箱根では宿泊客が多く訪れ、別荘地にも問い合わせが増えている(写真:node/PIXTA)

箱根に今、ちょっとした“バブル”が訪れているーー。

箱根在住者からは「宿泊代の高騰にもかかわらず、連日満室に近い状態が続いている」という声も聞こえてくる。

地元の不動産関係者によれば、1億円を優に超えるような別荘地にも問い合わせが相次ぎ、「そもそも物件が出てこない」とのことだ。

景気の良さは、タクシードライバーから見ても明らか。箱根エリアにも営業所を持つ、タクシーグループの社員がこう話す。

「箱根はもともと富裕層の別荘地としての側面、そして観光地としての両面の要素がある町です。タクシーに関しては、コロナ前でも、富裕層や団体客が多い中国系の方の利用は必ずしも多くはありませんでした。それが今年に入ってから、海外からの貸し切り客の数がかなり増えています。欧米系や東南アジアからの個人旅行者などタクシーを利用する客が増えていますね」

タクシー利用に1時間待ち

箱根町は、約90キロ平方メートルにも及ぶ広大なエリアだ。だが、飲食店や温泉施設、観光地などはエリアごとに点在していることもあり、徒歩での移動は難しい。日本人観光客の多くはレンタカーや自家用車で訪れ、効率的に回るが、外国人はバスが使いこなしにくいため、移動手段はタクシーに頼らざるをえない面もある。

しかし、タクシーを稼働台数が少なく、拾うのは困難だ。実際、筆者が箱根を訪れた際にも、観光地で外国人に「タクシーを呼んでほしい」と声をかけられたことがある。だが、いくら電話しても「タクシーが出払っている」「1時間程度の待ちが必要です」と断られ、途方に暮れている姿を見かけた。

そうした情報が外国人観光客の中でも少しずつ浸透しているからか、事前に貸し切り予約を行う数が増えているようだ。中心地に当たる箱根湯本近辺だけではなく、強羅、元箱根エリアでも“貸切”マークが表示されたタクシーが町を走っている割合が増えている印象だ。

全国ハイヤー・タクシー連合会が発表した、2022年度の調査によると、神奈川県のドライバーの年間推計収入額は約386万円。これは大阪、東京に次ぎ全国3位の水準に該当する。

前出のタクシー会社の社員は、「地元に住む高齢の富裕層は箱根から東京への往復、といったオーダーも珍しくなく、それだけで1日分の売り上げが立ちます。さらに観光での貸し切りの営業の割合も多い。

県内でタクシー需要が強いとされる横浜や鎌倉と比べると、乗車回数では大きく下回るが、単価が高いのが箱根の特徴。移動エリアが広いこともその傾向を強めています。客層も非常に良いので、乗務員にとって働きやすいポイントです」と言う。

高級宿もインバウンド客で埋まる

箱根で宿を営む経営者の男性は、現在の観光事情と外国人客の移動についてこんなことを話してくれた。

「今の箱根では、大げさではなく9割がインバウンド客という宿も出てきています。特に高級宿ほどその傾向にあり、10万円を超える金額でも宿は埋まっていく状況です。

実はコロナ禍でも、箱根は他の観光地ほど大きなダメージを受けなかった面もあります。テレワークプランや若い女性向けのプランを打ち出して、東京からのアクセスの良さから多くの旅行者が訪れたためです。それに合わせて、オシャレなカフェやイタリアンができたり、蕎麦屋や寿司屋さんを目的とした日帰りの観光の方も多かった。

ただ、外国人の方は移動手段をタクシーに限られていることが多く、利用できないケースが続出しています。町としても、この辺りは対策していく必要性があると感じます」

仙石原の周辺は、箱根の中でも特に評判が高いグルメが集まる地域として知られている。日中から夕方にかけては、この辺りを歩く外国人観光客の姿も散見された。

老舗の寿司屋に入ると、18時過ぎにもかかわらず、すでに席はほとんど満席だった。帰り際にイタリアから来たという男性に話しかけると、「宿から40分歩いてきた。タクシーが捕まらなかったので帰りも歩くよ」と冗談めかして笑った。

店主の男性がいう。

「最近の箱根はちょっと“異常”な状態ですよ。町を歩くと、そこらじゅうで海外の方に会う。もはや外国にいるような感覚です(笑)。当店はもともとは地元客が多かったのですが、今では3、4割がフラっと入ってくる外国の方になりましたね。

宿の人と話しても、少し観光地から外れているこのエリアで宿泊代を上げても宿泊者が増えていると。ただ、それをあまりよく思わない地元の方もいて、難しい面もある。飲食店からしても、もう少し何とかできないのかなと思います」

箱根ロマンスカーの終着地であり、始発地でもある「箱根湯本駅」のタクシー乗り場を訪れると、日中は全ての車が出払っていた。夜の21時頃に戻ってくると、乗り場には3台ほどのタクシーが待機しており、ドライバー同士が談笑していた。


夜9時過ぎ、タクシー乗り場には3台が待機していた(筆者撮影)

この町で長年タクシードライバーをしているという田村さん(仮名・60代)がため息交じりに打ち明ける。

「お客さんからも、なぜ箱根はこんなにタクシーが捕まらないのか、ってよく怒られるんですよ。それほど日中タクシーを利用するのが難しい。ドライバーからすれば、ほっといてもそれなりに売り上げが立つし、昼間は東京や横浜よりもやりやすい。しかし、利用者はタクシーに乗りたいのに乗れないというストレスはたまるでしょう。本来、バスや電車でカバーできないところを担うのがタクシーの役目。だから今の状態は、喜ぶに喜べない複雑な心境ですよ」

それでも、解決策がないというのが現状だ。「結局、ドライバーの成り手がいないから、営業したくてもできないわけ。会社も採用しようとしているけど、難しいみたい。地方や東京でドライバーをやるよりも、今の箱根はいいと思うけどね……」

観光地、また別荘地としての価値が高まっている箱根。それでも、バブルゆえに起きたタクシー不足問題は、今後も旅行者や住人を悩ませ続けることになるかもしれない。

(栗田 シメイ : ノンフィクションライター)