柳良平・エーザイ専務執行役CFOは、ROEとESGの両立を説く(撮影:梅谷秀司)

柳良平氏は、エーザイで専務執行役CFO(最高財務責任者)を務めながら、早稲田大学でファイナンス理論を12年教えている理論派だ。UBS証券時代から、外国人投資家と対面で3000回以上の個別ミーティングをこなしており、彼らの考え方にも精通する。その柳氏に外国人投資家が日本企業を過小に評価する背景と改善策について直撃した。

『週刊東洋経済』の11月16日号(11月11日発売)では、「株式投資・ビジネスで勝つ 決算書&ファイナンス」を特集。この柳氏のインタビューのほか、株式投資で不可欠な企業決算の読み解き方を、会社四季報編集部などが厳選した30のノウハウで紹介している。

結論から言うと、日本企業の企業価値は、資本市場から過小評価されている。日本の資本市場におけるメインプレーヤーは外国人投資家。企業価値を向上させるためには、外国人投資家がどう考えているのか、理解して対策を考えることが重要だ。

問題点は2つある。1つはROE(自己資本利益率)に代表される財務戦略。そしてもう1つは非財務戦略、つまりESG(環境・社会・ガバナンス)だ。この2つを改善することによって、日本企業の企業価値を倍増させることができると考えている。

PBR1倍割れでは上場している意味なし

そのためにもぜひ、経営者やビジネスパーソンの方々には、時価総額が会計上の簿価の純資産の何倍であるのかを示す指標である、PBR(株価純資産倍率)を意識してほしい。


そもそも、企業が株式を上場させることの意味は、会計上の純資産の価値よりも高い価値で企業の価値を評価してもらうことにある。PBRが1倍を割っているような状況は、会計上の純資産の価値さえも評価してもらえていないことを意味し、株主に対して付加価値を作れていないことになる。PBRというのは上場企業における企業価値創造の物差しだ。

だが、実は過去10年間、日本企業の平均PBRは1倍程度だった。イギリスの2倍、アメリカの平均3倍程度には大きく見劣りする。そのため、日本企業のPBRをイギリス並みの2倍に持っていくだけで、日経平均株価は4万円に上昇してもおかしくない。

それに向けた扉を開くカギの1つが、財務戦略の指標であるROEの改善である。

私はこの15年間、短期志向のヘッジファンドやアクティビストと言われる投資家から、超長期志向の年金基金に至るまで、国内外の投資家と年間300件以上、対話を積み重ねてきた。外国人だけでも年間200件として、15年続けると3000回ということになる。

こうして培ったネットワークを生かし、世界の投資家から10年以上アンケートをとっている。その結果を見ると、彼らが日本企業に最低8%のROEを期待していることがわかる。今年のアンケートの回答数は181だったが、彼らの機関投資家としての日本株への投資総額は100兆円を超えている。外国人投資家は、日本の上場企業に対して、ROE8%以上を求めている。

一橋大学大学院の伊藤邦雄教授(当時)が2014年に取りまとめた「伊藤レポート」の議論には私も参画した。このレポートで、中長期的な目標として最低8%を提示したのには、こうした背景もある。

経営者は資本コスト意識が欠如している

8%を目指すべき根拠はまだある。ファイナンス理論に基づくと、投資家が8%の利回りを期待している以上、ROEが8%以上でないと、PBRは1倍を割ってしまうことになる。繰り返しになるが、PBRが1倍以下では、上場している意味がない。


柳良平(やなぎ りょうへい)/1962年生まれ。早稲田大学商学部卒。UBS証券などを経て、2009年エーザイ入社。2015年CFO、2019年6月から現職。著書に『ROE革命の財務戦略』(中央経済社)など

さらに実証データでの裏付けもある。日本企業の10年分の財務データを解析すると、ROEが8%以下の企業であればPBRが1倍前後にとどまっている一方で、8%を超えるとPBRは右肩上がりに伸びていく。このことからもROE8%という数字が重要だということがわかる。

カギのもう1つ。日本企業にとって不都合な真実がある。それは企業の巨額な内部留保。上場企業の内部留保は400兆円を超えるレベルになっており、換金性が高い有価証券を含めると、現金だけで200兆円近くある。この十数年で倍になったと言われている。

 内部留保は本来は株主に帰属する利益。それを株主に返さずに、企業が留保している状態だ。いったん株主に返却してから、エクイティーファイナンスで同額のお金を集めたのと、同義だと考えることができる。ここはよく理解していただきたいと思う。

このように、内部留保を資本市場から調達した資金だと考えると、内部留保にも、平均8%のリターンを株主からは求められているわけだ。

もちろん、流動性やリスクバッファを確保するため、一定の内部留保は必要だろう。ただそれだけでは説明しきれない内部留保は不要。ただ持っているだけではなく、価値を生む投資に使わなければならなない。度を超して内部留保が積み上がっている状況は、企業経営者による資本コスト意識の欠如を表している。

驚くべき事実がある。なんと、2019年3月末時点の銀行を除く上場企業の中で、およそ500社では、保有している現金や有価証券のほうが時価総額より大きい。理論的には、それらの企業を時価総額で買収した時点で、買収金額以上の現金が即座に手に入ることになる。さらに有利子負債を差し引いても、およそ200社で、時価総額よりも保有現金のほうが大きい。

なぜこんなことが起きるのか。1つには有価証券が企業同士での持ち合いに化けているため簡単に買収されることがないから。もう1つは日本企業が持っている現金そのものが過小評価されているということもある。

