引き継ぎなしの退職、法的問題は?

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 退職時の「引き継ぎ」に関して先日、SNS上で話題になりました。

 会社を退職する場合、通常は、自分が受け持っていた業務を他の社員に引き継ぎます。しかし、中には、十分に引き継ぎをしないまま退職し、その直後に電話番号や住所を変更して、全く連絡が取れなくなってしまうケースもあるようです。

 これについて、SNS上では「引き継ぎに不備があるのはさすがにダメ」「会社に不利益だから訴えられてもおかしくない」「会社に恨みがあったなら、気持ちはわからなくもない」「後々面倒なことになりそう」など、さまざまな声が上がっています。

 引き継ぎなしの退職に法的問題はないのでしょうか。芝綜合法律事務所の牧野和夫弁護士に聞きました。

社員には引き継ぎの義務あり

Q.引き継ぎを行わないまま退職し、以降会社と連絡を断った社員に法的問題はありますか。

牧野さん「退職にあたっての引き継ぎは、就業規則に規定がなくても、雇用契約上の社員の信義則上の義務なので、社員は誠実に引き継ぎをする義務があります。これはアルバイトであっても、正社員であっても同様です」

Q.会社は引き継ぎを怠った社員に対して、何らかの法的手段に訴えることはできますか。

牧野さん「社員が引き継ぎを一切せずに退職して、連絡も取れない状態であって、会社が損害を被った場合、会社は、この社員に対して、労働契約の義務違反に基づく損害賠償を請求できる可能性があります。

しかし、会社がこうむった具体的な損害額や、引き継ぎ不履行によって損害が発生した『因果関係』の証明が一般に難しいと言われているので、現実には損害賠償請求はかなり難しいと言えるでしょう」

Q.一方、退職して雇用関係が切れた後にもかかわらず、業務に関する事柄について会社側から元社員に連絡することについて、問題はないのでしょうか。

牧野さん「雇用契約の関係がないので、基本的には、元社員はその連絡に応じる義務はありません。ただし、例外的に、会社の業務にとっての重要案件で、その社員から一定の情報を聞き出さないと会社に大きな損害が生じる場合、それを引き継がなかった元社員にも責任があります。

その場合は、連絡に応じない元社員に対し、会社側は損害賠償を請求できる可能性があります」

Q.引き継ぎに関する企業と労働者間のトラブルについて、過去の事例・判例はありますか。

牧野さん「ケイズインターナショナル事件判決(平成4年9月30日東京地裁判決)では、入社直後の突然の退職による損害の一部賠償を認めています。このケースでは、社員が損害の一部を支払うことに同意しており、裁判所はその金額のさらに3分の1の金額の支払いを認めました。

退職する社員に対して引き継ぎを強制することはできないので、会社側の現実的な予防策としては、十分な引き継ぎ期間を確保するために退職日の延期をしたり、就業規則に退職金の減額を規定したりすることが考えられます。

大宝タクシー事件判決(昭和58年4月12日大阪高裁判決)では、退職届提出後、引き継ぎのために勤務しなかった社員に対し、退職金を支給しないことが認められています」