しばし感情が暴走する主人公の那須田歩(左、岡田将生)は、九鬼静(中井貴一)にたしなめられてばかり(画像:テレビ朝日『ザ・トラベルナース』公式サイトより)

10月期のテレビドラマは見応えのあるものが並んでいる。純愛ものの『silent』(フジテレビ)や冤罪事件に真っ向から挑む『エルピスー希望、あるいは災いー』(カンテレ制作・フジテレビ)、主人公がパイロットを目指す空が爽やかな朝ドラ『舞いあがれ!』(NHK)など、作り手がテレビドラマに希望を失わず工夫を凝らす意欲を感じる。

だが、その分、見る者を選ぶとも言えるだろう。誰が見ても楽しめるドラマはないものか――医療もの『ザ・トラベルナース』(テレビ朝日)があった。根を詰めず気楽に見ることのできる“よくできた大衆娯楽”をお求めの方にはうってつけである。

従来の医療ものとは違う「スペシャルな設定」

大ヒットした医療ものドラマ『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』を手掛けた脚本家・中園ミホの新作オリジナル『ザ・トラベルナース』は、“医療版”『相棒』である。

医者と看護師のバディではなく、ふたりの年齢差のある看護師が中心人物だ。オペ室で医師を補助し、一定の医療行為を実施できる「ナースプラクティショナー」というスペシャルな看護師に着目したことが新機軸。

ドラマの公式サイトには「医者ではない、最強の2人」というコピーが掲載されている。なぜ最強かというと、ある程度の医療行為もできるうえ、看護師として患者の心情に寄り添えるという、いいとこ取りなのだ。

アメリカ仕込みで、ナースプラクティショナーの仕事にプライドを持っている若い看護師・那須田歩(岡田将生)は、働きはじめた天乃総合メディカルセンターで、ベテラン看護師・九鬼静(中井貴一)と出会う。

九鬼はとても優秀で、しかも働き者。「働き方改革なんてクソくらえです」と時代の流れに反して、手間ひまを惜しまず献身的に患者に向きあい、結果的にスーパードクターを差し置いて病気を治してしまう。人呼んで「スーパーナース」。

なにかとアメリカと日本の意識の違いを比較して文句を言い、同僚に煙たがられる那須田は、彼と違ってプライドを振りかざすことなく穏やかながら、やることはきっちりやる九鬼に苛立ちながらも影響されていく。

第1話をなんとなく見はじめたときは、「トラベル」+「ナース」の意味がピンと来ず期待していなかったのだが、九鬼の言動を追っていくと軸はしっかり見えてくる。権威に庶民が対抗する昔ながらの図式になっているのだ。

その系譜である『ドクターX』は、大病院という権威にすがる医者たちの欺瞞をフリーランスの女性の医者が暴いていくことが痛快だった。それ以前の医療ものは、大病院にはびこる不正に決してなびかない患者ファーストの医者や、庶民の暮らしに寄り添う町医者などの物語が愛されてきた。

それが令和ともなると、ついに看護師が医者自体を乗り越えて、その行いが医療の本質を問いかけることになる。それが『ザ・トラベルナース』。医者は病気を治すことが仕事だが、九鬼いわく「ナースは人を見て人を治す」。つまり、それ以前の病院のあり方を糺さない限り、治るものも治らない。コロナ禍で浮き彫りになった医療現場の厳しい現状を思わせるドラマである。

『ハケンの品格』から変化した「今ドキの働き方」

中園ミホはかつて『ハケンの品格』(2007年/日本テレビ)という、正社員ではない派遣社員の矜持を描いたドラマをヒットさせている。その人気の高さは13年経って第2シリーズができたほど。『ドクターX』はこの『ハケンの品格』の医療版のようなものだったから多くの視聴者に受け入れられたのだろう。

大きな組織の歯車のようになって悪い待遇で働かざるを得ない者たちに味方したドラマを書いてきた中園。

だが大門未知子は人気を得たものの、結局、医者はエリートであり富裕層である。視聴者の多くとは相容れない。庶民である視聴者の気持ちにフィットしようとしたら、医者ではなく、「医者の手下ではない」という考え方の看護師のほうが共感を呼ぶだろう。庶民だって富裕層や政治家たちをさらに潤すために働いているわけではないからだ。

庶民の肌感覚を驚くほどキャッチしている中園ミホ。大門未知子(米倉涼子)が残業や休日出勤などを「いたしません」とはねつけて、適切な報酬を獲得してきたことも爽快ではあったが、今度は、九鬼に働き方改革の逆をいかせる。もちろん働きすぎることはよくないので、九鬼のセリフに疑問を抱く人もいるだろう。

ただ、例えば、昨今、テレビドラマの内容が劣化しているとも言われるのも、働き方改革の影響もあると考えられるように、仕事量を減らすことで質が落ちてしまうこともある。そのためやっぱり働き続けている人もいる。九鬼の言動は、今の日本の構造を表層的でなく根本的に見直すべきという社会の深層にアプローチする必要性を感じさせるのだ。

もう1点、令和的な部分は、看護師が男性であることだ。これまでは患者の世話をするのは女性という先入観があった。ドラマの中でも、女性の患者が男性に世話されることに戸惑うこともある。逆に第3回では、男性患者が女性看護師にセクハラをする。あからさまに不快感を表す者もいれば、気にせずやり過ごす者もいる。

那須田はこの状況に苛立ち、場を乱すが、九鬼は淡々としている。ジェンダー平等の観点から言えば、看護師は女性という考え方は改める課題であり、男性が看護師をやる利点もあることに目を向けるべきなのだ。

中井貴一は、身振り口ぶりが優雅で、でも作業はテキパキしていて、頼りがいがある九鬼を好演している。那須田がこのベテランから学び成長していく物語なのだと思う。あくまで主人公は那須田。だじゃれのような名前の「那須田(ナースだ)」なのだ。

映画『ドライブ・マイ・カー』に重要な役で出演し、世界でも注目された岡田将生を名優・中井貴一が支える形になっているが、圧倒的に中井劇場的で、九鬼も単に看護師の鑑というだけではなく、意外な顔を持っていることをちらつかせる。九鬼という迫力ある名前も意味ありげである。もしかして「最強」の意味が別にあるのかもしれない……。

『ザ・トラベルナース』は『相棒』になり得るか

今後、シリーズ化した場合、『相棒』スタイルで、バディがシリーズごとに変わっていくことになるだろうか。そうなったら俳優としての技能も華も併せ持ったベテラン俳優たちが次々出てきて、那須田、あるいは岡田が、虚実皮膜で勉強させてもらうという展開も、シニアと若者の交流が生まれて良いのではないだろうか。

女性看護師役に、寺島しのぶ、安達祐実。ドクターは松平健、菜々緒、柳葉敏郎、浅田美代子などメジャー感のある俳優陣に、恒松祐里、宮本茉由、野呂佳代、泉澤祐希等若手と出演者も豪華だ。

将来を思って若い視聴者を取り戻そうとテレビ業界が焦るあまり、切り捨てられようとされる高齢者たち。とはいえ、パイ的には圧倒的に多い高齢層と少ない若者層とのバランスをどう取るか、『ザ・トラベルナース』はその課題の最適解のひとつと言えるだろう。

高齢層の技術や知恵を継承しないと先細るばかりの今、切り捨てず、共生する社会のドラマとして過不足なく考え抜かれた企画になっている。

(木俣 冬 : コラムニスト)