外国人投資家に対して、「日本企業の持っている100円をいくらで評価しますか」というアンケートを採ると、平均しておよそ50円と回答する。なんと、日本企業が持つ100円には50円の価値しかない、と彼らは考えている。

なぜなら、日本企業の多くは現金を溜め込んで、投資もしないし、株主に対して配当として還元もしないから。外国人投資家は、日本企業の保有現金は“死に金”になってしまうのでは、と懸念している。だから、日本企業が持つ100円を100円の価値で見ることができず、50円まで割り引かれてしまう。これが保有現金が時価総額よりも大きい企業がある大きな理由だ。

同じ内容のアンケートをアメリカの企業を対象にして行うと、1ドルは1ドルとして評価している、という調査結果も出ている。これが日米でのPBRの大きな差につながっている。

年齢層の高いトップに銀行ガバナンスの名残

これには日本独自の歴史的なバックグラウンドが大きく関係している。戦後の日本経済は貧困からスタートした。戦勝国のアメリカにカーネギーやロックフェラー、J.P.モルガンといった株式市場を支える大きな資本家がいたのとは対照的に、日本にはそういった資本家がいなかった。

では、何をもって高度経済成長を成し得たかというと、銀行ガバナンスという、資本主義の歴史とは一線を画した日本独自のユニークなモデルだった。一般投資家のいない日本では、背後には政府の意向があり、商業銀行が企業に対して大量に融資を行った。さらに、銀行から企業へ人材を出向させ、株式の持ち合いなどによって企業を支配していた。

すると、株式市場よりも銀行の目を気にすることになるので、ROEなどの資本効率を考慮した経営をする必要がない。一方で、借入金の返済や銀行から経営に口を出されないようにするため、キャッシュはあればあるだけよかったわけだ。

バブル崩壊後からは、銀行ガバナンスから株主ガバナンスに移り変わっていっているが、やはりまだ大企業の経営者の年齢層は高い。銀行ガバナンス時代の成功体験が意識にすり込まれている部分がある。そういった方々は、資本効率やROEの重要性について何となくわかってはきたものの、まだ腑に落ちないところもあるのだと思う。

加えて、株主の利益だけを追求するのではなく、非財務戦略としてのESG戦略の未熟さも、日本企業が過小評価される原因になっている。

ESGの考え方は今や一大ブームになっている。ESGの定義にもよるが、現在、世界の資本市場の3分の1を超える3000兆円以上のマネーがESG投資に振り向けられている、といわれているほどだ。

日本の経営者の間では、ROEは嫌いだがESGは好き、という経営者が多いようだ。だが、「木を植えました」ということを誇らしげに語っていても、ROEが8%以下、PBR1倍割れでは企業価値は高まらない。

世界の投資家は、日本企業に対してESGとROEを両立し、関連づけることを望んでいる。企業価値向上に定量的につながっていることが証明できるESGを求めている。

短期的な時間軸でみると、研究開発費や人件費を削ることで、ROEを高くすることは可能。しかし10年後も、その高くなったROEを維持できるかというと疑問だ。その点、長期の時間軸でROEの向上を図るとき、ESGと結びつけて改善することには、大きな意味がある。

では実際にどうROEとESGと結びつけることができるのか。伊藤教授は、キャッチーな造語を使うのが得意なので、「ROESG」という言い方をしている。財務戦略であるROEと、非財務戦略であるESGを、一体的に改善しようということだ。

ESGは人的資本や知的資本などインタンジブルなもの(無形資産)を重視する。こうした無形資産の価値が改善することは、すなわちPBR1倍という会計上の価値に対する付加価値を高めるということになる。

世代が変われば、日経平均4万円の可能性も

ここでエーザイの例を紹介したい。エーザイでは「ROESG」の考えを実際の事業に落とし込んでいる。

リンパ系フィラリア症という病気がある。これは熱帯地方で蔓延している感染症で、デング熱やマラリアのように蚊を媒介して感染する。感染すると、足が象のように腫れ上がってしまい、動けなくなってしまう。

ところが、患者の多くは最貧国の最貧層の方々。薬を作っても誰も買えないということで、製薬企業はどこも薬の開発をしていなかった。

そこでエーザイは、WHO(世界保健機関)とタイアップし、この病気の薬22億錠を供与するというプロジェクトを始めた。実際にエーザイ社員も関わって、現在では19億錠まで配布が済んでいる。

これはESGだが、単なる寄付の赤字プロジェクトではない。本業の一部でもある。

実は、このプロジェクトは管理会計上、2018年度に黒字化した。要因の1つは工場の稼働率。インドの工場で薬剤を製造しているが、22億錠というのはとてつもないボリュームなので工場稼働率が改善する。さらに、先進国で製造・販売していた薬も、インドの工場に製造移管して逆輸入をすることにした。すると連結全体で見た際の製造原価の低減にもつながる。

インド人スタッフのスキルやモチベーションも上がり、15%程度だった離職率が5%にまで低下しました。雇用や再教育に関するコストも低減させている。だから長期の時間軸では、「患者様貢献」というESG目標と、収益というROE目標を、両立するROESGプロジェクトになっている。

私が大学で学んだ1980年代には、あまりこういったROEや資本コストの考え方などは教えられていなかった。ただ、今では、当たり前のように教えられている。若いころにこうしたファイナンス理論を学んだ世代の人たちが経営者となる時代がもうすぐくる。

その時代には、ROEとESGの向上をセットで行うことで、外国人投資家が日本企業を評価する物差しが変化していくことだろう。今のPBR1倍というレベルではなくなり、PBR2倍、日経平均4万円の国になる可能性があると思っている。