潮凪洋介(原著)、うげっぱ(著)『漫画 もう「いい人」になるのはやめなさい!』(KADOKAWA)

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「ルール」や「常識」に従ったままでいいのでしょうか。人間関係に気をつかって「お人よし」を演じていれば、心はどんどん疲弊していきます。エッセイストで講演家の潮凪洋介氏は、「『いい人』ほど沈黙を恐れて、話を無理につなごうとする。沈黙を楽しんだほうが、人生は豊かになる」と説きます――。

■ホスピタリティーの裏にある自己防御反応

取引先との商談や打ち合わせなどで相手と1対1になると、会話が途切れることもあります。そんなとき、沈黙に耐えられなくなってあわてて不自然な言葉でつないでしまった経験はありませんか?

不自然な言葉を口にすると、自分自身が気まずくなり、その後の会話を進展させることが難しくなります。失策は明らかなのですが、これを一方的に悪いことと決めつけることはできません。あわててつなぐのはあなたの中にホスピタリティーがあるからで、善か悪かと言えば、確実に「善の心」です。サービス精神があり、「楽しませなくては!」という心があるからこそ焦るのでしょう。

善であるホスピタリティーによって無理につないだのに、なぜ、あなたは気まずくなってしまうのでしょうか。それは、ホスピタリティーの裏に、実は「会話が続かないと、能力が低いと思われてしまう」「場がしらけると、つまらない人だと思われてしまう」といった、自己防御本能からくる過剰反応があるからです。

いずれにしても、沈黙に耐えられなくなってあわててつなぐのは、心根のやさしい「いい人」が陥ってしまいがちな失敗です。このような失敗をしないためには一体どうすればよいのでしょうか。

■その場を気ままに楽しんでいる姿を見せる

まずは、開き直ることです。相手を楽しませるのではなく、自分がその場を楽しみましょう。

沈黙の間、何か自分が無理なく話せることはないかを探ります。そして、無理なく話せることがみつかったら口を開けばいいのです。目に映る景色のことや、時事の話題でもいいでしょう。その場を気ままに楽しんでいる姿を見せることができれば、相手もリラックスします。緊張して、楽しむどころではなくても、最初は無理やりそうしてみましょう。自分自身に対して、今、この場を楽しんでいるという意識づけをすることが大切です。

避けなくてはいけないのは、「心にもないことを言って、無理につなぐ」ことなのです。商談中に無理に会話をつなごうとして、かえって上滑りで浅はかなことを言ってしまえば、信頼感は薄らぐでしょう。相手が何かを思案していたり、何かを言おうとしたりしているのに、つなぎの会話をかぶせてしまっては、目も当てられません。さらにあなたの緊張や不安が伝われば、印象は最悪です。

こうなると、ビジネスの関係がその後も続いたとしても、力関係は相手のほうが完全に上になってしまいます。いつももみ手をしながら相手と接していかなくてはいけなくなるのです。これでは良いビジネス関係が築けるはずもありません。

■沈黙の間にビジネスについて深く思考する

先ほど、沈黙の間に「何か自分が無理なく話せることはないかを探る」と述べましたが、これは会話を継続させるための方策であり、あくまでも沈黙への対処法です。しかし、沈黙が訪れた際の最善策ではありません。なぜなら、沈黙は本来、放置してもかまわないものだからです。

沈黙は放置してもかまわないものと捉え、沈黙を恐れない人は、取引先との商談や打ち合わせで沈黙が訪れると、その間にビジネスについて深く思考します。商談や打ち合わせをする目的は、「ビジネスを可能な限り自分に有利な形で成立させること」のただ1点ですから、考えることはビジネスのことだけでいいのです。

ビジネスを大事に考えているから、場をしらけさせることが不安になり、無理に会話をつないでしまう。そんな反論もあるでしょう。しかし、沈黙は致命傷にはなりません。むしろ、不用意な発言のほうが、よほど決定的な失敗に結びつくのです。

