渋谷店に並ぶフライターグのバッグ。トラックの幌を再利用して作られているため、1点1点すべてデザインが異なる(編集部撮影)

JR渋谷駅から原宿方面に続く明治通り沿いに、ひっそりとたたずむ小さなバッグショップがある。

12月中旬、平日の夕方に店舗を訪れてみると、店内の壁面に並んだ引き出しの中には、1点1点デザインの異なるカラフルなバッグがぎっしりと詰められていた。価格は2万〜3万円台が中心で、中には10万円を超える商品もある。仕事帰りの30〜40代とみられる男女や若い外国人客など、客足が途絶えることはなかった。

ここはスイス発のバッグブランド「FREITAG(フライターグ)」の渋谷店だ。1993年にチューリッヒでフライターグ兄弟(兄マーカス・フライターグ氏、弟ダニエル・フライターグ氏)が創設したブランドで、現在はヨーロッパとアジアの11の国と地域に店舗を持つ。

日本では2011年に銀座に初出店し、今は4店舗を展開。4店舗目の京都店は12月20日にオープンしたばかりだ。セレクトショップなどへの卸売りも行っている。世界中に根強いファンを抱え、直近3年間の売上高は2ケタ成長を続けている。

原材料はトラックの幌

青や緑といった鮮やかな色合いが印象的なバッグは、実はすべてトラックの幌(ほろ)から作られている。使い古されたトラックの幌や廃車のシートベルトなどのリサイクル素材を原材料としている点こそ、フライターグの最大の特徴だ。

ここ数年は、ファッション業界でもサステナビリティー(持続可能性)への関心が高まり、大手ブランドの間でも環境負荷の少ない素材を活用する取り組みが広まりつつある。それを26年前から徹底してきたフライターグは、いわばエコブランドのパイオニアである。

昨今、世界的に人や社会、環境に配慮した製品を購入する「エシカル消費」が注目されており、フライターグはこのエシカル消費の側面からもいっそう耳目を集める存在になっている。

創業のきっかけは、デザイナーだったフライターグ兄弟が撥水性などに優れた丈夫なバッグを探し求めたことだった。兄弟が当時住んでいたアパートは幹線道路に隣接し、目の前を行き交うカラフルなトラックを日々眺めているうちに、その幌を活用してバッグを作れないかと思いついた。兄のマーカス・フライターグ(以下、フライターグ)氏は、「エコブランドであることを先行して考えたわけではなく、まずは機能性とデザインを追求した」と振り返る。


創業者兄弟の兄に当たるマーカス・フライターグ氏。デザイナーであるフライターグ兄弟が、耐久性の高いバッグを探し求めたことが創業のきっかけだった(編集部撮影)

知名度がなかった創業間もない頃は、メインの材料となる幌の収集で苦労が続いた。トラックの運送業者に電話をかけても、「お前たちは一体何者なんだ」といぶかしがられ、断られたケースは数知れず。

だが、1997年に転機が訪れた。地元の大手スーパーがフライターグのバッグの模倣品を「コピー商品」として安く販売し、大きなニュースとなったのだ。それがフライターグにはかえってプラスに働いた。「自分たちの商品がオリジナルであることが知れ渡った。知名度が上がり、業者からの幌の仕入れがしやすくなった」(フライターグ氏)。

生産の大部分はスイス本社で

その後は口コミを中心にブランド認知が高まり、世界中に顧客がじわりと広がっていった。テレビCMやポスターなどの広告は展開せず、他のブランドのように「20〜30代の女性向け」などといったターゲット層の設定もない。だが、「長く受け継げる商品として、10代から80代まで世代を超えて利用していただいている」(フライターグ氏)という。

価格は、主力商品の1つである斜めがけのメッセンジャーバッグで2万〜3万円前後。カジュアルバッグとしては安くないが、セールなどの値引きは原則行わずにすべて定価で販売する。廃材を活用するため原材料費自体はさほどかからない反面、ヨーロッパ各地で仕入れた幌の輸送費や、ほぼ手作業で行う生産工程での人件費などを考慮したうえでの価格設定だ。深い傷が付いたり穴が空いたりした場合には、修理も受け付けている。

“お手頃”とは言えない価格でありながらもファンが増え続けている理由は、その独自性にある。使用済みの幌で作られた商品は1点1点デザインが違う。リサイクル素材を使用しているため、くたびれ方や汚れ、傷の付き具合も異なる。

それが唯一無二の「自分だけのバッグ」という特別感や、掘り出し物を探すような感覚をかき立てる。さらに環境への配慮を徹底した生産背景や資源に対する問題意識が伝わり、多くの顧客の共感を生んだ。幌ならではの耐久性も、他のブランドとの差別化要素となっている。

商品の生産量は年間約45万点。生産工程の大部分がスイス国内で行われている。5人の専門チームがヨーロッパ各地の運送業者から仕入れた幌は、チューリッヒの本社にある工場へと送り込まれる。


渋谷店に併設されたかばんの修理工房。全国から届いた「修理待ち」のバッグが多数並んでいた(編集部撮影)

金具やテープを外してカットされた幌を専用洗濯機に投入し、貯水庫に貯めた雨水を使って洗浄。洗い上がった幌をデザインのイメージに沿って複数のパーツに裁断した後、縫製のみをポルトガルやチェコなどにある工場に委託する。

大手ファッションブランドの間では、製造原価を下げるため、人件費の安い中国や東南アジアで商品を大量生産する手法が浸透してきた。それだけに、先進国の中でも特に人件費が高いとされるスイスでの生産は非効率的にも映る。

だがフライターグ氏は、「企画や販売を行う本拠地の近くで生産も行い、無駄な輸送を減らす。長い視点で考えれば、この方が環境への負荷が少なく経済的にも合理的だ」と強調する。「中国で作れば安かったのが、最近は人件費が高くなってベトナムやバングラデシュへと移り、生産地は徐々にヨーロッパに近づいてきた。輸送費も高騰する中、数十年後には生産も販売も同じ場所で行うことが一番安くなる時代が来るはずだ」(フライターグ氏)

社内には上司も部下もいない

オーナー企業であり、株式上場もしていないフライターグは、組織の構造も独特だ。社員は約220人。上司や部下といった社内階層が存在しない「ホラクラシー」と呼ばれる組織形態を採用している。

風通しをよくするためだけでなく、社員一人ひとりが自身の担当領域に責任と決定権を持つことで、意思決定にかかる時間を短縮できるという。決定事項を常に社内で共有するため情報開示を徹底し、各部署のミーティングの内容はすぐにシステム上にアップする仕組みを採っている。

創業者のフライターグ兄弟は現在、ブランドのクリエイティブディレクターとして、新規事業の開発に専念している。フライターグ氏は「資源は有限だ。経済とサステナビリティーは、切り離して考えることができない。より多くの企業がマーケティングの一環としてではなく、当たり前にエコに取り組む時代が来てほしい」と強調する。

サステナビリティーとビジネスを両立させ、ファンを獲得してきたフライターグ。企業にとっても、環境問題への意識が高まる現代において、フライターグの姿勢から学ぶことは少なくない。