何かを欲しいと思う感情が、激しい競争や対立を生み出している(写真:Prashanth Vishwanathan/Bloomberg)

最新のスマホ、インスタ映えする旅行先、誰もがうらやむ仕事――多くの人は自分が欲しいモノを手に入れ、望むような生活をしたいと考えている。だが、その欲望が実は、あなたが無意識のうちに意識している人物の欲望だったとしたら……。

『欲望の見つけ方』の著者でアメリカ人起業家のルーク・バージス氏は、自身が設立した会社の倒産危機を経験した後、フランス人哲学者、ルネ・ジラール氏の「Memesis=ミメーシス(模倣)理論」に出会う。この理論によると、人の欲望は内からわくものではなく、意識的あるいは、あるいは無意識的に自分が意識している人が欲しいと思っているモノを欲する。つまり、何かを欲しいと思うのは誰もがそれを欲しいと思っているからで、バージス氏はこれが今日における激しい競争や、対立につながっている、と説く。

なぜ人は、他人が欲しいモノにそれほどまでの魅力を感じてしまうのか。バージス氏に私たちが欲望を抱く仕組みと、資本主義経済における欲望の功罪について聞いた。

競争がイノベーションを阻む時

――本書では他人の欲望を真似する「模倣の欲望」が競争を生んでいると論じていますが、資本主義においては競争が経済成長を促す面もあります。現在の資本主義を支えている競争は健康的な競争というより、欲望まみれの競争なのでしょうか。

競争自体は経済にとって非常に有益なものだと思います。競争という言葉はラテン語からきていて、「一緒に求める」という意味です。これはイノベーションのエンジンになりえますし、私たちをよりよくするために後押ししてくれるものでもあります。

一方で、競争にはネガティブな部分もあります。私は市場の力が偉大な善を生み出すと信じていますが、だからといって、ネガティブな形の競争がないわけではありません。どの企業も何らかの形で経験していると思いますが、競争のあり方がチャンスを逃す原因や、イノベーションを起こさない原因になっていることがあります。

例えば、ある企業同士がライバル関係にある場合、互いに集中しすぎてチャンスを見逃し、イノベーションを起こす機会を失ってしまうかもしれない。私自身も起業家で、いくつかの会社を立ち上げてきましたが、ほかのスタートアップや同じ空間にいる人たちに集中しすぎて、彼らがやっていることに絶えず目を向け、彼らに追いつき、遅れを取らないようにしようということだけに気を取られていた時期がありました。

最高のイノベーションは、企業が自分たちの業界の外で起こっていることからインスピレーションを得たときに起こります。自動車エンジンを発明したヘンリー・フォードは、製造業に従事していました。

しかし、彼は屠殺場に入って、豚が屠殺されて切り分けられる様子を見て、組み立てラインのアイデアを思いつきました。ライバルに固執しすぎて、ゼロサムゲームになってしまうという意味で、競争が不健全になるタイミングを見極めることが重要です。

フェラーリとの戦いを「降りた」ランボルギーニ

――本の中にもランボルギーニの例が出てきましたね。フェラーリを目指してスーパーカーを作ったけれども、「最後までは戦わなかった」。すなわち、レースの世界までには突っ込まなかったと。とはいえ、多くの企業にとってどの時点で競争から手を引くかを見極めるのは簡単なことではありません。

ランボルギーニには、ライバル関係から離れるタイミングを見極める意識がありました。フェラーリとのライバル関係は、ある時点までは彼にとって有益なものでしたが、それが会社だけでなく、私生活にも悪影響を及ぼしていることに気づいたのです。それが、ランボルギーニにとって重要なカギでした。

彼は、会社という枠を超えた、大事にしている価値観を持っていました。それは家族であり、息子であり、父親としての役割だった。そして、人生の最優先事項は、レースでエンツォ・フェラーリに勝つことではないと判断し、退任したのです。

どの企業も、ライバル関係や競争によって焦点が定まらなくなった時を見極めるために、「価値観のヒエラルキー」を持つ必要があります。私がこの本の中で、価値観を持つだけでは必ずしも十分ではないと述べているのはそのためです。あなたや、あなたの会社にとってどの価値観がほか価値観よりも重要なのかを決めなければなりません。それを決めておかないと、模倣に支配されてしまうからです。

AIは新たな欲望を生み出す源泉になりうる

――本書では模倣の欲望から生まれるネガティブな結果を抑えるための「社会的発明」が紹介されていますが、それでも世の中はますます模倣的になっている、と書いています。今後、世界がより模倣的になるのを防ぐものは現われるのでしょうか。たとえば、ChatGPTとか?