一般的によく言われることですが、マシンガントークのトップセールスマンはいません。セールストークをまくし立てても相手の心に響かないという理由もありますが、不用意な発言でオウンゴールをしてしまうことも多いからです。

■戸建て住宅をリフォームしたAさんの教訓

これは実際にあった話です。戸建て住宅に住むAさんは自宅を大事にしており、定期的に屋根や外壁などのメンテナンスをしていました。従来、すべての施行を担当してきたのはリフォーム専門のX社です。

ある日、X社の新人セールスマンがAさん宅を訪れ、屋根のリフォームを勧めました。マシンガントークの新人セールスマンはなんとか受注しようと、リフォームの必要性を並べ立てます。その中に「雨漏りが起こらないうちにリフォームしておいてほうがいいですよ」という発言がありました。Aさんは激怒しました。なぜなら、X社による前回の屋根のリフォームは5年前だったからです。

新人セールスマンから報告を受けた上司はあわててAさんに謝罪しましたが、「5年ももたない工事をする会社には任せられない」というAさんの意志は固く、以降のリフォームはX社のライバルであるY社が受注することになりました。

もちろん、AさんはX社が5年ももたない手抜き工事をしていると捉えたわけではありません。新人セールスマンの、デリカシーのないセールストークを嫌悪したのです。このエピソードは「沈黙は金なり」「口は災いのもと」の格言が真実であることを雄弁に物語っています。

■大切なのは会話よりも、所作やふるまい

そもそも、コミュニケーションの方法は会話を交わすことだけではないのです。言葉だけが相手に何かを伝えるのではありません。所作やふるまいからも十分に伝わるものがあります。

ビジネスのシーンに限らず、デートにしてもコミュニティーの場にしても、相手と2人で過ごしているとき、大切なのは会話よりも、むしろ、所作やふるまいです。沈黙があったとしても動じることなく、落ち着いている姿。相手も沈黙を気まずく感じているだろうと推しはかり、やさしいまなざしを送るような気づかい。そうしたことは、どれだけ言葉を重ねるよりも、人柄を伝えるものです。

禅の世界で、言葉では表現できない真理を師から弟子に伝えることを「以心伝心」といいますが、この「以心伝心」は禅に限らず、私たち日本人が自然と身につけているものです。私たち日本人は、言葉を介さずとも、思いを伝えることができます。国際社会では通用しないかもしれませんが、同じ日本の文化、伝統を共有している相手なら、「以心伝心」は有効なコミュニケーション手段になり得るのです。

言葉はなくても心が通い合っているとお互いに感じることができれば、それは強い結びつきになります。まず、言葉なしで相手を理解することを心がけてみましょう。ちょっとしたしぐさや目の動きからも感情は見てとれるものです。

■超一流は、沈黙そのものを楽しむ

そして、相手も同じように、あなたを理解しようとしてくれていると考えましょう。お互いが理解しようと考えているのなら、私たち日本人には「以心伝心」という強力なコミュニケーション手段があるのですから、容易に実現できます。

沈黙をしているとき、あなたが気まずいのであれば、相手にはあなたの気まずさが伝わっているのであり、相手も気まずく感じているかもしれません。そのように考えると、沈黙への根本的な対処法は、あなた自身が「気まずくならない」ということになります。

最初のうちは難しいかもしれませんが、沈黙を楽しみましょう。楽しむことができれば、当然、気まずく感じることはありません。

どこにでもいる「いい人」は、沈黙に耐え切れず、沈黙につぶされます。反対に人生を謳歌する「超一流」は、沈黙そのものを楽しむのです。沈黙を自在に操って、ビジネスを、そして人生を、成功させましょう。

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潮凪 洋介(しおなぎ・ようすけ)
エッセイスト・講演家
早稲田大学社会科学部卒業。主な著書に、『もう「いい人」になるのはやめなさい!』『それでも「いい人」を続けますか?』(ともにKADOKAWA)、『「バカになれる男」の魅力』(三笠書房)、『「男の色気」のつくり方』(あさ出版)などがある。

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(エッセイスト・講演家 潮凪 洋介 写真=iStock.com)