日本のアニメと漫画で育ったフランス人漫画編集者が、同人作家をスカウトするためにコミケに行ってみた

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 夏と冬の年2回開催される世界最大の同人誌即売会、通称コミケことコミックマーケット。

 CLAMP、士郎正宗、羽海野チカなど、同人出身の漫画家は数多くいるが、コミケの参加サークルからそうした未来の人気作家を探そうとしているのは、実は日本の出版社だけではない。海外から訪れる一般参加者は最早珍しくはないが、その中には漫画編集者として、3万以上のサークルの中から海外向けの作品を描ける作家を求めて、会場を回っているフランス人女性がいる。

 フランスの出版社Ki-oon(キューン)の漫画編集者キム・ブデン氏は、夏冬のコミケ、さらに創作系即売会コミティアに毎回訪れ、フランスで商業デビューさせる作家をスカウトしている。8月10日に開催されるコミックマーケット94を目前に控えた今、ブデン氏にコミケについて語ってもらった。

取材・文:キム・ブデン
編集:サイトウタカシ

コミケの初印象は「コスプレイヤーが担架で運ばれていた」こと

 私のコミケの初印象と言えば、暑さで倒れたコスプレイヤーが担架に運ばれているイメージでした……。

 それはちょっとしたトラウマでしたが、フランスから日本に住み始めて五年が経った頃、日本のオタク文化を象徴するイベントに訪れようとした時の話です。当時の私の計算は甘く、暑さが和らいでいるであろう午後4時頃にビッグサイトにたどり着くと、イベントは既に終わっていました。しかし、その会場には凄まじい熱気が残っていました。

 それが現在では趣味ではなく、フランスの出版社の漫画編集者として、毎回訪れるようになりました。10日に開催されるコミックマーケット94を目前に控えた今、私のコミケ体験を振り返ってみたいと思います。さあ、実際にどんなところなのでしょうか?

そもそもなぜ日本にフランスの漫画編集者がいるのか?

 私は、同世代のフランス人と同様、日本のアニメを見て、漫画を読んで育ってきました。小学生時代は『聖闘士星矢』、『ドラゴンボール』、『セーラームーン』などを観ながら朝ごはんを食べ、青春時代は『新世紀エヴァンゲリオン』や『スレイヤーズ』を観ながら悩んだり、夢見たりしていました。そもそもフランスのコミック(バンド・デシネ)を愛読していた私は、主人公の内面に迫る日本の漫画の世界に魅了され、その文化に没頭しました。そこから日本に対する好奇心の膨張が止まらず、最終的に日本の漫画業界で就活することになりました。

 今はフランスの漫画出版社Ki-oonの在日オフィス代表として、新人作家を募集しています。Ki-oonは日本の出版社の作品のフランス語版を出しているだけではなく、創立時からコミケやコミティア、またはウェブコミックのサイトで見つけた才能ある作家さんと直接契約して、フランスでその作品を刊行しています。少年ファンタジーの『Element Line』(たきざきまみや 作)、青年漫画の『DUDS HUNT』(筒井哲也 作)や『予告犯』(筒井哲也 作)、子供向けのフルカラー漫画『Roji !』(寿圭祐 作)など、いくつかのヒット作品が出ています。

 Ki-oonが筒井哲也先生と作った作品の数々は日本語も含め、10ヶ国語でも出版されています。また、『予告犯』は2015年に日本で実写映画化されました。そういった成功例があるため、今後もオリジナル作品に注力しようと考え、2015年に東京にもオフィスを設立しました。

オリジナル作品として2004年に初めてリリースした、たきざきまみや先生の『Element Line』と筒井哲也先生の『DUDS HUNT』の単行本。筒井哲也先生の『Prophecy』は日本では『予告犯』というタイトルで発売され、実写映画化もされている。 コミケってどんなところ? 社長からの恐ろしい証言

 Ki-oonに採用された時に、長年日本の作家さんと直接交流してオリジナル作品を制作してきた社長・アメッドにアドバイスをもらいました。彼には相棒のセシルと二人でKi-oonを創立し、たった14年間でフランスのコミック市場の4位まで上り詰めた実績があります。

 さらに『僕のヒーローアカデミア』、『王様ゲーム』、『乙嫁語り』など様々なジャンルの作品をフランスに紹介し、ヒットさせてきました。経験豊富な彼から学ぼうと思って、色々聞いてみました。「コミケは実際にどんなところですか?」という質問に対し、彼は、「夏は汗と湿気で雲が会場内でできたりします。セシルと一緒に初めて行った時に彼女が途中にベンチでバテて諦めました。ハハハ!」。「そこに一人で行かせる気かよ!」と突っ込みたくなりましたが、平然を装ってサバイバルのヒントを探り続けました。

 朝は開始時間より二時間前に行くこと。夏は重くても水を大量に持っていくこと。外で並ぶから、天気予報をしっかりチェックすること。スーツケースは便利ですが、それだと通れないところもあるのでリュックの方がオススメ。了解です。頑張ります!