本書のとおり、市場経済は消費者、クリエーター、ビジネスリーダー、起業家にとって欲望の出口となる役割は一定程度果たしましたが、新たなテクノロジーが、欲望にさらなる出口を与えるような社会的イノベーションにつながるような段階に入っているような気がします。


Luke Burgis/1981年生まれ、作家・起業家。ニューヨーク大学スターン経営大学院でビジネスを学び、ローマの教皇庁立大学で哲学と神学を学ぶ。23歳で最初の会社を立ち上げ、ビジネスウィーク誌の「25歳未満の起業家トップ25」に選ばれた。以後、ウェルネス・消費財・テクノロジーの分野で複数の会社を企業。現在は米カトリック大学で客員起業家として起業家教育を行っている。ワシントンD.C.在住。(写真:ⒸKirth Bobb)

AIはその1つかもしれませんね。私にとっては、最もエキサイティングな新機軸であると同時に、それが何であり、何ができるのか、まだ解明されていないため、少し怖い存在でもあります。しかし、AIや生成系AIの面白いところは、私たちが思いもよらないようなものを生み出すことができることです。

例えば私は今、新しい本を書いているのですが、私のアイデアをすべてAIに送り込むと、私がこれまで考えもしなかったようなものを書いてくれるかもしれない。ある意味、自分でも知らなかった欲求――あるストーリーを語りたいとか、ある種の本にしたいとか――思いもよらないような欲求を見せてくれるかもしれません。

私の友人で、ChatGPTに「どんな会社を作ればいいのか、何をすればいいのか」と相談した人がいます。起業家としての面白さがなくなってしまうので、自分はやりたいと思いませんが、そういう意味では、ChatGPTは欲望を生み出すものだと思うんです。

単なるデータ生成装置ではなく、新しいものを生み出すとなると、それがどんなものであれ、私たちが何を求めているのか、というレベルまで影響を及ぼすことになります。

例えば、ChatGPTに夏休みのアイデアを聞いたとき、自分だったら2つくらいしか思い浮かばないのに対して、10くらい提案してくれるかもしれない。新たな欲望を生み出す、世界を広げるという意味では、負のライバル的模倣の問題を解決するソーシャルイノベーションなのかもしれないと思っています。

――どちらかというと、ポジティブな欲望を生み出すと。

悪いものも含めていろんなものが増えるでしょう。ちょっとアンビバレントだと思うんです。これが総合的にプラスなのかマイナスなのか、現時点で判断することはできません。しかし、私はこれを欲望の発生源として捉えています。そして新たな欲望が生み出されることによって経済全体が変化する可能性があると思います。

模倣理論を知って人生がよりシンプルになった

――本の中ではご自身の経験をかなり共有していますが、模倣理論に出会うことによって、人生における優先順位は変わりましたか。


私はまだ起業家をやっていますが、今は40年後に経営していたいと思っている会社を始めています。最初の4つの会社を立ち上げたときは、できるだけ早く売りたいとしか考えていませんでした。というのも、私は事業から撤退して次の事業に移るという薄い欲望に駆られていたからです。今、私は、自分にとって濃い欲望であり、できれば一生投資できるようなものを作ることが重要であると理解しています。

そのおかげで、人間関係も変わりました。取引的な関係ではなく、より魅力的な関係になってきたと思います。私の人生は本当に大きく変わりました。今、私の意思決定プロセスでは、何にイエスと言い、何にノーと言うかは、自分の濃い欲望と、自分が世の中に与えることができると感じる影響によってのみ決まります。人生がよりシンプルになりました。

価値観やその優先順位がもっと小さく、明確にすることができれば、人生はもっとシンプルになります。家族もその1つであることは間違いありません。私は以前と変わらず一生懸命働いていますが、気持ちが散漫になることはありません。以前のように燃え尽きている感じはもうないのです。

(倉沢 美左 : 東洋経済 記者)