2019年は日本で韓国に対する関心が大いに盛り上がった年だった。日韓関係が極度に悪化するなか、文在寅(ムンジェイン)政権だけではなく、市井に生きる韓国の人々が何を考え、どう生きているのかにも注目が集まった。韓国の人々が日本を批判する背景には様々な理由があるからだ。


82年生まれ、キム・ジヨン 筑摩書房

 そんななか、18年末に韓国のベストセラー小説『82年生まれ、キム・ジヨン』が日本でも出版され、大きな話題を呼んだ。女性の生きづらい世界を生き生きと描いた本作は、韓国の人々が抱える「不安」をリアルに具現化してみせた。本作では秋夕(チュソク)(旧盆)の連休で夫の実家を訪れた主人公のジヨンに、実母が憑依して、なぜ夫の実家にばかり行くのかと不満を漏らす場面がある。韓国の女性たちは秋夕と旧正月の前になると憂鬱になる。夫の実家でひたすら料理に励まなければならないからだ。

韓国で「女性は男性に尽くす存在」

 私の知り合いも「夫の実家に着くなり、ジョン(韓国の天ぷら)をひたすら揚げ続けた。何も食べていないのに、油の匂いで何も食べたくなくなった」とぼやいていた。韓国の女性たちは「シアボジ(義理の父)」「シオモニ(義理の母)」という言葉に敏感になり、「シグムチ(ほうれん草)とか、シがつくものは何でも嫌い」という笑えない冗談も飛ぶ。本作は、韓国で、女性は男性に尽くす存在だと位置づけられてきたと指摘する。

「男尊女卑」とも言える世界があったため、韓国で慰安婦問題が浮上した時期も遅かった。1965年の日韓請求権協定締結当時、日韓の交渉当事者たちは慰安婦問題が存在することを知らなかった。元慰安婦が重い口を開いたのは91年。日本で、海外に売春に出かけて苦労した女性たちの姿を追った映画「サンダカン八番娼館望郷」が封切られてから17年後のことだ。元慰安婦が証言に至った背景には、韓国の市民運動が広がり、「女性の人権」にもようやく日が当たるようになった当時の社会の変化があったという。

 もちろん、韓国が急速に男女平等社会に向けて進んでいるわけではない。ジヨンが秋夕で起こした事件は2015年秋のことだ。

「若年層の失業率10%」の理由

 そして、韓国における男女平等の問題を更に深刻にしているのが、「ヘル(Hell)朝鮮」とも言われる激烈な競争社会だ。親は早ければ2歳の子どもを英語や情操教育のための学院(塾)に通わせ始める。韓国統計庁によれば、高校生の平日の平均勉強時間は1日10時間を超える。夜中の午後10時ぐらいまで学院で勉強する子はざらにいる。韓国では条例などで、学院が午後10〜11時くらいから翌朝午前5〜6時くらいまで営業できないように定めている。そうでもしないと、子どもがずっと学院に行きっぱなしという状況になりかねないからだ。

 また、韓国は日本と比べると、価値観がどうしても狭い部分がある。日本のような職人文化がなく、学歴を偏重し、大企業や公務員でなければ評価されない。知人の大学教授は、自分のゼミで大企業に入社が決まった学生がいると、「他のゼミ生には言うな」と口止めするという。みなが、余計大企業ばかりに目を奪われるからだ。韓国の平均失業率が大体4%なのに対し、若年層(15歳〜29歳)は10%前後もある。「ここまでがんばったのに、小さな会社なんか入りたくない」という気持ちと、「世間で評価してもらえない」という不安が、就職需給のミスマッチを招くのだ。

女子学生に「整形して出直してこい」

 そこまで激烈な社会の中で生き抜こうとしているのに、本作が語っているように、女性は就職で差別されやすい。知人の話だったが、数年前にホテルに入社しようとした女子学生に、採用担当者が「整形して出直してこい」と暴言を吐いたという。

 こうなると純粋に試験の成績だけがモノを言う公務員などに女性が殺到する。実際、韓国外交部では2000年代から女性合格者が毎年、過半数を占めている。30代くらいまでは女性職員が多く、私の知り合いの男性課長の課では、知り合い以外は全員女性だった。この課長は「昼ごはんも気楽に誘えない。セクハラと言われるかもしれないし。会食がない時は構内食堂でひとりでご飯を食べている」と話していた。

では韓国社会は女性差別を解消できるか?

 そして、韓国では出産による育児休暇など福利厚生も十分とは言えない。せっかく入社できても、ジヨンのように出産を機に離職に追い込まれる女性も多い。ジヨンの夫に対する「(家事や育児で)手伝う、手伝うって言わないで」という叫びは、いつも脇役に追いやられる女性たちのつらい姿そのものだ。

 では、現在の韓国社会を率いる文在寅政権は2020年代に入り、この女性差別の問題を緩和し、解消していくことができるだろうか。

 その答えは相当に悲観的だ。

 文政権は実は女性を軽視しているとも言える。康京和(カンギョンファ)外交部長官(外相)がその良い例だ。文政権は康氏の起用について「初の女性。ソウル大出身でも外交官試験出身でもなく、ガラスの天井を破った」と大いに宣伝した。だが、重要な外交情報は全て韓国大統領府が握っている。19年前半からは、大統領府の国家安保室第2次長の金鉉宗(キムヒョンジョン)氏が事実上の外交安保政策の統括責任者になっている。韓国政府関係者は「康長官は確かにワークライフバランスに気を配るし、女性職員の人気も高い。だが、外交の実権は何も持たされていないお飾りだ」と語る。

 また、19年夏には、文氏の側近、者国(チョグク)氏の法相起用を巡り、様々な疑惑が噴出した。中でも世の中の親たちを憤激させたのが、者氏の娘の高麗大入学を巡る不正疑惑だった。女性が生きづらい世の中なのに、公正な社会を目指さず、自分の身内だけを優先する。

 こうした体質が直らない限り、韓国には第2、第3のジヨンが生まれ、社会の不満はたまり続けるだろう。

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(牧野 愛博/文春ムック 文藝春秋オピニオン 2020年の論点100)