※この記事は2019年04月09日にBLOGOSで公開されたものです

「世界で一番休める国」イギリス

イギリスは、「世界で一番休める国」だそうだ。企業が従業員に付与する年間有給休暇が28日で、世界各国の中で堂々の第1位となった。

「28日」というのは週5日フルタイムで働くとして、5週間以上になる。振り返ってみると、企業に勤める友人たちから「年間の休みは5-6週間」と聞いて、驚いたことを思いだす。28日は週5日勤務の場合で、週に4日、あるいは3日勤務になると少し日にちが減少する。2009年には24日だったが、それ以降は最大28日に延長となった。

イギリスでは、パートタイムで働く人や、直前になって仕事の依頼を受ける、いわゆる「ゼロ契約」(特定の勤務日をあらかじめ決めない)の人も、一定の有給休暇を付与されることが法律で決まっている。

実際には、いっぺんに5-6週間職場をあけるわけではなくて、長くても2週間ぐらいが多いようだ。

しかし、国家統計局の調査によれば、1990年代以降イギリス人の休暇動向は変わっている。かつては2週間きっちりと取っていたのが、3日ほどの短い休暇を複数回取ったり、1週間丸まる(5日間プラス前後の週末を加えた9日、あるいはこれに1日足して10日にするなど)取ってどこかに行く人が増えてきた。

休暇で何をするのかというと、最も人気が高いのが海外旅行だ。例えば、1996年には2700万人が海外旅行に出かけたが、2016年には4500万人に増えた。人口はこの間12%しか増えていないのに、海外旅行者は68%増だった。

その大きな理由として挙げられるのが、格安のチケットを販売する航空会社「イージージェット」や「ライアンエアー」などの勃興だ。インターネットが普及していなかった1990年代半ばまでは、海外旅行には旅行代理店に行って手配をするのが主流だった。今はスマートフォンを使って、自分ですべて予約できる。

飛行機の行き先は欧州大陸が多い。それまで一度も大陸を訪れたことがなかった人も、格安の航空チケットを手にスペイン、フランス、イタリア、ポルトガルなどに繰り出した。じめじめ、どんよりした天候が多いイギリスよりも、太陽がさんさんと降り注ぐ国を好んだのは無理もない。

すべての有給休暇を使っているわけではない

冒頭でイギリスの年間有給休暇の日数が28日で、世界でも非常に長い日数であることを書いた。

筆者からすると、イギリス人は「休んでばかり」という印象があったのだけれど、実はかなりまじめな仕事人間の側面もある。

雇用支援組織「グラスルーツ」が行った調査(2018年4月、2000人対象)によると、過去1年間で有給休暇を使い切った人は43%のみ。日数にすると、62%を使っただけだったという。

有給休暇を利用した人の中で、23%が定期的に仕事関連のメールをチェックし、15%が休暇先で仕事を続けた。「同僚に遅れたくない」、「目標を達成したい」のがその理由だった。年齢層が若い人ほど、仕事がらみの行動を取る傾向があった。

イギリスでは日本のように新卒一括採用制度がなく、20代の若者層が最初の職業に就くのは簡単ではない。「仕事の経験がない」ことで門前払いになることも少なくなく、大学を卒業後、アルバイト生活になる人も多い。いったん職を得たら逃すまいと努力する様子が、この調査から見て取れる。

グラスルーツは、休暇先で仕事をやらざるを得なくなることを避けるために、いくつかのアドバイスをしている。

(1)休暇願を出来得る限り早く出す。同じチームに休暇を取ることを伝え、自分には連絡がつかないことを告げる。
(2)休暇に出る前に、自分がいない間の仕事をどのように誰が負担するかを上司と相談する。
(3)休暇中に仕事用メールに連絡をもらった時に、不在であること、ほかにだれがその仕事の担当をしているかの情報が入った自動返答メールが送られるよう、設定しておく。
(4)不在中に代わりに仕事をやってくれる人に、余裕をもって仕事を引き継いでおく。自分自身が休暇中に安心でき、上司も快く自分を休暇に送り出してくれるように。

