親友の住むマンションから、なぜか部屋着姿の夫が出てきて…。女が青ざめた、まさかの事実
きっかけは、1遍のエッセイだった―。
『私の、忘れられない冬』
ライターの希依（28）は、WEBエッセイに自身の過去を赤裸々に綴った。
その記事の公開日、InstagramのDMに不思議なメッセージが届く。
「これって、青崎想太くんのことですよね？LINE、知ってますよ」
平和だった希依の人生が、めまぐるしく変わっていく―。
◆これまでのあらすじ
希依は、DMの送り主は親友の咲だと見込んだ。そこで、咲のマンションの下まで行って問い詰める。すると咲は、長年希依に抱いていた不満を白状しはじめ…。
― 咲に、嫌われていたってこと…？
自覚などなかった希依は、手に冷や汗をかく。
― 想太と不倫するように仕向けて、私と正介の幸せを壊そうとしたってことか…。
嫌いというだけでそんなことを企てるなんて、と希依は思った。咲の行動には共感できない。
そのときだった。
「咲ちゃん！」
突然、聞き慣れた声がした。
「これ忘れ物。今日寒いから気をつけて…え？」
― え？
正介だ。咲の背後で、部屋着を着た正介が立ちつくしている。
咲がいつも使っている、ピンクのBURBERRYのマフラーを手にしたまま。
「…希依？なんでここにいるんだ」
正介は動揺で声を裏返しながら、顔をしかめた。
「…なんでって」
状況をすぐにはつかめなかったが、全身の毛がよだつような感覚がした。足の力が抜け、一瞬倒れ込みそうになる。
「正介こそなんでここにいるの、フ…フライトは？」
「いや、まあ」
正介は混乱した様子で、希依から咲へと目線を移す。
咲は、なにも言わずに正介を見つめ返した。
3人は三角形を作って立ち尽くし、しばらく沈黙する。
「なんか言ってよ。正介」
希依が促すとようやく正介は、小さな声で口を開いた。
「実は、俺と咲ちゃんは…」
正介の申し訳なさそうな表情が、すべてを物語っていた。
「…そういう関係だったってこと？」
正介がうなずく。希依は声にならない声をもらした。
1時間ほど前。希依は想太を振ってから、遠い空を見上げ、コックピットにいるはずの正介に思いを馳せていた。
これまでの浮かれた行動を反省し、正介と一緒に生きていこうと心に誓ったばかりだった。
― それが、こんなに近く…まさか咲のマンションにいただなんて…考えもしなかった。
「どういうこと？」と希依が聞くと、2人はそわそわしはじめる。
「2人とも、なんで知り合いなの？咲は、顕彰と付き合ってるんじゃないの？」
咲は腹をくくった様子で、力強い声で言った。
「いいよ、もう。全部話す」
◆
咲は、大学時代からずっと希依に憧れていた。
可愛くて、愛嬌もあって、世渡りも上手の希依。
「希依と出会ったばかりのときから、どこに行っても愛される子だなと思って羨ましかったし、ちょっと憧れてた」
しかし友達として希依と一緒にいる時間が長くなると、咲は、希依に対してイライラすることが増えた。
「大学時代、私と希依は、かなりの時間一緒にいたでしょう？その間ずっと、男の子はいつも希依を見てたよ。そして希依は、ちやほやされて当然みたいな顔で、愛嬌を振りまいてた」
特に、大学時代にいつも一緒にいた、想太と顕彰の態度はあからさまだった。
「ずっと感じてた。想太も顕彰も、希依のことが好きなんだろうなって」
結局、希依は想太と付き合った。
しかし社会人になって2人が別れてしまうタイミングで、顕彰から打ち明けられる。
想太が別れるなら、希依を奪っていいかな、と。
「顕彰から希依への思いを聞かされたとき、私はなんか、ホントにいやんなっちゃった。
だって結局、想太だけじゃなくて顕彰も、ずっと希依に夢中になってたってことでしょう？むなしくて」
咲は、気に入らなかった。
「正直、そんなに私は希依に負けてる？って思った。それで確かめたくって顕彰に告白したの。
そしたら、案外あっさり付き合ってくれて」
咲は、顕彰と付き合い、大切にされたことで安心した。
「私もちゃんと愛されうる人間なんだって思えて、ホッとしたんだ。でも、しばらくして、希依が正介くんと結婚してさ…」
咲は、再びもやもやした。
「希依はいいなって思った。大失恋しても、結局正介くんみたいな素敵な人を捕まえるんだもん」
そして、希依の結婚から1年が経つ頃。
