私たちの人生にも役立つ「のび太」の生き方を分析してご紹介します(編集部撮影)

ドラえもん』ののび太というと、ぐうたらでダメな子の典型というイメージです。しかし、20年以上にわたり『ドラえもん』を研究してきた富山大学人間発達科学部の名誉教授・横山泰行氏は、のび太は実は想像以上に人生を上手に歩んでいるのではないかと分析します。

発売から17年のロングセラーとなっている横山氏の『ポケット版「のび太」という生きかた』から一部抜粋・再構成し、その理由を探っていきます。

「のび太」は想像以上に人生をうまく歩んでいる

漫画『ドラえもん』ののび太は、テストでは0点ばかりでクラスでも最下位、運動も大の苦手という冴えない男の子の代表です。ジャイアンやスネ夫をはじめ、他の子どもたちからもいじめられてばかりで、のび太のママや担任の先生からも叱られるのが日常茶飯事になっています。

そんな、何もかもうまくいっていない印象の「ダメのび太」ですが、私はドラえもん学を研究していく中で、のび太という男の子は、実は想像以上に人生を上手に歩んでいるのではないか、と思ったのです。

映画版などの大長編では、彼は友だちに信頼され、ときにはドラえもんに代わって集団の中心人物としてリーダーシップを発揮することもあります。勉強や運動は確かに苦手ですが、どんなにドジでのろまであると言われても、集団のかけがえのない一員として認められており、あのジャイアンやスネ夫も、のび太を大切な仲間として、遊ぶときには必ず声をかけています。

そして将来は念願叶って、みんなのマドンナ・しずかちゃんを生涯のパートナーとして射止めるという大成功を収めます。のび太の人生は一見すると失敗の連続のように思えますが、のび太は人生の重要な節目においては着実に夢を叶えているのです。

ドジでのろまと言われ続けたのび太が人生をうまく切り開いていけたのは、のび太がもともと持っていた様々な性質や考え方によるものです。それは決して難しいことではなく、ちょっと意識を変えるだけで誰もが真似できるものだと思います。ここでは、私がまとめた「のび太メソッド」の中から、みなさんの人生にも役立つと思われる項目をいくつかご紹介します。

しずかちゃんのハートを射止めて結婚まで導いたのは、まさにのび太の優しさでした。しかも、彼が仲のいい友だちだけではなく、ときには敵対するような人にまで、生来の優しさを発揮することは少なくありません。その優しさは、彼の生活の中で潤滑油のような働きをしており、のび太に楽しく生きるエネルギーを与え続けているのです。

「このかぜ うつします」(『ドラえもん(2)〈てんとう虫コミックス〉』小学館)というお話があります。

のび太は、仕事に行かなければいけないのに風邪をひいてしまったのび太のパパのために、ドラえもんにひみつ道具「カゼをうつす機械」を出してもらい、パパの風邪を引き受けます。おかげでパパはすっかり元気になりますが、のび太は重度の風邪に見舞われてしまいます。そこでのび太は、ジャイアンやスネ夫に風邪をうつしてやろうとするのですが、スネ夫のパパがスネ夫を心配しているのを目にしたり、風邪を引いているのび太をジャイアンが気遣ってくれたりしたため、思いとどまって誰にも風邪をうつさなかったのでした。

この作品では、のび太の優しさが何度も垣間見えてきます。のび太の優しさは生まれ持っての才能ともいえるほど優れたもので、どんな相手に対しても心底から憎んだり、存在そのものを否定するような言動は取りません。

自然現象にまで愛情を注ぐ

また、のび太の優しさが発揮される対象の範囲は、とどまるところを知りません。

人だけではなく、動物や植物、竜などの架空の動物も対象に入ります。さらには、作品で登場する台風、つまり自然現象にまで愛情を注いでいるのです。

ドラえもん(6)〈てんとう虫コミックス〉』(小学館)の「台風のフー子」というお話では、ドラえもんの四次元ポケットから出てきた台風の卵を自分で温めてかえそうとします。ドラえもんは「あぶないからすてよう」と言いますが、のび太は「かわいがって、そだててやるんだ」と断り、この台風にフー子という名前までつけてあげます。エサを自分で作ったり、遊んであげるなどかわいがり、フー子ものび太をいじめるジャイアンを吹き飛ばすなど、のび太を慕います。大型台風が日本に接近しているというニュースで大騒ぎになっているとき、フー子は家を飛び出して大型台風に対決を挑み、ぶつかって大型台風を消し去ると同時に自身も消滅してしまいました。