休みの過ごし方でその人の「階級」が分かってしまう

イギリスに住んでしばらくたつと、社会的背景によって様々な階級が存在することが見えてくる。社会的背景・階級が違うと、話し方やつきあう人が異なると同時に、余暇時間の過ごし方やお金の使い方、何を楽しいと思うのかも変わってくる。

大雑把に言って、ブルーカラーの職業に就き、高等教育を受けていない人は「労働者階級」、ホワイトカラー職に就く人を「中流階級」(日本の感覚では「真ん中」、「平均」のイメージがあるが、イギリスの中流とは平均よりちょっと上の「知識人」という意味合いがある)、そして、高級ホワイトカラー職(例えば上級国家公務員)に就く人の中で、先祖代々からの富を持つ人々を「上流階級」と呼ぶようだ。もちろん、それぞれの階級の中に細かいバリエーションがある。いわゆる「イギリス紳士・淑女」は上流に入る。

「階級(クラス)」という言葉はイギリス社会ではタブー語になっており、「誰それはxx階級だから」という表現は、してはいけないことになっている。

言葉の言いかえの1つとして、上流階級や中・上流階級は「労働者階級」を「ローワー・クラス(下の階級)」、あるいは「貧しい人」と呼んだりする。逆に労働者階級からすれば、上流階級は「エスタブリッシュメント(支配層)」、「気取ったやつら」である。

「余暇の時間の過ごし方」というキーワードで、その人の背景が分かってしまうことをしみじみと感じるこの頃だ。

例えば、筆者の友人、親せきの中で、スペインやフランスに別荘を持っている人が何人かいる。航空チケットは日本円で往復数千円からせいぜい2万円ぐらいで、フェリーを使えば車に家族を乗せて現地に行き、浜辺で寝そべることができる。

フランスで夏の間借りることができる民宿が英国人の間では人気で、そんな場所の1つが、南西部にあるワインの産地ベルジュラック。筆者も、知人に誘われて、2度ほど泊まりに行ったことがある。

着いてみると、知人夫婦2人、夫婦の友人3人、こちらは家人と2人。総勢7人それぞれに寝室がある、大きな家だった。外にプールもついている。

朝、滞在者の一人が街角のパン屋にフランスパンを買いに行く。フランスでは、新鮮なフランスパンを毎朝買うそうだ。プールで泳いだり、ハイキングをしたり。村のマーケットでチーズや野菜、ワインを買う。あまりにもイギリス人の訪問者が多いので、イギリス食品だけを売る店もあった。フランスまで来て、イギリスの食べ物を食べたいという人がいるのだろうか?それがいるのである。雑貨屋でもイギリスの新聞が販売されているぐらいだ。

誘ってくれた夫婦の夫ゴードンさんは、毎朝自転車で雑貨屋に出かけ、1日遅れのイギリスの保守系高級紙「デイリー・テレグラフ」を買っていた。イギリスのニュースを読みながら、「本物の」フランスパンをかじるのが「たまらない」そうだ。もちろんというべきかどうか、彼はフランス語をほとんど話さない。

このフランスの民宿での休暇の過ごし方は、典型的な中流階級の休暇の1コマだ。「紙の新聞を読む」ことが習慣になっていること、しかもその新聞は扇情的な記事が多い大衆紙ではなく、高級紙であることも中流階級らしい。

イギリスは欧州連合(EU)から離脱する、「ブレグジット」を選択したけれども、国民の多くが欧州大陸を訪れ、その気候、食べ物、ワイン、文化を思う存分楽しんできた。

休日、特にどこかに出かけなくても、隣人同士でさっと集まったり、家族や親せきを呼んで戸外でご飯を食べたり。そんな何気ないことでも、心が癒える。これもイギリス人がよくやる「お休みの過ごし方」の1つだ。レストランに出かけるよりも、小さな子供がいる家庭にとっては気を遣わずにランチができる。

それぞれの階級が混じり合わないまま作られる英国社会

しかし、同じ中流でも上流に近い人、かつ富裕な人になると、スケールが違ってくる。

筆者の家族の大学時代の友人(男性)を囲んで、レストランで食事をしていた時のことだ。「冬休み、どうしていたの?」と何の気なしに聞いたところ、「アルプス山脈でスキー旅行」という答えが返ってきた。シングルの男性だが、ガールフレンドと彼女の連れ子、そのボーイフレンドたちをスイスの山小屋に招待し、スキー三昧だったようだ。

