょうね。

先ほど述べたように、戦争というものは、「勝てる」と思ったときに起こすものです。逆を言えば、日本にできることは、中国に「勝てる」と思わせないこと、ということになります。

では、「どういう局面になると中国は勝てると思うのか」という話になりますが、軍事バランスで見たときに、今、中国はすでに、アメリカに対して7割ぐらい、もしくは7割プラスαの戦力を持っています。

つまり、アメリカ対中国の軍事力は10対7となりますが、アメリカは10割を全部、台湾周辺に持って来られません。多くて5割です。そうなると5対7になってしまいます。

中国は「それなら勝てる」と思うかもしれませんし、残りの5割が来る前に戦争を始めて、早く終わらせようとするかもしれません。

撮影=西田香織

■日本の防衛費増額が分岐点になるかもしれない

ただこれは、アメリカと中国だけのバランスです。アメリカ対中国が5対7でも、7−5=2の「2」の部分を、日本やオーストラリアが埋めることができれば、中国に「勝てる」と思わせないことができます。

そういう意味で、日本が防衛費を増やすということとか、日米同盟を強化していくことは、未来を変えるか変えないかの瀬戸際にあると言えると思いますね。

防衛費増額をめぐっては、「日本を戦争できる国にするつもりか?」という批判がありますが、戦争という災いが降りかかってきたとき、何の準備もしてないと、生命・財産が大量に失われることになります。

そうならないために、あらかじめ備えをしておくことは必要です。災いを跳ね除けるための準備をすることを「戦争できる国にするつもりか?」と言うのは、私は意味が違うと思いますね。

「外交か軍事か」という2択ではなく、戦争が始まる前も後も両方が必要になります。私たちは戦争観というものを考え直していく必要があるように感じます。

■他国のために戦ってくれる国などない

――ロシアとウクライナの戦争、そして中国の動きから、私たちは何を学ぶべきでしょうか。

一番はっきりしているのは、他国の代わりに戦ってくれる国はないということです。

ウクライナ戦争で言えば、最初、ウクライナがロシアの猛攻をしのぎ切り、自分たちで自分たちを守る力を示したからこそ、国際社会がウクライナを支援したのです。

日本の場合も、日本のことは日本で守るという当事者意識がないと周りは助けてくれません。

2011年3月の福島第1原発事故を思い出してください。あのときは、自衛隊が放水作戦をやったことでアメリカ軍の態度が変わりました。そういう意味で、まず自分たちで対処することが重要なのです。

■いま日本人が軍事について議論する意義

本稿のインタビューで、「軍事を語るというのは小論文のようなもの」と語った高橋さん。確かに、防衛費増額や安全保障の問題をどうとらえるかは、マークシート方式のように正解が1つとは限らない。高橋さんのような専門家の意見ですら、論述問題の何通りもある「解答例」の1つだ。

撮影=西田香織

それだけに、日本を取り巻く状況や防衛費の使途を多くの人が理解し議論をする……そういう土壌を形成することが戦争を抑止する第一歩になるのだろう。

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高橋 杉雄(たかはし・すぎお)
防衛研究所防衛政策研究室長
1972年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、ジョージワシントン大学コロンビアンスクール修士課程修了。1997年に防衛研究所に入所、現在、政策研究部防衛政策研究室長。国際安全保障論、現代軍事戦略論、日米関係論が専門。共著書に『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛』『「核の忘却」の終わり― 核兵器復権の時代』、編著書に『ウクライナ戦争はなぜ終わらないのか―デジタル時代の総力戦』、著書に『現代戦略論』など。
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(防衛研究所防衛政策研究室長 高橋 杉雄 聞き手・文=政治ジャーナリスト・清水克彦)