これまでにないデザインで登場した「ZR-V」(写真:本田技研工業)

5月19日、ホンダが「新型SUVデザインストーリー」というサイトを公開した。内容は、新型モデルのデザインができるまでの解説だ。その新型SUVの名前は「ZR-V」だという。一体このZR-V、どのようなクルマなのだろうか?

端的に言えば、コンパクトSUVの「ヴェゼル」とミドルクラスSUV「CR-V」の間を埋めるサイズのSUVだ。いわゆる“Cセグメント”に相当する。ただし、普通のSUVではなく、「まったく新しい価値」を提供するとホンダは言う。

ZR-V/ヴェゼル/HR-Vの名称戦略

ここでややこしいのは、その名称だ。日本仕様はZR-Vであり、中国でも同じZR-Vの呼び名が使われるようだ。

しかし、北米では「HR-V」と名乗る。ちなみに北米をはじめ世界市場では、これまで日本のヴェゼルと同じクルマがHR-Vの名称で発売されていた。一方、中国はHR-Vとヴェゼルの両方の名称が使われてもいた。


北米向け「ヴェゼル」の2020年モデル(写真:HONDA USA)

そんな中で昨年、日本の「ヴェゼル」はフルモデルチェンジで新世代に切り替わる。しかし、この新型ヴェゼルは、北米には未導入。その代わりに、新型SUV(日本名:ZR-V)が新世代の「HR-V」として発売されたのだ。

また、中国でも同じように、日本の新型ヴェゼルは導入されていない。かわりに新型ヴェゼルベースのEV「e:NS1」と、新しいZR-Vが導入される。つまり、今後は日本ではヴェゼルとZR-V、北米ではHR-V、中国はZR-Vとe:NS1が販売されることになる。


中国で販売される「e:NS1」(写真:本田技研工業)

世界的な視線でいえば、これまでの「ヴェゼル(日本名)=HR-V(世界名)」が、新世代となることで分離。旧HR-Vは、よりサイズアップして新世代となる。日本には新世代モデルが、新たにZR-Vの名で導入されるというわけだ。

ちなみに日本やヨーロッパでは、1998年よりハッチバック車をベースとした、HR-Vという名のクロスオーバーが発売されていた。ただし、そのコンセプトは1代限りとなり、現在グローバルで販売されているHR-Vには受け継がれていない。

そういう経緯もあるため、日本では、過去のHR-Vのクロスオーバーのイメージを嫌って、ZR-Vの名称を使った可能性が考えられる。

そんな新型ZR-Vがどのようなクルマになるのか。もう少し掘り下げてみよう。

サイトに公開されたZR-Vの開発責任者、小野修一氏のインタビューには、その狙いが以下のように説明されている。

「現在、ホンダにもCR-V、ヴェゼルの2つのSUVがあり、どちらも世界的な人気を博しています。ただCR-Vが年々大型化していったことで、ヴェゼルとのサイズ差がより広がりました。ホンダとしてはその間のSUVがないことへの懸念もあり、また市場のニーズも強く感じていたので、機種開発担当としては“これは我々が応えないといけない”という思いを持って開発に向き合いました」

下のヴェゼルに対して、上のCR-Vが大きくなって、差が広がった。その間に商品がないのはもったいない。しかも、2車の中間に当たるCセグメントは、大きな販売数が望めるゾーンだ。だからこそ、そこに新型を投入したいというわけだ。


「CR-V」の現行モデル(写真:本田技研工業)

「都会的でスタイリッシュ」な新しい価値

どんなクルマを狙ったのかといえば、「従来のSUVとは一線を画する、新しい価値を持ったクルマとして誕生しました」とサイトには説明されている。

具体的な特徴については、「ゴリゴリのオフロード走行をするためだけのクルマではもちろんなく、街中で堅牢さや屈強さを誇示するためのクルマでもありません」「運転姿勢は、まさにセダンライク」「軽快で運転しやすく、走ることが楽しくなる、というホンダ伝統の乗り味そのもの」「休日をスマートにスタイリッシュに演出し、ご家族のライフスタイルをより素敵なものに変えていけるクルマ」といった説明が並んでいた。

つまり、ZR-Vは「泥臭さ」「タフさ」ではなく、都会的でスタイリッシュなイメージを持つ、スポーティに走るSUVということだ。

オフロードではなく街乗りを意識しているところは、1998年に登場した最初のHR-Vを思い起こされる。


1998〜2006年にかけて販売された「HR-V」(写真:本田技研工業)

最初のHR-Vは、ハッチバック車のようなボディに大きなタイヤを履かせ、車高を高めた不思議なクルマであった。あれもオフローダーではなかったし、セダンライクであったが、そのときのコンセプトを洗練のデザインで再生したということだろうか。

北米向けHR-Vの説明には、「エクステリアは、水平なベルトラインと流麗なプロポーションに加え、先代モデルに対してホイールベースを長くすることで、低く踏ん張りの効いたスタンスとしました」とある。

過去のヴェゼルよりもサイズアップしているのだから、ホイールベースが伸びるのは当然だが、ニュースリリースには「若々しくアスレチックなスタイリング」「冒険に適した多彩なインテリア」との見出しが躍り、北米ではHR-Vに対して、若くアクティブなユーザーを想定していることがうかがえる。


中国では広汽集団の中国合弁「広汽ホンダ」で販売される(写真:本田技研工業)

ZR-Vの発売は、北米で今年の夏。日本では2022年内になるという。パワートレインは、エンジン車と「e:HEV」ハイブリッドの2つ。このホンダのハイブリッドは、2つのモーターを使ったシステムで、ほとんどのシーンをモーター駆動で走り、高速走行時の一部だけでエンジンのパワーを駆動に直接使う。

街中ではEVのように、高速道路ではエンジン車のように走れるというのが特徴だ。すでに、ヴェゼルや「インサイト」「フィット」などで採用され、定評あるシステムである。先ごろ発売になった新型「ステップワゴン」にも搭載された。

ジャストサイズでも個性派は売れるか?

日本市場でライバルとなるのは、トヨタ「カローラクロス」、日産「エクストレイル」、マツダ「CX-5」、スバル「フォレスター」といったところだ。これまでCR-Vが担っていた役割を、CR-Vが大きくなりすぎてしまったために、ひと回り小さいZR-Vが果たすことになるわけである。

そして、ZR-Vは普通のSUVではなく“セダンライク”という変化球で勝負してきた。個性派なだけに、どれだけ市場に受け入れられるかは未知だが、ヒットの兆しは多いにある。ちなみに北米市場でのCR-Vの人気は絶大だ。


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2021年の年間販売台数は36万台を超えており、アメリカでの車名別ランキングで5位になっている。上位3台がピックアップトラックであり、4位がトヨタ「RAV4」。その次がCR-Vなのだ。乗用車としては、実質2位である。

そんな北米に対して、日本市場でのCR-Vの販売は散々なもの。昨年の日本での年間販売ランキングは51位以下の圏外で、年間で1万台も売れていない。一方、北米でのライバルであるRAV4は、日本でも年間約5万台が売れ、販売ランキングで15位を獲得している。

新型SUVで手薄になったCセグメントの手当てをするのは良いけれど、CR-Vにも何か救いの手が必要ではないだろうか。ZR-Vの投入にあわせて、ホンダSUVラインナップ全体の盛り上げを期待したい。

(鈴木 ケンイチ : モータージャーナリスト )