夏の予定は?「地中海にヨットを置いてるんだ」。

こちらは、思わず沈黙である。建築士の彼はロンドンで複数のレストランを経営している。

もう一人の友人(弁護士事務所の共同経営者)は、バッキンガム宮殿の近くの高級アパートに住んでいる。彼も夏は自分のヨットで海を巡るのが好きだ。冬は?「ちょっとドバイに行ってくる」。娘婿が現地の会社に勤めているという。

彼は60歳を過ぎているが、毎日、ランニングを欠かさない。かつては保守党から下院議員に立候補する話もあったが、「ある時、政治に幻滅して」、今は「体が動けなくなるまで、現場にいたい」と頑張っている。すでに富裕な彼は、生活費を稼ぐためというよりも、、自己実現のために弁護士をしているのだ。

筆者は「お金がない中流階級」に分類されるので、夏はフランスやほかの欧州大陸の国への旅行がせいぜいで、期間は1週間程度。統計が伝えるように、「3-4日の短い旅行」に、出張と絡めながら、よく行っている。

富のあるなしで、どんな休暇を取るのかがずいぶんと違うが、ついでに言えば、余暇時間の過ごし方も違う。

筆者の知人の1人(上・中流階級)が、昔、イギリスの全国紙の政治風刺画家だった。彼とたまに会うと、最初に聞かれるのは「最近、面白い展覧会に行った?面白い本、あった?」。

面白い本ぐらいなら答えられるが、展覧会のことを聞かれても即答できない。たまには行くこともあるが、しょっちゅう行くわけではないし、比較しながら「ここの展覧会はよかった」ともいえない。

彼はテレビもほとんど見ないし、映画にもいかない。見に行くのは展覧会か国立劇場での舞台劇。家にいる時は、テレビよりも本を読むという。「頭を使わない」テレビよりも、本を読むことの方が大きな知的な刺激になると彼は信じている。

一方、趣味は「旅」という、キースさんという親日家の男性に取材したことがあった。日本が大好きで、地下鉄の運転手だった頃には貯金を使って、3回、日本に行った。それぞれ1か月ほど滞在して、日本中を歩き回った(今は、仕事中の事故で働けなくなったので、失業保険をもらって生活している)。

「宿の予約はしない」という。「日本は安全だし、歩き疲れたところで、宿を見つける」からだ。

ロンドン生まれのキースさんがインタビューの場所に選んだのは、あるパブチェーンだった。アルコール飲料の価格が極端に安いチェーン店だ。

キースさんは金持ちではないけれど、お金が惜しくてこのお店を選んだのではない。廉価の飲み物が出る場所に行くのは労働者階級の人が中心で、自分と似たような環境にいる人ががやがや集まったところにいる方が、彼にとって高級レストランに行くよりも、落ち着くのである。

展覧会にしょっちゅう行くような人、ヨットを港に浮かばせているような人は、ここにはやってこない。食べ物や飲み物の質、インテリアが好みではないからというわけではなく、集まる人が「自分たちの仲間」ではないからだ。

労働者、中流、富裕層、上流、それぞれの階級が交じり合わないまま、英国社会を形作っている。

それでも、お金がある人もない人も心待ちにしているのが、太陽の下で子供と遊んだり、バーベキューをしたり、ビールやワインを片手にリラックスできる夏の到来だ。

筆者も、あと2か月もしたら、バーベキュー用のアウトドア・テーブルを物置から出そうと思っているところだ。

小林恭子(こばやし・ぎんこ)

在英ジャーナリスト。英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。『英国公文書の世界史──一次資料の宝石箱』、『フィナンシャル・タイムズの実力』、『英国メディア史』。共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。連載「英国メディアを読み解く」(英国ニュースダイジェスト)、「欧州事情」(メディア展望)、「最新メディア事情」(GALAC)ほか多数  Twitter: @ginkokobayashi