自己犠牲のサービス経営から卒業するバランスチェック/松井 拓己
サービス事業の構成要素を、顧客、従業員、事業の3つに分けて捉えたときに、どこかが犠牲になっているサービス事業はうまくいきません。
「そりゃ当たり前でしょ」
と言いたくなるかもしれませんが、サービス事業の実態はそうでもありません。サービス経営課題に取り組んでいる企業でも、どこかが犠牲になっているために、取り組みがうまくいかないことが多いのです。
「顧客拡大」が顧客を犠牲にする
顧客や事業の拡大に熱心な企業を覗いてみると、実は顧客を犠牲にしていることがよくあります。「いかにして顧客に売りつけるか」「いかにして顧客を囲い込むか」という観点で奮闘しているようなケースです。ビジネスである以上、業績は欠かせません。しかし、その取り組みが提供者都合の押しつけでは、顧客からの評価は低下し、従業員は疲弊してしまいます。いずれは顧客も従業員も、離れていってしまうでしょう。
自己犠牲を前提にした「サービス向上」「おもてなし」
顧客からの評価向上は、サービス事業の成長エンジンになります。しかし、顧客満足やサービス向上、おもてなしというテーマを、建前論や精神論で捉えて、間違った解釈をしていることがあります。サービス提供側が自己犠牲を払ってでも、顧客のために何でもかんでも尽くすことが良しとされる風潮があるのです。顧客は喜んでくれるかもしれませんが、そのためにサービス提供側が自己犠牲を払って疲弊してしまうのは、サービス事業として健全な姿ではありません。
「働き方改革」が働きがいを犠牲に
人材不足や労働環境の改善に注目が集まり、働き方改革や従業員満足の向上に熱心な企業が増えています。しかし、働きやすさを改善しようと残業規制をかけた結果、働きがいを犠牲にしてしまって、働き盛りの社員が逆にモチベーションを下げているケースが少なくありません。働き方改革は、「働きやすさ」と「働きがい」に分けて捉える必要があるのです。
「生産性向上」でサービスの価値まで削ぎ落とす
日本のサービス産業の生産性はアメリカの半分しかなく、サービスの生産性向上は喫緊の課題です。しかし実情は、生産性向上といっても効率化ばかりが着目されています。手間がかかるからと安易に顧客接点を省力化や自動化して、サービスの価値を犠牲にする効率化が散見されます。サービスの魅力を削ぐような効率化では、大切な顧客が離れてしまって本末転倒です。
顧客ががっかりするサービスの「技術革新」
AIやRPA ,IoT など、サービスの技術革新が進んでいます。先端技術の活用は、バックオフィスにとどまらず、顧客接点にも展開されるようになってきました。こういったテクノロジーを活かすチャレンジには大きな可能性を感じます。一方で、価値ある活用ができていないガッカリ事例も多く見かけます。サービス設計なしに、闇雲に先端技術を導入したところでうまくいかないのは当然です。あえて人が行う業務と、先端技術を活用すべき業務の組み立ては十分にできているでしょうか。
「製造業のサービス化」はサービスをおまけ扱いしていないか
「モノからコトへ」と言われて、以前から「製造業のサービス化」が経営課題になっています。しかし「これからはサービスも頑張ろう」という程度に捉えてはうまくいきません。このテーマはむしろ、「製造業がサービス業に生まれ変わる」と捉えるべきです。製造業を「モノがつくれるという強みを持ったサービス業」と捉え直すことから始めるのです。モノづくりとサービスを別物扱いせず、製造業の本業としてサービスを捉える時代になりました。
地域社会がげんなりする「地方創生サービス」「地域密着サービス」
地方の過疎化が進み、地域社会や地域経済の在り方が見直される中で、地方創生やコミュニティー形成を掲げるサービス事業が増えています。しかし中には、地域の資源を集客のためのネタにして、結局のところ自社だけで顧客を独り占めしているケースもあるようです。 地域密着型のサービス事業は本来、その事業が地域の誇りになったり、地域から応援される事業であるべきです。地域密着型サービスの事業者は、地域に身内として受け入れられているでしょうか。地域から愛着や応援が集まる 事業こそ、“地域密着”だといえます。
“選ばれ続ける”事業にステージアップせよ
これまで説明してきたように、日本のサービス事業では様々な取り組みが進められていますが、どこかが犠牲になることで苦戦しているケースが多いものです。顧客、従業員、事業の三者の目で見て、価値あるサービス事業だといえるでしょうか。加えて地域に根差した事業では、地域社会から応援されることも欠かせません。顧客、従業員、地域や社会から、積極的に選ばれ続けるサービス事業にステージアップすること。これこそ事業の成長力や競争力になり、サービス競争の新時代を生き抜く強さになります。