『機動戦士ガンダム』のストーリーは、地球連邦の一部であったジオン公国が反旗を翻して戦いを挑むところから描かれます。しかし、どうすれば連邦の目を盗んで強大な軍事力を整備することが可能だったのでしょうか。

現代史にあった隠密裏に軍事力を整備した例とは?

 人気アニメ『機動戦士ガンダム』では、冒頭でジオン公国軍の大艦隊から、人型兵器であるモビルスーツ(以下MS)「ザク」が発進する場面が描かれます。しかし、ジオン公国は元々、戦争相手である地球連邦の一部、すなわち自治領という位置付けでした。どうやって、大元である地球連邦と戦えるだけの軍事力を、隠密裏に構築できたのでしょうか。


民間用輸送機に偽装して開発されたドイツ空軍の爆撃機He111のA型(画像:ポーランド国立図書館)。

 厳密にいうと『機動戦士ガンダム』と、そのパラレルワールド的扱いの『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』ではやや設定が異なりますが、物語が始まる21年前の、宇宙世紀0058年にスペースコロニー群「サイド3」がジオン共和国(あるいはムンゾ自治共和国)として、独立を宣言しています。

 この一方的な宣言に対し、地球連邦政府は翌年から「サイド3」への経済制裁を実施し、連邦とジオンは対立を深めます。ただ、筆者(安藤昌季:乗りものライター)が不思議に思うのは、「軍事力もなしに独立を宣言しても、地球連邦軍にすぐに鎮圧されるのでは」ということです。

 しかし物語のなかでは、ジオンは独立から21年で強大な宇宙軍を作り上げ、自ら地球連邦に対して戦いを挑みます。結果、宇宙艦隊と新兵器MSを組み合わせたジオン軍は強力で、地球連邦軍は敗戦寸前まで追い込まれると描かれていました。

 独立宣言した「サイド3」が露骨に軍事力を整備していたら、地球連邦はさすがに黙っていなかったでしょう。つまり「実は軍事力はあるけど、ないフリ」という隠蔽工作をしていたわけです。こんなことあるのかというと、歴史上、同じようなことをやっていた国が実在します。第1次世界大戦後のドイツです。

潜水艦用エンジンもスイス企業経由で日本へ

 第1次世界大戦で敗北したドイツは、ヴェルサイユ条約によって当時、新兵器として注目されていた戦車の開発を禁止されました。しかし、ドイツは「重トラクター(グローストラクトーア)」「軽トラクター(ライヒトトラクトーア)」「WDシュレッパー」などの名称で、秘密裏に兵器開発を行っていました。

「トラクター」といっても実際は戦車で、「WDシュレッパー」は自走砲です。しかも、ドイツは1922(大正11)年にソ連とラパッロ条約という秘密協定を結び、共同事業という体で兵器開発を進めました。

 これは、戦車や自走砲の研究を進めるにあたり、イギリスやフランスの監視を逃れつつ各種テストを行うため、ソ連国内の試験場を使わせてもらおうとドイツが講じた策でした。なお、その見返りとして、ドイツはソ連に技術情報を提供しています。


モビルスーツも民間用に偽装されていたのかもしれない(イラストレーター:ジャック・ハムスター)。

 一方、日本もドイツの軍事力を積極的に導入しています。日本は第1次世界大戦の賠償としてドイツ潜水艦を得ますが、それが優秀だと判断すると、旧日本海軍はドイツの造船所から最新の潜水艦技術を導入します。加えてドイツから設計技師や潜水艦乗組員も高給で招聘しています。

 ちなみに、来日したドイツ人技師の平均年俸は3万円だったとか。1914(大正3)年で日本の総理大臣の年俸は約1万2000円の時代ですから、超高給取りだったといえるでしょう。

 その結果、旧日本海軍はドイツの「U142級潜水艦」をベースに独自開発した巡洋潜水艦1型(伊I型)を誕生させます。ただ、主機(エンジン)や電動機、電池、潜望鏡、防水測距儀などは全てドイツ製でした。とはいえ、こうした外国からの発注も間接的にはドイツの軍事力強化に貢献したと考えられます。

 ちなみに、この艦艇の主機は、ドイツMAN社製でしたが、スイスのラウシェンバッハ社経由で川崎造船所が製造権を取得したため「羅(ら)式」と呼ばれていました。

テロや海賊への対抗手段という論拠も

 改めて『機動戦士ガンダム』の世界観を見てみると、地球連邦に全国家が統合されているため、「外敵」はいないはずです。しかし、ジオン共和国すら成立していない宇宙世紀0043年に「43式戦車」が制式採用されたという設定があります。なお『機動戦士ガンダムUC』のなかにも、宇宙世紀初頭に宇宙警備艇として「サラミス級」が登場するシーンがあります。