フランスでのコミケの知名度の低さの理由とは?

 フランスではコミケに行ったことがある人がごくまれで、相当漫画が好きじゃなければ知る機会があまりないです。最近はオタク向けの旅行ウェブサイトに情報が多少掲載されたり、日本のポップカルチャー専門のテレビ番組や雑誌にルポが出たりしますが、一般的にはあまり知られていません。世界一大きいオタク向けのイベントとして報道されてはいるものの、内容があやふやで、二次創作のHENTAI【※】作品の同人誌のイメージが強いです。

※HENTAI
日本の成人向けアニメ、漫画、ゲームなどを総称して海外では“HENTAI”と呼ばれている。

 また、成人男性向けの世界だと思われがちです。フランス語で情報が少しずつ増えてはいますが、まだまだ少ないです。創作同人イベントのコミティアの知名度はそれよりも低いです。オタクどころか、フランスでは漫画出版業界の人間にしか知られていないイベントです。

 欧米最大の市場のフランスの一番有名なJapan Expoの倍の人数を集めているイベントなのに、この知名度の低さは不思議かもしれませんが、考えられる理由がいくつかあります。

 まず、コミケは海外であまり宣伝されてきませんでした。クールジャパン運動はありますが、コミケは政府が太鼓判を押せるような内容ではありません。アンダーグラウンドであること自体がコミケの強さであるため、逆にその方がいいと思います。政府がコミケをクールと呼び出した瞬間にクールではなくなるでしょう。

 成人向けの作品が多い点だけではなく、二次創作も問題視されています。TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に関する交渉の際に話題になったと聞きます。別の作者が作ったキャラを許可なく再利用し、商品化し、その作品を販売することはフランスやアメリカではそう簡単には許されないことです。

 フランスでは著者の権利が厳守されており、二次創作中心のコンベンションを作ったら裁判沙汰になりかねません。その点では、欧米に向けて正式に宣伝しにくいイベントには違いありません。日本ではそのグレイゾーンが保たれているのは、著者にとっても出版業界にとってもメリットがあるからでしょう。作者としてもファンを責めることが難しいでしょうし、出版社にとってコミケは新人作家の練習の場として見られています。

 実際に、CLAMP先生もそこで有名になりました。私の大好きな『ゼルダの伝説』の漫画版を描かれている姫川明先生もコミケに出展してらっしゃいます。

フランスのJapan Expoも主な出展者は企業

 そして、フランス人の「オタク度」は日本ほど高くないというところもあるでしょう。フランスでの「漫画」の歴史は主に2000年から始まっています。それまでは『AKIRA』や『攻殻機動隊』という名作はちょくちょく出ていましたが、2000年以降はアニメで人気を得た作品を中心に漫画作品がどんどん出版されてきました。

 たったの17年前の話です。昔から漫画を読み、どんどん新しいものを求めてきた日本の読者はエッセイマンガ、癒し系の日常的な作品、萌え系など、特にストーリーがなくても楽しめられるようなジャンルが多く生まれてきました。一方で、フランスの読者は少女漫画、少年漫画、青年漫画、全ジャンルを受け入れてはいますが、まだストーリーを重視する傾向が強いですし、画風に関しては厳しいです。例えば、日本でアニメ化までされた『宝石の国』のような実験的な作品はウケません。

 つまり、同人誌はフランスにもあるとしても、まださほど発展している文化ではありません。上記のヨーロッパ最大の漫画コンベンションであるJapan Expoも、主な出展者は企業です。Ki-oonもそこで毎年巨大なブースを設営し、新刊を大幅に宣伝しています。漫画専門出版社、漫画関連商品の店、ゲーム会社などが入場者の注目を引くのに努力を惜しまず争っている中、同人誌コーナーはあまり目立たないのです。

パリで毎年7月に開催されるフランス最大の漫画祭・Japan ExpoでのKi-oonのブース。作品を宣伝する大きなチャンスです。 実際に行ってみたら、驚きの連発

  つまり、コミケやコミティアのような大きな同人誌イベントがフランスには存在していません。私にとってこれはとても新鮮なことでした。初めて編集者としてコミケに参加した時のことは忘れられません。それは2015年の冬コミでした。予定通り二時間前に着いたのに、ものすごい行列が既にできていました。ちょっとした絶望感を味わいましたが、周りの人が焦らず誘導されるところに進んでいたので、とりあえずついていきました。

