労働環境に指摘が入る小田原の物流拠点(写真/共同通信社)

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 日本市場を制圧した“巨大企業”の内実に迫るべく、「東京ドーム4個分」の広さを誇る小田原物流センターに潜入した著者が目にしたのは、そこで働くアルバイトたちの苛烈な労働環境だった。そして、アマゾンの正社員から情報提供の申し出を受けたジャーナリストの横田増生氏が内情をレポートする。

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 私が物流センターでアルバイトをした最終勤務日の夕刻、平塚駅前の個室居酒屋で西川正明(仮名)に会った。アマゾンの小田原物流センターが稼働した時から働いている古参の正社員だった。

 最初に、どうしてアマゾンを告発する気になったのかと私が尋ねると、西川は一気にこう答えた。

「ボクは、アマゾンが自分たちに都合の悪いことは何でも隠し通そうとする姿勢に嫌気がさしたんです。小田原では作業中に亡くなった人を何人も知っています。ボクが、死亡事故の後で、アルバイトの人にもちゃんと説明した方がいいんじゃないですか、と上司に言っても、みんなに話してもたいして意味がないから、といったわけのわからない理屈をつけて、説明を逃げたことがありました」

 西川が確実に知っている範囲でも、小田原の物流センターの立ち上げの直後の2013年から2016年にかけて夜勤の男性が3人死亡したという。ほか直近では、私が働く直前の10月上旬にも亡くなった女性アルバイトがいる、と言うのだった。10月10日の午前9時過ぎ、内田里香(仮名)が作業中に倒れ、そのまま亡くなったという。

 複数の関係者に話を聞いた結果、内田が亡くなったのは次のような経緯だった。

 内田の勤務時間は午前9時から午後6時。事故当日は出勤間もない9時半ごろに、4階の一角に内田が倒れているのが発見されたという。発見したのはピッキング(商品を指示書通りに仕分けする作業)のアルバイトの男性だった。

 男性が、そのことを物流センターを仕切る下請けの派遣会社《ワールドインテック》のリーダーに連絡すると、そのリーダーは別のリーダーに引き継いだ。このリーダーは、上司のスーパーバイザーに携帯電話で連絡し、その後、アマゾンの正社員がやってくる。

 ようやく救急車が物流センターの1階に到着したのは10時30分過ぎのこと。内田が倒れてから1時間前後がたっている。その後、搬送先の病院で息を引き取った。享年59。死亡届に記入された死因は、くも膜下出血だった。亡くなった朝、内田と言葉を交わした庄司恵子(仮名)は、こう話す。

「始業前に2階で顔を合わせると、おはよう、っていつも通りにあいさつしたんです。今日の作業はどこなのって、内田さんに訊かれたので、2階ですって言うと、私はいつもと変わらず4階だよ、って返事があったんです。じゃあまたお昼にね、って言って別れました。出勤日が同じときは、いつも仲間数人で一緒にお昼を食べていましたから」

 庄司が、内田の死亡を知るのは、翌日、出勤してからのことだった。アルバイト仲間が耳打ちするように教えてくれた。庄司はこう語る。

「びっくりしたのはもちろんのことですが、信じられない気持ちの方が大きかったですね。その日の朝、お昼を一緒に食べようね、って話していた人が突然いなくなるなんて……」

 私が内田の亡くなった経緯を聞いていて繰り返し思ったのは、なぜもっと早く救急車を呼ばなかったのか、ということである。すぐに救急車を呼んでいれば、もしかしたら内田は助かっていたのかもしれない、との思いが頭から離れなかった。

 アマゾンの正社員として首都圏の物流センターで2013年から2016年まで働いた山本英樹(仮名)は、その遅延の理由をこう説明する。

「アマゾン社内では、物流センターでアルバイトの方が倒れたときの連絡系統というのが厳格に決まっているんです。発見者からリーダー、次にはスーパーバイザー、その次は“アマゾニアン(アマゾン社員を指す)”に連絡を上げていかなければなりません。そのうえで、センターのトップであるサイトリーダーなどに報告して、はじめて救急車を呼ぶことができるんです。アルバイトであるリーダーやスーパーバイザーが、アマゾニアンの頭を飛び越して救急車を呼べば必ず叱責の対象となります。アマゾンの承諾なしに救急車を呼べば、派遣会社の責任も問われます」

◆香典3万円だけ

 私が小田原市内にある公団の4階のドアの呼び鈴を押したのは、2017年11月の小春日和の日だった。80代の内田の母親が出てきた。居間にある内田の仏壇に焼香してから、亡くなった当日の朝の様子を聞いた。

「いつも通りで、全然変わったところはありませんでした。残業があるならやってくるから、と言って家を出ていきました。体調を崩していたか? それはなかったですね。いたって健康な子で、アマゾンで働いて4年ぐらいになるんですが、病気で休んだこともありませんでした」

 内田のアマゾンからの収入は月14万〜15万円で、それに母親の年金の約10万円を合わせて暮らしていた。内田が所属したのはワールドインテックの下請けの《日本郵政スタッフ》という派遣会社で、内田は、週に5、6日、働いていた。

 内田が亡くなった当日、どのような連絡を受けたのだろう。

「娘が倒れたって、日本郵政スタッフの方から電話があったのが午前10時半ごろでした。とりあえず、バスとタクシーを乗り継いで、娘が搬送された小田原市立病院まで行ったんです。到着したのは12時前でしたね。治療室に行ったら、もうダメだ、って先生に言われました。間に合わなかったんですね。日本郵政スタッフの人からは、職場で倒れたので、応急措置をして、急いで救急車を呼んだ、という説明を受けました」

 見せてもらった死亡届には、「発病(発症)又は受傷から死亡までの期間 約3時間」と記載してあった。亡くなる3時間前にくも膜下出血を発症したということなら、9時前後に内田は倒れたことになる。

 死亡届を見ながら、私が取材で聞いた話を伝えた。9時過ぎに内田が倒れてから、複数の人間が物流センター内で電話をして、救急車が来るまでに1時間前後かかっていることなどを。

「そんな話は聞いてないねぇ……」

 アマゾンからの連絡は一切なく、日本郵政スタッフの担当者が、9月分と、10月分の給与を持ってくるからという連絡があるだけなのだという。そのほかに受け取ったのは、香典の3万円だけだった。

「娘が亡くなってから毎週1回は、お寺に行って、花を供えているんですよ。もうすぐ四十九日が来ます」と言って薄く微笑んだ。アマゾンを恨むでもなく、娘の死に悲嘆にくれるわけでもなく、その淡々とした口調が印象に残った。

●よこた・ますお/1965年福岡県生まれ。関西学院大学を卒業後、予備校講師を経て、アメリカ・アイオワ大学ジャーナリズム学部で修士号を取得。1993年に帰国後、物流業界紙『輸送経済』の記者、編集長を務める。1999年よりフリーランスとして活躍。主な著書に、『潜入ルポ アマゾン・ドット・コムの光と影』『仁義なき宅配』『ユニクロ潜入一年』など。新刊『潜入ルポ Amazon帝国』は9月18日ごろ発売予定。

※週刊ポスト2019年9月13日号