 これは「機動戦士ガンダム」に登場する宇宙巡洋艦ではなく、レーザー砲やレールガンを搭載した警備艇ですが、宇宙にもある程度の軍事力が必要だったということを裏付ける描写といえるでしょう。


ドイツ軍が軽トラクターという体で秘密裏に開発していたI号戦車(画像:パブリックドメイン)。

 考えてみれば、地球圏は非常に広い空間ですし、多数建設されているスペースコロニーには工業プラントもあるため、テロ組織が軍事力を地球連邦政府の目を逃れて整備している可能性もあります。地球や月、各サイド間は宇宙船で物資のやりとりをしているわけですが、民間船舶への海賊行為もあり得るでしょう。なお、一般人へのテロというのはシリーズの1作品である『閃光のハサウェイ』で民間機に対するものが描かれています。

 特に、核融合炉の動力源であるヘリウム3は、木星まで長距離航行して取得されます。その長い航路のすべてで連邦軍の軍事力が機能するとは思えません。

 都合よく考えれば、「海賊から自衛するため」などの名目で民間船もある程度の武装が許容された可能性もあるでしょうし、軍艦として設計した宇宙船を「客船」として発表することもあり得ます。

 旧日本海軍は優秀な民間船舶に助成金を出し、太平洋戦争ではそれらの一部を空母へ改装しました。同じようなことが「ガンダム世界」でも行われていた可能性が高いです。

 また「ジオンが軍事力を隠密に開発する」ことは、難しくありません。ジオンは敗戦時に主力艦隊の一部を「宇宙要塞アクシズ」に逃がしています。

 火星と木星の間にある小惑星帯のなかの小惑星を、ジオンが宇宙世紀0072年に資源採掘用として占領し、そこを軍事基地化したのが「アクシズ」です。これは、小惑星帯まで連邦の力が及んでいないことを現していますし、そうした秘密基地が複数あるならば、秘密裏にモビルスーツや宇宙艦艇などを開発・生産するのは難しくないでしょう。

「ムサイ級」軽巡はもともと客船だった?

『ガンダム』世界においてジオンが初めて軍事力を保持したのは、宇宙世紀0069年のこと。最初はプラズマロケットと科学燃料ロケットで推進する旧世代のミサイル戦艦を改装して保有しました。これが後に「パプア級補給艦」となった艦艇です。

 宇宙世紀0070年には「チベ級戦艦」も就役します。これはレーザーなどではなく実体弾を撃ち出す口径30cmの主砲を装備しているものの、旧式エンジンで、後に近代化改装して「重巡洋艦」に艦種替えしています。


それぞれの軍艦も客船として公表されていた可能性も(イラストレーター:ジャック・ハムスター)。

 ジオンは旧式艦の保有で、地球連邦軍には脅威に映らないようにアピールしつつ、軍の人員を訓練していたと考えられます。しかし、直後に連邦軍は「すべてのコロニーを無寄港で周回できる」航続力と、新兵器・メガ粒子砲を搭載した「マゼラン級戦艦」を就役させ、ジオンを威圧しました。このやり方は、軍事力への対抗手段を誇示したといえるでしょう。

 なお、開戦時のジオン軍は「ムサイ級軽巡洋艦」を主力としていました。この艦艇は「MSの発進ハッチが進行方向の後ろ向きについている」という不思議な設計です。

 敵と逆の方にMSを射出したら、反転して「ムサイ」を追い抜かねばなりません。これは推進剤を余計に使いますから不合理です。実際、ガンダムの宇宙艦艇でこんな設計の艦型は他にありません。また、敵の攻撃に対して打たれ弱いことも気にかかります。

 実際、ムサイ級軽巡洋艦は『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』(パラレルワールドですが)では、「アルカナ級民間貨客船」としても登場しています。なお、「ムサイ級」は艦橋を上にして、三角形の隅にエンジンがついていますが、「アルカナ級」はエンジンが上で、艦橋を下にしています。

 貨客船として使うのであれば、軍艦時にモビルスーツを搭載するスペースは、客船時の貨物搭載スペースになるでしょうから、ハッチは後ろ側に向けて開いた方が、コロニーの港での荷物の積み下ろしは容易でしょう。大型客船「橿原丸」級として建造された、旧日本海軍の空母「隼鷹」級で語られたエピソードのひとつ、「客船としての快適性を考慮した船体設計」ゆえに可燃物だらけで苦労したというのを連想させます。

 そうなると大艦巨砲主義の中で建造された、戦艦「グワジン級」も、優美な外見から「客船として建造された可能性」を想起します。

 以上、現実世界と「ガンダム」の兵器偽装について推察しました。一見、不合理そうに見えるムサイ級の設計も「客船として偽装建造された」と考えると、合理的というのは、『ガンダム」のSF性を現しているように感じて、興味深いところです。「その兵器を、平時はどう公表していたのか」も想像できる、よくできた世界観と思う次第です。