 ・驚きその一:女性が多いです!オタクの男の世界だと勝手に想像していたのに、若い女性に囲まれながら並んでいました。

よく見てみれば女性がかなり大勢います。

 ・驚きその二:ボランティアー達のその大人数のスムーズな誘導に本当に感心しました。開始時間になったら、なんと30分くらいで入れました! 皆、どこに収まりました!? 魔法みたいでした。

 ・驚きその三:BLと男性向けの作品はあるのはありますが、それ以外にカテゴリーが多様で、一次創作もあり、グッズもあり、電車やミリタリーについての細かい情報系同人誌も売っています。

 Japan Expoと違って、飾りが少なく、エンドレスにテーブルと椅子が並んでいるのを目にした時、その壮大な規模に圧倒されました。ハイキングが好きで足腰に自信はありますが、全部廻ったらいったい何キロになるのでしょうか? とつい考えました。しかし、考えてはいけないですよね。行動するのみ。いざ、出動!

 女性が何故集まってくるのかは一見明瞭でした。どこを見てもBL系の同人誌が売ってありました。男性向けの同人誌に負けていないくらいの数です。思いのほか、女性作家さんも大半を占めているようです。BLや少女漫画に限らず、少年漫画や青年漫画の同人誌作家のほとんどが女性な気がします。コミティアでも同じような印象を受けました。なぜでしょう? 気になるところです。

 そして一番すごかったのは、壁サークルのブースの前に並んでいるファンの人数です。この世界では本当にスターがいます。しかも、商業本を出したことがあるかどうかは関係ありません。自力で宣伝し、認知度を拡大したサークルはいくつもあります。マイノリティーではありますが、それでもネットの力を実感しました。

全世界を震わせる次のヒット作品はもしかしたらここにある!

 それからは何回もコミケとコミティアに足を運んできました。最初は盛り上がりすぎて、同人誌を買いまくってその重さで苦しい思いをしましたが、今はもうちょっと慎重に買い物しています。Ki-oonではBLや成人向けの漫画を出版してはいないのですが、それ以外のジャンルなら全部ありです。少年漫画、青年漫画、少女漫画、子供向けの漫画、フルカラーでも白黒でも、一巻で完結するものも、シリーズものも。

 とりあえずフランスでウケそうな絵柄の同人誌を探してみます。平均的に画力のレベルが高く、気になる作品が多いです。そこで、絵柄以外の条件も参考にしています。コミティアはもともと一次創作の同人誌しかないので、話が早いのですが、コミケでは、作家はプロとして活躍し、ストーリーを作る気があるかどうかを確認する必要があります。

 絵の才能があっても、色々な理由で商業活動を希望していらっしゃらない方が珍しくないことに気付きました。それも意外でした。もったいないと思いつつ、そこは本人の意思を尊重するしかないのです。

絵がうまくても、二次創作以外のものに興味がないという方が珍しくありません。

 しかし、全ての条件が揃っていることもあります。絵柄が丁寧で、背景もキャラもしっかり描かれている。長編でも続けられそうなしっかりしたストーリーラインの基盤が作られている。漫画制作に時間を当てることができる。 こんなチャンスは逃しません! 声をかけ、名刺を渡し、連絡を取り合い、一緒に企画を全力で立て、編集長に送ります。

 フランスには漫画の連載雑誌がないので、単行本は全部描き下ろしになっています。装丁や形が日本と一緒です。 急な打ち切りがない反面、読み切りからのスタートではなく、しっかりしたストーリーを最初から考えていただくことになります。生まれた作品が必ず単行本化され、 発売時期に合わせて新人でも大胆に宣伝されます 。

去年発表したオリジナル作品『OUTLAW PLAYERS』。発売時期に合わせて、予告アニメを公開中。 漫画は日本のみならず、世界のものになってきた

 今まではコミケより、どちらかというとコミティアの方でそういう奇跡の出会いが多かったですが、コミケで知り合った何人かの作家さんとも話し合いし、オリジナル作品の企画を考えて頂いています。フランスの漫画市場が今でも伸びており、その波に乗って新人作家の新風をどんどん吹かせてきたいと思います。

 11月のコミティア内の海外マンガフェスタでブースを構えて、数多くの作家さんと打ち合わせができました。それに続き、12月29日・30日・31日の冬コミにも行きました。そこは漫画編集者から見れば、原石の山です。コミケもコミティアも、その他のイベントも以外なところでフランスと日本の架け橋になっています。

プロフィール Ki-oon 東京オフィス代表キム・ブデン 講談社の国際事業局で四年半働いた後一旦帰国、三年半フランスの漫画出版社・PIKAの編集長として勤め、2015年の10月からKi-oonの在日オフィス代表として日本に戻り、現在に至る。
編集者として日本で漫画企画を募集しています。
Twitter (日本語): @Kim_Ki_oon
Ki-oon公式ウェブサイト(フランス語):http://www.ki-oon.com/

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