咲は偶然、正介と同じ航空会社の男性と知り合いになった。
そこで、魔が差したのだ。
その男性を通じて、正介と仲のいい先輩にたどり着くことができると。
最終的に、正介のいる食事会に参加した。
「正介くんが私になびくのか、試したくなったの。
で、その先輩が、正介くんを無理やり誘ってくれた。既婚だから断られると思いきや、正介くんは現れた」
咲は、一息ついてから笑みを浮かべた。
「とにかく正介くんに…振り向いてもらいたくなっちゃって」
「待ってよ、なにそれ」
希依は、なにかの冗談かと思って半笑いになった。
しかし咲は至って真面目に語っているのだった。
「咲ちゃん、そんなに事細かに話さなくていいよ」
正介が、居心地悪そうにモジモジとしている。
「だめ。話したい」と咲は正介を睨んだ。
そして、また話を続ける。
◆
「正介くんは、あっという間に私を好きになってくれたわ」
誘ったのは、咲からだった。その時点では、希依の友達であるという正体を隠し通していた。
「『俺、結婚してるけど、気にしない？』って聞かれて、私はうなずいた。
お返しに『私も彼氏いるけど、気にしない？』って聞いたら、正介くんもうなずいた」
仲が深まったのは、半年ほど前だという。
「半年前から正介くんは、私の家に頻繁に泊まるようになったわ。『フライトって嘘をついてきた』って言ってね」
咲は、正介をちらりと見てから、真剣な顔になる。
「で、ここからが大事な話。最初は正直、正介くんが希依より私に夢中であることが、楽しいだけだったの。
でも私、気づいたら正介くんに本気になってた」
しかし咲は、さすがに分をわきまえていた。
「自分は愛人にすぎない」と思っていたし、正介と希依を離婚させることなんてできないと思っていた。
けれどそんな折に、希依のエッセイが世に出る。元カレについて書かれた、あのエッセイだ。
「正直あれを読んで、なーんだ、希依は想太に未練タラタラじゃん、って笑っちゃった。
なら、希依と想太を再会させれば話は簡単って気づいたの。希依が想太と不倫すれば、正介くんは希依に愛想をつかす。そしたら私が、正介くんの本気の相手になれる…って」
そこで咲は、大学時代の旧友に片っ端から想太の連絡先を聞いて回った。
案外、連絡先はすぐに割れた。
そして、その連絡先をエサとして、希依にDMを送ったのだ。
「希依ったら、あっさりよりを戻しそうになるんだもん。なんか私、おかしかったよ。
希依にとっての結婚って、希依にとっての正介くんの存在って、なんなんだろうって。正介くんがかわいそうに思えた」
そして、ある夜。
咲はベッドの中で、ついに正介に切り出した。
「私、希依と友達なの」
白状すると、正介はベッドから落ちんばかりに驚いた。
咲は立て続けに、こう言う。
「知ってる？希依には、青崎想太っていう、本当に好きな人がいるのよ。
たぶん、再会したらそっちに行っちゃうくらい、忘れられない元カレがいるの」
そして咲は、正介に希依のエッセイを読ませたのだ。
さらに、希依にDMを送った話も赤裸々に打ち明けた。
「希依が想太の連絡先に食いついたことも話したわ。
正介くんは、『希依はそいつとよりを戻したいのか』って、寂しそうに言った」
咲の思惑通りに事はすすむ。希依と想太は、何度も2人で会うようになった。
「2人が密会してることも、すぐに正介くんに報告した。正介くんは複雑な表情で、『希依との結婚生活も終わりに近いな』って言ったわ」
正介の言葉に、咲は期待した。
このまま希依と想太がもっと深い関係になってくれたら──。
「そしたら、正介くんは私を新しい妻にしてくれるかもしれないって…」
◆
咲の話が終わり、再び沈黙が訪れる。希依は、怖さと悲しさで打ちひしがれた。
「ちょっとひとりになりたい。もういい…最低よ、2人とも」
すると正介は「いや、待ってよ」と言って、ありえない言葉を口にするのだった。
「希依、言っとくけど、被害者みたいな顔しないでほしいな。非はお互いにあるんだから」
▶前回：「今、君の家の近くにいる」突然LINEしてきた元カレが、お願いしてきた”ある行為”とは
▶1話目はこちら：「もう無理」と、イブに突然フラれた女。数年後、謎のDMが届いて…
▶Next：3月3日 金曜更新予定
次回最終回。希依が最後に行き着く場所とは？
