昨年、還暦を迎えた六角さん。肩ひじ張らない生き方の秘訣や、人生後半戦の楽しみ方について語ってもらいました(撮影:尾形文繁)

ドラマシリーズ『相棒』の鑑識役で人気を博し、還暦を迎えた今も俳優業をはじめ、鉄道番組やラジオ出演、バンド活動と幅広い分野で輝き続ける六角精児さん。

ギャンブルによる借金苦、三度の離婚など波乱万丈な道のりの末、たどり着いた自身の生き方をつづった著書『六角精児の無理しない生き方』が話題となっています。

そんな六角さんに、仕事や健康面で人生の岐路に差しかかる50代、60代に向けて、肩ひじ張らない生き方の秘訣や人生後半戦の楽しみ方について語ってもらいました。

働くのが残り10年なら好きなようにやりたい

――昨年、還暦を迎えられたという六角さん。何か心境の変化はありましたか。

ありましたね。「俺もいよいよ60歳になったのか」と。

それまでは電車の優先席に座っている時にお年寄りが来たら、「立たなきゃ」と思っていたんですけど、「ああ、これからは自分が譲られる側になるのかなぁ」と感慨深く思ったりしてね。

仕事においても、「自分がこの場をどうにかしなきゃいけない」みたいな気負いがなくなりました。

――今は仕事へのスタンスも変わってきたと。

そうですね。以前は、仕事として相手の要望に応える形で成立させなければ、と思っていたこともありましたけど、最近はそれもないです。

「私はこんな感じでやりますよ」と言って、相手側がNGなら、やんわりと断っちゃうとかね。だって、あと残り10年しか働けないとしたら、その人と会うのは最後になるかもしれないじゃないですか。もう二度と会わないと思ったら、好きなようにやったほうがいいかなと。

――六角さんは飄々としたイメージがありますが、若い頃はガツガツした成功願望みたいなものはあったんでしょうか。

昔はあったと思います。何を成功とするかはわからないですけど、劇団の中で、とりあえず一番目立ちたいとかね。

主演じゃなくても、その役なりの目立ち方、輝き方はしてみたいと思っていました。それでメディアに取り上げられたり、出演オファーが来たりしたらやっぱりうれしいし。

借金苦でどん底に堕ちた時、成功はあきらめた

――いつ頃から「俺は成功するぞ!」みたいな気負いが抜けてきたんですか。

30代半ば過ぎて、借金だけ増えて、誰にも必要とされなくなってきた時です。周りを見渡したら、知っている人たちが舞台やテレビにいっぱい出ていて。「自分はもうダメなんだ」と堕ち切った時に、成功しようとするのはあきらめました。


1962年、兵庫県生まれ。学習院大学中退。1982年に劇団「善人会議」(現・扉座)の旗揚げに参加。主な劇団公演に出演し、その後ドラマや映画などでも活躍。2009年「相棒シリーズ 鑑識・米沢守の事件簿」で映画初主演。大劇場から小劇場まで幅広くこなす役者ながら、鉄道好きでも知られ、「六角精児の呑み鉄本線・日本旅」(NHK-BS)などの番組にも出演。ミュージシャンとしても「六角精児バンド」で2枚のCDをリリース。2022年には初のソロアルバム「人は人を救えない」を発表した。7月4日(火)21時スタートのドラマ「シッコウ!!〜犬と私と執行官〜」(テレビ朝日系)にレギュラー出演。また、NHKラジオ第1の生放送番組「ふんわり」木曜日のパーソナリティーを担当(撮影:尾形文繁)

――精神的にも相当キツかったんじゃないでしょうか。

まぁ、ギャンブルで借金抱えて、嫁さんも子どもと一緒に家を出て行ってしまってましたからね。ただ、ここで断言できるのは、人間は、自分だけの力で這い上がるなんて無理だということです。

身の回りに自分のことを考えてくれている人がいるかどうか。その人が差し伸べてくれた手をつかむかどうかが大事だと感じましたね。

自分の場合はありがたいことにドラマの『相棒』への出演依頼やほかの仕事もいただけて、借金返済と子どもの養育費を払いながら、がむしゃらに働きました。借金をすべて返し終わった頃に、鑑識・米沢守の出番も増えて、『相棒』シリーズの映画に主役として出ることができたんです。

もし周りが山賊みたいな人ばっかりだったら、こうはなってないと思います。

――山賊みたいな人とは……?

「自分にとっていい影響を与えない人」とか、「自分のためになってくれない人」のことです。自分のためになってくれるというのは、いろんな意味がありますけどね。

――「自分を引き上げてくれる」ということでしょうか。

そうです。でも、経済面での引き上げではないんですよ。例えば、大金をくれて、一瞬引き上げてくれても、自分自身が変わらなかったら、あっという間にお金を使ってしまって、また同じところに舞い戻ってしまいます。

だから、精神的に、あるいは現実的に、自分の生き方が変わるような人と出会えるかどうかが大事なんだと思います。

それに、僕の場合は、お金を誰からも借りられなくなる状態に陥るとか、嫁さんとのことをちゃんと振り返らないまま何回も離婚を繰り返すとか。人としてダメだった経験が何度かあって、自分の愚かさや不甲斐なさをこれでもかと思い知りました。

その時にしっかり堕ち切ったからこそ、浮かび上がれたんだと思うし、人の気持ちを少しは理解できるようになったのかなと今は思います。

「どん底を経験して良かった」

――六角さんのそうした人生経験がお芝居に生きているのかもしれませんね。


俳優という職業の中では、どん底を経験して良かったと思います。

芝居においては、ある程度技術も必要だけど、人間として、良い経験も良くない経験も、より深く刻まれている人のほうが引き込まれるっていうのはあるんじゃないかな。

――芝居に生きざまが出ると。

「俺の生きざまが出てるなぁ」と思いながら演じている人はいないと思うけどね。あ、でも若い時に一人いたか。「俺の生きざま、ここで見せてやるぜ」って意気込んでいた役者。

その人、じーっと客席を見つめながら芝居をしているから、「何やってるんだ?」と聞いたら、「客席に念を送ってる」って言うんですよ。

――お客さんに「俺を見ろ!」という念を送っているんでしょうか。その人、売れましたか。

あまり売れてないです(笑)。ともあれ、役者をやるような人間は、僕も含めて「自分を見てほしい」という自意識が多かれ少なかれあるとは思うけどね。

人間、誰だって承認欲求があるじゃないですか。やっぱり「いいね」と言われたいから、SNSで自分のことを発信する。僕も「いいね」って思われたい気持ちありますけど、「もうどう思われてもいいや」と肩の力が抜け始めたのが50代ぐらいからです。

(伯耆原 良子 : ライター、コラムニスト)