結果的にフー子に救われたのび太たちですが、フー子が台風上陸を阻止すべく立ち上がった背景には、本来は人間の敵と恐れられる台風にさえも、分け隔てなく優しさを注いだのび太の愛情があったからこそでしょう。のび太の優しさは、自然現象である台風にまで十分に伝わるもので、フー子にはとてもうれしいものでした。

そして最後は、フー子はその優しさに報いようとしたのです。

多様性への幅広い理解が大切な現代においては、何に対しても偏見を持たず、優しく認め合う姿勢がますます重要になってきます。のび太のような優しさは、まさに今の時代に求められていることでもあるのです。

「失敗すること、負けることを楽しめる」

人生に失敗はつきものです。たとえ優秀で性格が良く、どんなに人間関係に恵まれた人であっても、程度の差こそあれ失敗はつきまといます。

だからこそ私たちは「失敗を起こさない」という予防策を立てるより、「失敗したときの感情のコントロールの仕方」を訓練すべきなのです。そして、失敗をむしろ楽しめばよいのではないでしょうか。

これも、のび太が教えてくれた大きな教訓のひとつです。

ドラえもんプラス(5)〈てんとう虫コミックス〉』(小学館)に「45年後……」というお話があります。

のび太は学校の裏山で、45年後ののび太(以下、「老年ののび太」)と出会います。懐かしい小学生時代をまた体験したいと思った老年ののび太が、ドラえもんに頼んでやってきたのです。彼の望みにより「入れかえロープ」で現在ののび太と体を入れ替えた老年ののび太は、野球に飛び入り参加をするものの三振やエラーばかりでジャイアンやスネ夫に責められてしまいます。また、自宅ではママに「宿題もしないで!!」といつも通り怒られます。しかし、老年ののび太はジャイアンたちに責められてもまったく怯まず、「アハハ、昔のとおりだ」と笑い、ママに対しては「若いなぁ……」と涙ぐみ、「もっとしかって!!」と喜びます。

現在を十分に満喫したのび太は、帰り際に「1つだけ教えておこう。きみはこれから何度もつまずく。でもそのたびに立ち直る強さも持ってるんだよ」という言葉を残して去っていくのでした。

この作品を読んだ私は、最初は不思議に思いました。老年ののび太は、なぜ活躍できないとわかっていたのに野球に飛び入り参加したのか?

それは、のび太に「失敗すること、負けることを楽しめる」という優れた長所があるからです。たとえ、自分のみじめな姿をみんなにさらして、笑われるだろうと予想していても、「それも人生の醍醐味」と広い心で捉えているからこそ、老年ののび太は野球に参加できたのです。

「失敗」や「負けること」を心ゆくまで楽しめる、老年ののび太。そんな彼の懐の深さに触れるとき、私は心から「人生って、辛くても、やっぱり温かいものだな」「こんな、かっこいい大人になりたいな」と思えるのです。

環境が複雑さを増し、なかなか先の見えない現代においては、これまでの常識が通用せず、試行錯誤や失敗を繰り返しながら進んでいかなければいけない場面も増えてくると思います。

そんなとき、のび太のように「失敗までも楽しむ」という精神を少しでも持つことができれば、一歩を踏み出す勇気につながるのではないでしょうか。


『ポケット版「のび太」という生きかた』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします

このように、ダメな子と思われていたのび太には、数々の魅力的な長所があります。

ご紹介した「優しさ」や「失敗に挫けない心」は、これからを生きていく子どもたちにも、ぜひ持っていてほしい大事な要素の1つだといえるでしょう。

「わが子がのび太に似ていて心配」という親御さんの声を聞くことがありますが、見方を変えれば、将来有望な素晴らしい長所をたくさん持っているということなのです。

自分の人生や子育てで悩んだとき、壁にぶつかったときはぜひ、「のび太の生きかた」からヒントを見つけてみてはいかがでしょうか。