こうして社員はやる気を失う…いつまでも部下の信頼を得られない上司に共通する「最悪の口癖」
※本稿は、松岡保昌『こうして社員は、やる気を失っていく』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。
■部下に考えるスキを与えない過保護上司
長年上司が担当していた営業先を引き継ぎ、はじめて販売促進のイベントのチーフを任されたAさん。最高のチームをつくりたいと意気込んでいた。そこで、上司との打ち合わせをしたときのこと。
上司「これ、過去のこの会社のイベントに関わる資料一式そろえておいたから。初のチーフ、期待しているよ」
Aさん「ありがとうございます!」
上司「ちなみに、今回のチームのメンバーはBさんとCさんで。もう本人たちには伝えてあるし、みんな乗り気だったから、チーフとしてもやりやすいだろう。協力会社は、こことここには話を通してある。これらの会社はよくわかっているところだから、任せておけば安心だ。まずは、ここに連絡をとって進めていけばいい。もし何かわからないことがあったら、いつでも相談してくれ。どうすればいいか教えるから」
Aさん「はい……」
部下の仕事がしやすいようにと、つい手を出しすぎてしまう上司がいます。失敗しないようにと、事細かに手順書を準備して、「このとおりにやれば大丈夫だから」と部下に考えるスキを与えない上司もいます。それがじつは、部下のやる気を下げていることに気づいていません。
■部下に主体性を与える「内発的動機付け」
人がやる気になる動機付けには、「外発的動機付け」と「内発的動機付け」の2種類があります。「外発的動機付け」は、金銭や賞罰、名誉など、報酬に基づく動機です。外からの人為的な刺激によって与えられるものです。一定の成績を上げた社員に報酬を支払うインセンティブ制度や、営業成績優秀者の表彰など、多くの企業で「外発的動機付け」を活用した取り組みが行われています。
一方、「内発的動機付け」とは、お金のためや他者からの評価とは異なり、内面から沸き起こる興味・関心や意欲に動機付けられて行動を起こすものです。たとえば、本を読むこと自体を楽しんでいるのは「内発的動機付け」、試験勉強のために本を読んでいるのは「外発的動機付け」といった違いです。
「外発的動機付け」の場合、そこで得られる報酬そのものが目的になりがちですが、「内発的動機付け」では行動そのものが目的となるため、より主体的に取り組んでいる状態になっていると言えます。
■内発的動機付けを促す3つの要素
そのような「内発的動機付け」を促す要素として、心理学者のエドワード・L・デシ氏とリチャード・M・ライアン氏による「自己決定理論(SDT:Self-determination theory)」では「人は生来、能力を発揮したい(有能感)、自分でやりたい(自律性)、人々と関係を持ちたい(関係性)という3つの心理的欲求が備わっている」と説いています。
つまり、仕事をするなかで、「自分は○○ができている」という「有能感」が実感でき、誰かの指示や命令ではなく自分で決定し動かしているという「自律性」を感じ、同じ目標をめざす仲間との交流や刺激をし合う「関係性」を持つことが大切なのです。また、ダニエル・ピンク氏は『モチベーション3.0』(講談社)の中で、自律性に重要な4つのT(Task:課題、Time:時間、Technique:手法、Team:チーム)をあげ、「何を、いつ・どこで、どんな方法・手段で、誰と行うのか」を自己決定できることが大切だと紹介しています。
逆に言うと、これらを実感できない環境や関係性のなかでは、人は徐々にやる気を失っていくというわけです。リーダーとして、自分の言動がこれらの環境を阻害していないか、「内発的動機付け」を意識した関わりや環境づくりができているかを考えてみてください。
■極端な「任せきり」はかえって部下の不安を生む
だからといって、「任せた」と言い放ち、部下に仕事を丸投げすれば「内発的動機付け」ができるというわけでもないのがマネジメントの難しいところです。たとえば、新規案件が発生したこんな場面。
上司「この案件、決まったことは知っているよね。君に任せるからさ。頑張ってやってみて」
部下「わかりました。決まるまでにけっこう時間がかかりましたが、何か注意点はありますか?」
上司「いや、とくにないと思うよ。いつもどおりにやっておいてよ」
(後日)
部下「先日の案件で、この部分、どうしたらいいのかアドバイスをいただけますか?」
上司「うーん……。そのくらい、自分で考えてよ」
放任主義の丸投げ上司にありがちな態度です。「任せた」という言葉は部下を信頼しているようにも聞こえますが、部下からすると、本当に信頼されて任せてもらったのだろうかという不安感や、上司への不信感が募る態度とも言えます。
■相互理解のための対話で「推論のはしご」を共有する
人は1人ひとり価値観も違い、それぞれ違う意見を持ち、正解も人によって異なります。だからこそ、相互理解のためのコミュニケーション=「対話(ダイアローグ)」が不可欠です。しかも、新しい業務に取りかかる際には、まず業務の背景や目標・目的、判断基準などを共有するための「対話」が欠かせません。
対話において大切なのは、単に何を考えているかを話し合うだけでなく、なぜそのように考えているのかという思考のプロセスである「推論のはしご」を共有することです。
「推論のはしご」のわかりやすい例を挙げます。2組の夫婦が、ほぼ同時に同じ場所に引っ越してきました。それぞれの夫婦がふと窓から外を見ると、道端で近所の奥さんたちが井戸端会議をしています。
【Aさん夫婦の会話】
夫「ちょっと見て。あの体格のいい人がこのあたりを仕切っているみたいだね」
妻「ということは、あの人にうちのことを知られると、あることないこと言いふらされるかもしれないから、あの人と付き合うのは慎重にしたほうがいいわね」
夫「たしかにそうだね。噂話のネタにされるのは嫌だし、尾ひれがついて広がると怖いからね」
【Aさん夫婦の結論】
仕切っている体格のいい人とは慎重に付き合う。積極的には関わらない。
【Bさん夫婦の会話】
夫「ちょっと見て。あの体格のいい人がこのあたりを仕切っているみたいだね」
妻「本当だ。ということは、娘をどこの塾に通わせるといいかなど、ご近所の情報を一番持っているのかもしれないわね」
夫「そうだね。あの人に相談に行くのが早くて確実そうだから、早速明日、菓子折りでも持って挨拶に行ってみようか」
妻「そうね。賛成。そうしましょう」
【Bさん夫婦の結論】
仕切っている体格のいい人と積極的に付き合う。
■プロセスの共有によって創造性が発揮される
このように、同じ事実や事象を見ても、どうとらえたか、何に着目したか、どのように考えたかで結論は大きく異なります。だからこそ、対話のなかでは、お互いの考えたプロセスを「聴き合う」ことが大切になるのです。
そうすることによって、「意見が合わない」と思っていた相手でも、その考えに共感できたり、より深い理解につながったりします。そして、対話が刺激となり、当初なかった新しいアイデアや物の見方が生まれるなど、創造性が発揮されるのです。
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松岡 保昌(まつおか・やすまさ)
経営コンサルタント
1963年生まれ。同志社大学経済学部卒業後、リクルートに入社。2000年にファーストリテイリングにて、執行役員人事総務部長として当時の急成長を人事戦略面から支える。現在は、経営、人事、マーケティングのコンサルティング企業であるモチベーションジャパンを創業し、同社代表取締役社長。著書に『人間心理を徹底的に考え抜いた「強い会社」に変わる仕組み』(日本実業出版社)がある。
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(経営コンサルタント 松岡 保昌)